願いよ届け




逃げるように、走って、走って、気が付いたら止んでいたはずの雨が、再び降り始めていた。
それはまるで、今の沖田の気持ちを表しているかのようで、瞳からは絶え間なく涙が溢れる。
ポロポロと落ちる雫は雨とともに落ちて、地面を濡らす。


「…土方さんの…馬鹿…」


涙が、とまらない。
走り疲れて、力なくその場に蹲った沖田は悔しさと、虚しさと、悲しみを胸に抱きながら、溢れて止まらない涙を必死に止めようとギュッと唇を噛み締める。


(…泣いたって、どうせ相手にしてくれない…どうしようもない…)


相手は呆れるくらいに仕事馬鹿で、恋人である沖田がどれだけ寂しがってアピールしても、此方を見向きもしない薄情な人。
毎日、毎日、会いに行ってるのに貴方は僕を見てくれない。僕の想いに気付いてくれない。


(……それとも…一緒に居過ぎて、鬱陶しくなった?)


だとしたら、暫らくの間は距離を取ったほうが良いかもしれない。
そう、夜空に輝く彦星と織姫のように―――。


(…なんて…そんなこと、出来るわけないよね…)


絶対に会いたくなるに決まっている。
自分の考えに自嘲し、ユラリと立ち上がった沖田は自宅へと帰る道を進もうとした。

だが


「――総司…!!」


あの人の声が、聞こえた。
僕の名前を呼ぶあの人の声。
パシャパシャと水溜まりを踏みながら近付いてくる足音。
仕事馬鹿の貴方がどうしてここに。
信じられない、と思うと同時に嬉しい気持ちが胸に溢れる。


「……総司…」


ふわり、と沖田の体を後ろから抱き締める土方は優しい声音でもう一度、名を囁く。
くすぐったくて肩を竦ませれば、沖田を抱き締める腕に力が入る。


「………すまねぇ…」

「………っ…そうやって、謝って…僕が簡単に許すとでも思っているんですか…?」


貴方が僕を見てくれるのをずっと、待っていたんですよ。寂しさを隠しながら、ずっと、ずっと、我慢しながら、待っていたんですよ。


「…なのにっ…貴方は僕を見てくれなかった!!」

「………総司…」

「ねぇ、土方さん…」


僕達は本当に“恋人”なんですか?
そう問えば、体を抱き締める腕がゆるりと解けて、今度は腕をつかまれてグイッと引かれる。そしてそのまま、強引に口づけられた。


「…俺はてめぇを愛している」

「……本当ですか…」

「嘘吐くわけねぇだろ」

「じゃあ…どうして、僕のこと見てくれなかったんですか…少しくらい…仕事の合間にでも僕のこと考えてくれたって良いじゃないですか…」


また涙が零れる。
どれだけ泣いても、どれだけ寂しいと叫んでも、貴方はきっと仕事に戻ってしまう。また、僕を見てくれなくなる。


「…もう…離してください…家に、帰ります…」


これ以上、一緒にいられない。
だって一緒にいたら、もっと構って欲しくなる。もっと、僕のこと見てて欲しくなる。
腕をつかむ手を振り払おうとする僕を貴方は再び抱き締めた。


「……行こう…」

「……え…?」

「……七夕祭りに行きてぇんだろ?」


さっきは無理って言ったじゃん?仕事が沢山あるんじゃないの?七夕祭りの当日にやっぱり行かない、なんて言うんじゃないの?
疑いの眼差しを土方に向ければ、彼は苦笑を浮かべて僕を強く抱き締める。


「…必ず七夕祭りに行くこと約束する…」

「……本当に…」

「ああ、てめぇが短冊に書いた願い……俺が叶えてやるよ…」


―――土方さんが僕を愛してくれますように。


短冊に書かれた願い。
それは沖田の切なる想いで、叫びでもあった。


「……目一杯、愛してやるぜ?」

「……っ…」


意地悪い笑みを浮かべる土方に沖田は顔を紅くして、うつむいた。


「…精々…約束を破らないことを祈ってますよ…」

「…ああ」


いつの間にか雨は止んで、星空が覗いていた。
七夕祭りまではあともう少し…―――。






―願いよ届け―










Written by 輝翔瑠菜さま





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