自室内。
窓がある壁際に身を寄せ、打刀を抱えるように座って目を閉じていた。
まるで死んでしまっているように微動だにしない。
もちろん死んでいる訳でも眠っている訳でもなく、よく斎藤がやっている瞑想をしているつもりだ。
その方が心が落ち着くと考えて。
なんの考えも巡らないように自然の音だけにひたすら集中する。
窓から微かに吹き込む隙間風の流れがわかるほど。
外で風を直に受けて揺れている葉がぶつかり合う回数も、そのうちわかるようになりそうだった。
自分が空気にでもなったような気分。
しかし。

(――…疲れた)

集中しすぎて些か疲れてしまった。
慣れないことをするものではないと頭のどこかでぼんやり思う。
小さく息を吐き出して天井を見上げる。
結局忘れられそうにもない。
その事実が必要以上に自分を苛つかせていた。
どうしてこうもあの男の姿が頭から離れないのか。
目に焼きついてしまったものが消えていかないのか。
今までになかったことが起きていることに、腹が立つ。

「沖田さん、少しお邪魔していいですか?」

不意に部屋の外から声がかかる。
近づいてくる気配を気取れなかったことに少し驚きながら、視線を声のした方へ向けた。
咄嗟にどうぞ、と答えてしまう。
後から一人でいたかったのにと思ってももう遅い。
入室を許可された雪村が大きな音を立てずに中へ入ってくる。
入ったすぐそこのところでちょこんと正座をした。
しばらくの間お互いに無言の状態で見つめあう。
やがておそるおそるといった様子で雪村が口を開いた。

「……あの、すみませんでした」

「なんの話?」

いきなり謝罪の言葉をかけられて顔をしかめる。
身に覚えがないからだ。
だが問い返した声がいつもより鋭かったのか、彼女は肩をすくめてしまう。
小声で「巡察の時…」と返ってきた。
それでやっと思い出す。

「ああ…桝屋の件?それなら別に気にしなくていいよ」

今度は努めていつも通りの声を出し、責任を感じる必要はないと言い聞かせる。
けれども雪村は変わらず申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
何をそこまで気にしているのか理解ができない。
自分が構わないと言っているのだから気にしなければいいのに。
そう言い足そうとした時、また誰かがここへ訪れたらしい。
堂々とした足音が聞こえてきて、後から気づいた雪村も部屋の脇へ退く。
訪れたのは井上だった。
支度が完了次第広間へ再集合と告げられ、打刀を手に立ち上がる。
雪村を見つめて微笑んでやってから、自室を出た。



この晩の出来事が、のちに池田屋事件と呼ばれることとなる。

























◇   ◇   ◇





あれから、数刻後。
局長を始め自分たち幹部と平隊士たち、計十人程度の人数が建物の影に身を潜めていた。
誰もが息を殺して鋭い眼差しで一軒の旅籠屋を凝視している。
時折動く影に、小さくため息をこぼす。

「こっちが本命みたいですね、近藤さん」

ちらりと自分の敬愛する近藤を見やって呟く。
彼の表情は険しかった。
会津藩は、という問いかけが低く放たれ、背後にいた隊士がまだだと報告する。
その答えに舌打ちをしたのが聞こえた。
やりとりを聞いていた自分は使えない人たちだと心の中で毒づく。
当然会津藩の人間へ向けた言葉だ。

「近藤さん、どうします?ここで逃がしちゃったら無様ですよ」

突入してしまう他ないだろうと思いつつ、指示がなくては動けない。
暗にそれを求めながら意見を聞いた。

「……やむを得ん。我々だけで踏み込もう」

少しの間をおいて唸るように告げられる討ち入りの合図。
そうこなくちゃ、と心の中で答えた。
左手を刀に添えていつでも抜刀できる姿勢を取る。
駆けだした近藤に続いて池田屋に近づくと、勢いよく入口が開け放たれた。
途端に池田屋内の明かりという明かりが消されていく。
次いでドタドタと何人もの慌ただしい足音がこちらまで聞こえてくる。
すでに自分は抜刀していた。

「会津中将殿御預かり新選組、詮議のため宿内を改める!」

声を張り上げて近藤が討ち入りを宣言し、長い夜が始まった。





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