最終話
*** 「あ……!」 7月7日、夕方。 土方と七夕祭へ行くため準備をしていた沖田は、その手を止めることとなる。 ざぁーっという強い音に視線を窓の外に向ければ、大粒の雨。 次いで走る閃光と、ゴロゴロ……という嫌な音。 「夕立……。せっかく晴れてたのに……」 数日前の天気予報では雨であったが、沖田の願いが空に通じたのか、本日はよく晴れて、暑いくらいの1日であった。 そのため、こんな日には夕立ちが起きてもおかしくはない。 「こんなに雨が降ったら、織姫と彦星は天の川を渡れないじゃない……」 梅雨なんかと違って夕立は、ひとしきり降ればすぐに上がる一過性の雨だ。 しかし、沖田の心には不安がよぎった。 「……土方さん、来てくれなかったら、どうしょう……」 前日、確かに土方は、七夕祭の約束をしてくれた。 しかし、土方は忙しい人間だ。 だから、急な仕事が入るかもしれない。 そんなことはなかったとしても、雨に濡れたドロドロの道は歩きたくないから、ドタキャンになるかもしれない。 ……そして、いちばんは、自分のことが鬱陶しくて、来たくなくなるかもしれない。 それは、晴れた日に起こる、夕立のように。 そんな風に、土方の気持ちだって変わってしまうかもしれない。 「……ひじかた、さん……」 ピンポン、と来客を知らせる呼び鈴の音がしたのは、沖田がそんなことを考え、口唇を噛みしめた、まさにその時であった。 沖田は険しくなった表情を常のものへと戻し、玄関へと歩みを進める。 そうして目的の場所へ着くと、ゆっくりとドアを開いた。 「……ふ、え……?!」 ドア開くと同時に、沖田の口からは間抜けな声が漏れた。 いや、そんな声しか出なかった、といったほうが正しいのかもしれない。 それくらい、目の前の光景に驚いていたのだ。 「なに、間抜けな声出してんだよ」 「だって……土方さん、来てくれると思わなかったし……それに、待ち合わせ場所、ここじゃない……」 尚も、沖田の表情は驚いた時のそれで。 「あ?約束しただろ」 「だけど、」 そんな沖田に、土方はいつもの眉間に皺を寄せた笑みを浮かべた。 「家まで来たのは、夕立がきたからだよ。てめぇのことだ。ずぶ濡れになっても、俺が来るまで、待ち合わせ場所にいるだろ」 「そ、れは……」 土方の言葉に、沖田は言葉を詰まらせる。 それは紛れもない事実で、期待だったり、不安だったり、そんな感情に胸を膨らませながら、沖田はいつも土方が来るまで、テコでも動かず、待ち合わせ場所で待っているのだ。 「それにな、俺だって、楽しみだったんだよ。その久しぶりだろ、二人でどこかに出かけるのは」 「ふぇ?」 沖田は、再び、首を傾げる。 そして、一瞬の後、上目遣いで頬を膨らませ、どこか拗ねたような表情で、恐る恐る言葉を紡いだ。 「迷惑、じゃないですか?僕のワガママですよ?あなたはお仕事で忙しいから仕方がないのに、僕は寂しいって……」 そう言った沖田は、どこか儚げで、今にも消えてしまいそうな雰囲気で。 いつも、こんな風に自分を見ていたのだろうか。 『土方さんが僕を愛してくれますように。』と、一体、どんな思いで、短冊に願いを込めたのだろうか。 土方の頭には、そんな思いが浮かぶ。 だから、いてもたってもいられなくなり、目の前の愛しい存在を、力いっぱい抱きしめた。 「総司……その、すまなかった。忙しいからって、お前の気持ちに気づかなくて」 「……ひ、じかた、さん……?」 突然の抱擁に驚くも、瞬きを一つした後、沖田は表情を和らげ、土方の背に腕を回す。 「俺は七夕伝説なんざ信じちゃいねぇが、1年に一度しか会えねぇような奴らだって、世の中には、きっといるだろう。それを考えりゃ、毎日のように会える俺たちは、すごく幸せだ……けれど、俺はお前に甘えてたんだよ。いつも傍にいて、何だかんだと世話を焼いてくれて、笑ってくれて……いつの間にか、それが当たり前になってた。だから、気づくことができなかった……お前の気持ちに……お前が大事だってことに……悪かったな、総司」 「土方さん……」 土方の言葉に沖田の瞳からは、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出す。 それは、後から後から溢れてきて、沖田自身も止めることが出来ない。 「ふぇぇぇ……寂しかったです……大好きだから……大好きだから、ぼくのこと、見てほしかった……一緒に、同じ時間を過ごして、笑いあいたかった……本当は、七夕じゃなくてもよかったんだ。あなたが、僕を見てくれるのならば……」 「悪かったよ……今更だけどな、総司。俺は、てめぇのことを本気で愛している。織姫と彦星みたいに、1年にたった1度の逢瀬なんかじゃ、満足出来ねぇくらいにな」 土方は沖田の濡れた頬に触れ、涙を優しく拭う。 そうして、可愛らしいその口唇に触れるだけのキスを落とした。 「総司。愛してる」 「僕も、土方さんが大好きです」 「……さて、七夕祭に行く準備でもするか。これくらいで中止にはならねぇだろうし、中止だったとしたら、花火でもすりゃいいしな。それに、あとは……短冊か?」 「はい!」 口唇を離して、二人は視線を絡めあう。 そうして、幸せいっぱいの顔で笑いあった。 窓の外。 いつの間にか、雨は上がり、晴れ渡った空にはきらきらと天の川が輝いていた。 『7月7日、晴れ』 (ねね、土方さん。織姫と彦星は会えましたかね?ほら、夕立で天の川の水が増えちゃってたら、渡れないかなぁ、って) (大丈夫だろ。そん時は、鳥が橋を作ってくれるからな。そういう話があるんだよ) (鳥?ふぅん、さすがは古典教師ですね。興味ないわりには、詳しいんだ) (まぁな……それよりも、俺は『牛』のほうが気になるな) (牛?) (彦星に構ってもらえなくて拗ねて、地上に来て暴れるんだろ?) (聞いてたんですか?) (当たり前だろ。俺は、てめぇの話はいつだって聞いてんだよ。まぁ、暴れ牛が来たら護ってやるから、安心しろよ?) (んなっ!!!) Written by 華月さま |