壱
はあ、と大きく長いため息をこぼした。 それを聞いた藤堂が原田と指していた将棋の手を止めてこちらを振り返る。 遠慮もなく「どうした?」と問われたので、もう一度ため息をつく。 なんでもない、と素っ気なく返した。 すると彼は文句を言いながら将棋盤へと向き直る。 口を尖らせてぶつぶつ呟いてはいるが、気分を害してはいないようだ。 パチリ、と駒の置かれる音が耳へ届いた。 二人のすぐ近くには永倉がおり、些か退屈そうに勝負の行方を見守っている。 率直に呑気だなという感想を抱いた。 緊張感も何もない。 この場に斎藤か、土方…山南辺りがいればどういう形であれ窘めていただろう。 そんなことを考えながら空を見上げ、ゆっくりと流れていく雲をじっと見つめる。 もう少ししたら夕餉の支度に行かなければ、とも考えた。 同じ当番になっている人間が呼びに来てくれるだろうと思うと、動く気になれない。 (らしくない、なあ) ふと、自分に対してそういう感想を持った。 自分がこう思うくらいなのだから、きっと周りのみんなも同じようなことを思っているに違いない。 何がらしくないのかと言えば、"心此処に在らず"という今の状態が、だ。 暇さえあればぼんやりと空を眺めたり、あてもなく屯所内を散歩したり。 その最中、何度もため息をこぼす。 前に一度だけ、永倉に恋煩いかと問われたことがある。 もちろん思いきり否定した。 (……でも) ひょっとしたらそれに近いのではないかと、思う。 いつの日だったかもう忘れたが、巡察の最中に見かけた男の姿が忘れられないのだ。 何より鮮明に記憶しているのは輝いて見えるほどの綺麗な金髪。 そしてその鮮やかな金髪を引き立てるような黒い羽織に、対照的な白の着物。 どうしてだかわからない。 目が合ったり、話をした訳でもない。 ただ、この目に焼きついて何度でも姿を思い出させる。 あの男が女だったら、一目惚れというのだろうが。 否、男でも一目惚れというものがない訳ではないとわかってはいる。 しかし一目惚れとはまた違うと、そう思っていた。 「総司」 同じ姿勢のままずっと考えを巡らせていたところへ、頭上から名前を呼ばれる。 声のした方へ顔を向ければ、そこには無表情の(自分には違いがなんとなくわかる。少し不機嫌そうだ)斎藤がいた。 何?と素っ気なく返すと、これまた素っ気なく。 「副長が広間に集まるよう仰っている。…平助、左之、新八。あんたたちもだ」 低く、けれどもはっきりと告げた。 そしてすぐに踵を返し、広間の方向へと姿を消す。 後ろで藤堂や原田たちが顔を見合わせているのを、気配で察する。 やれやれとぼやきながら立ち上がり、三人を放置していつもの速度で広間へと向かった。 広間へと辿り着けば、平隊士から鬼と恐れられるほど険しい表情を浮かべた土方が真っ先に見えた。 彼は腕を組んで座っており、その隣には局長であり自分が敬愛している近藤の姿。 次いで山南の姿と男装した雪村の姿。 そして自分や藤堂たちを呼びに来た斎藤の姿があった。 特に何も言うことなく、適当な場所へ腰を下ろす。 少し遅れて藤堂たちも姿を現した。 それを確認して土方が口を開く。 「――古高の拷問が終わった。風の強い日を選んで京の都に火を放つのが奴らの目的らしい」 淡々と告げられる言葉が広間という空間に広がる。 目を細め、鋭い眼差しを土方へ向けた。 他の幹部連中もそれぞれの反応を示す。 「奴らの会合は今夜の可能性が高いだろうな。各自、出動準備を整えておけよ」 構わず言葉を続けた土方に、すぐに斎藤が「御意」と頷く。 続けて原田と永倉がやる気を見せていた。 自分もとりあえず了承の意を示す。 今晩、再度集合ということで一時解散となった。 そっと自分の愛刀に手をかける。 討ち入りの間だけでも男の姿を忘れていようと精神統一をしようと決め、自室へと戻った。 |