この願いがきっと通じると信じて




次の日。
昨晩からとうとう降り出してしまった雨を窓越しに眺め、知らず知らずのうちにため息をこぼす。
最近このため息が多いということは自分でもわかっているのだが、どうにも止まらないのだから仕方がない。
土方とまともに向き合えていないからだ。それ以外に理由などない。
この雨は自分の心のようだとぼんやり考えた。
まるで空が自分の代わりに泣いてくれているようだ、と。

「……今日こそは渡せるといいんだけど」

外の景色から目をそらし、机の上に置いておいたあの翠の短冊へ視線を移す。
これからまた土方の家へ行くつもりだが、心は晴れない。
どうせまたパソコンに向かったまま、こちらを見てくれないのだろうと思うと。
しかし諦めたくはなかった。
どうしても土方と二人で七夕祭に行きたいから。





◇   ◇   ◇





土方の自宅前。
自分は玄関の前で数分立ちつくしていた。
いつもなら彼にもらった合鍵で勝手に入ることができる…が、今日はわざと忘れてきた。
それもこれも土方と言葉を交わすため。
とにかく彼をパソコンの前から離れさせなければ、この先七夕の日を迎えて過ぎていってもまともに会話などできない。
だが、インターホンを鳴らしたところで出てきてくれるかもわからない。
在宅していることはわかっているが、もしも出てきてくれなかったらどうしようかと思うと不安で堪らなかった。
そんなのは虚しすぎる。
自らが土方の恋人だということを疑いそうだ。
…とはいえこのまま玄関に立ちつくしていれば周囲には異様に見えるだろうし、一向に先にも進まない。
意を決して右手を持ち上げ、インターホンをおそるおそるといった感じで押す。
家の中から微かに呼び鈴の音が聞こえてくる。
自然と心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
一秒がとても感じられて、本当に出てこないのではと泣きそうになる。

(土方さん…土方さん……!)

心の中で何度も愛しい人の名前を呼ぶ。
お願いだから出てきて、と切に願った。
インターホンを押してから数分。
土方が玄関へやってくる音など聞こえない。
それほどまでに仕事が大事なのか、と来客が誰であるかなどわかるはずがないと知りつつも彼を恨む。
いくらなんでも来客が誰なのかくらい、確認しに来るべきだろうに。
一人で勝手に必死となっていたのが馬鹿らしくなってきた。

「…土方さんの馬鹿」

拳を強く握ってもう知らないと唸るように呟いた、その瞬間。
急に目の前の扉が動いた。
ハッとなって顔をあげれば待ち望んでいた顔。
歩いてくる音なんてしなかったのに、と半ば困惑気味に現れた土方その人を凝視する。
一方疲労の残った顔で迎えた土方は、口元に僅かな笑みを浮かべながらこちらを見つめ返してきて。

「何してやがんだ総司、んな呆けた顔で突っ立ってねぇでさっさと入りやがれ」

これまた疲れの滲んだ声でそう言っては自分の手を引いて家に招き入れてくれた。
そして後ろの扉が閉まり、土方が部屋へと戻っていく背中を見送ってから我に返る。
あんな形とはいえ、久しぶりに彼が自分を見た気がする。
たったそれだけのことが存外嬉しい。
未だ七夕祭へ一緒に行くと決まった訳ではないし、それを諦めた訳ではないけれど。
希望はまだあると思えた。
そう思うのはまだ早いかも知れない。
だけど土方は席を立ってこうして自分を迎え入れてくれたから。

「っ…」

急いで靴を脱ぎ、鞄に放り込んだ短冊を取り出して歩き出す。
ほんの少し心にかかった雲が晴れたような気がする。
頑張って説得してみようと意気込んでいた。
彼のいる部屋へ向かう途中に小窓があるので、通りがかりに外を一瞥する。
家を出る時には共に涙するように降っていた雨が、止んでいた。
そればかりか晴れ間すら覗いて見えて。
このままいけば七夕の日に彦星と織姫は問題なく会えるだろうと、自分のことのように嬉しくなった。
空にいる二人も、自分たちも。
無事に幸せとなれればいい、と。
ちょっとだけ皺ができてしまった短冊を伸ばしてやりつつ、土方の部屋へ続くドアを開けた。










Written by 綾凪朔夜





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