願い事は一つだけ




沖田の予想通り、土方のパソコンは付きっ放し。
何か資料を作っているのだろう事は沖田にも理解出来る。

土方はデスクの椅子に、沖田はソファに腰掛けた。
本当ならばソファに寄り添って座りたい。
沖田はそう願うも、土方の意識は既にパソコンへと向き掛けている為に口に出す事は出来ない。


「…ねぇ、土方さん。」
「何だ。」

キーボードを叩き始める前に声を掛ければ、視線は向かずとも返答だけは返って来る。
此処数日はまともに話さえ聞いて貰えなかった。
それを考えると、今日はまだ良い方なのかもしれない。


「…僕はどうしても、土方さんと七夕祭りに行きたいです。」
「だから、無理だっつったろうが。」
「年に一度しか無いんですよ?」
「どうせ夏になりゃ、花火大会も縁日もあるだろうが。」
「……土方さんは、全然解ってない、」


絶対に首を縦に振らせてやる。
そう意気込んで来た物の、土方の答えは変わらない。
それどころか、説得を続けるうちに心なしかその声色は低くなる。


沖田は悲しくなった。
薄らと瞳に浮かぶ涙を隠すように、ソファの上で膝を抱え、顔を埋める。

確かに土方の言ってる事は間違って居る訳では無い。
七夕祭りも花火大会も縁日も名目が違うだけで、出店が並び、浴衣で着飾った人達で溢れ返る。

それでも、七夕は特別だと沖田は思う。

年に一度しか会えない織姫と彦星。
その逸話にあやかって、愛する人と共に過ごしたい。
恋人が居る者ならば、尚更−−−



「土方さん、」
「行かねぇって言ってるだろ。」

もう沖田の問い掛けに答えるのが面倒臭い。
そんな空気を土方は隠す事無く出す。


ねぇ土方さん。
貴方にとって僕って何ですか?
恋人?そんなの形式だけですよね?

忙しいのは百歩譲って仕方ないとします。

でも、話す時くらい僕を見てくれたっていいでしょう−−−?


沖田は皺になった翠色の短冊を手に取り、ペンでさらさらと願い事を書く。
本当は一緒に書きたかった、一緒に飾りたかった。
そんな事を考えると、堪え切れなかった涙が短冊を濡らした。



「……こうやって、僕がいつも部屋に来るからですか?」
「あぁ?何がだよ。」
「だから、こんなに素っ気無いんですか?」

涙の混じった苦しげな沖田の声に、土方は漸く振り返る。
ソファで小さく膝を抱えながらぽつりぽつりと話す沖田。

「もし僕達が…一年に一度しか逢えなかったら…土方さんは僕を見てくれますか?」
「はぁ?何言って、」
「毎日のように会っているけどキスすらご無沙汰な僕たちと、一年に一回だけど、濃厚な時間を過ごせる織姫と彦星は、どっちのほうが幸せなんでしょうね…。」


数日前、今日の様に土方に相手にされず、どんよりとした曇り空を見ながら思った事。
口に出せばそれは酷く曖昧で、答えの出ない難問の様に思えた。


「おい、総司、」
「僕はいっそ……織姫と彦星が羨ましいくらいだ、」


沖田は涙声でそう告げると、鞄を持ち土方の部屋を走り去る。


「おい待て総司!」

土方の制止を聞くことも無く、玄関の扉は無常にも閉まった。
静まり返る空間の中、土方は舌打ちをして部屋に戻る。

たかが七夕祭りくらいで何をそんなに。
そう自分に言い聞かせようとするも、瞳に浮かぶのは涙を浮かべた沖田の表情。
思い出す度に、土方の胸が痛む。


再び舌打ちをし、視線を落とせばモノトーンの配色で纏めた部屋に似合わない、翠色の紙が視界に入る。

「何だ…?」

土方はその紙−−−沖田の忘れた短冊を手に取ると、財布と携帯を手に部屋を飛び出した。


最後にキスをしたのは何時だろう。
最後に笑いあったのは何時だろう。
最後に愛を囁いたのは何時だろう。


「…総司っ、」

まだそう遠くない場所に居る筈だ。
土方はエレベータが降りてくる時間さえも待ち切れず、階段を駆け下る。



−−−土方さんが僕を愛してくれますように。



胸に湧き上がる沖田への愛おしさと、仕事ばかりを優先し続けた自分への後悔。
土方は星空の下、その温もりを求めて走り抜けた。










Written by 沙羅さま





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