「土方さんは本当に過保護だよね」

声に少なからず苛立ちを含ませて、吐き捨てるように言い放った。
自分のいるこの場には他に斎藤と井上、山崎の姿がある。
その誰もが今の言葉に反応を示した。
いや、斎藤の反応は本当に僅かなものだが。
山崎があからさまに眉をひそめて見せ、井上は困ったような苦々しいものを食べたような顔をする。
わかっていたことだ。今の言葉に誰もいい反応を示さないことなど。
だから特に気にしない。
近々二条城で将軍である徳川家茂公の警護をするというのは聞かされている。
休みっぱなしだった自分は、それに参加する気満々だったのだ。
しかし土方の申し出によってその願いは叶わなかった。
それで過保護だと称した。実際にそうだと思う。

「…副長は、沖田組長のことを心配されているのですよ。当然のことだと思います」

間を置いて、控えめに山崎が抗議する。
彼ならそう言ってくるだろうと思っていた。
言葉を返せば面倒になると知っているので、何も言わずに聞き流す。
すると山崎も呆れた様子でこの場を去っていく。
推測せずともわかる。任務だ。
監察方は忙しそうだ、と他人事のように考える。
事実、他人事なのだけれど。
手元の辺りを彷徨っていた視線を、一番近くにいる斎藤へと向けてみる。
案の定というかなんというか、彼は口を開こうともせずに自らの愛刀を手入れしていた。
そのさらに向こうに井上がいる。
井上は何やら言いたそうな顔でこちらをじっと見ていた。
おそらく山崎のようなことを言いたいのだろうが、言っても気を悪くするだけだと悟っているらしい。
――気持ちは、痛いほどわかっているつもりだ。
けれど納得いかない。
決して自分は役立たずではないはずなのに。
むしろついていくと言っていた雪村より戦えるはず。
それなのに、留守番とは。

「つまらないよね、本当」

憂うように言葉を紡ぐ。
脈絡もなく放たれた言葉の意味は、きっと斎藤にも井上にもわからない。
実は同行したい理由が他にもある。
風間がまた姿を現す。そんな気がしていたからだ。
ただの直感でしかないが、ついていけば会えるかも知れない。
そんな焦りにも似た感情が自分を突き動かしている。
これには最近の体調不良も関わっているのだが。
土方がやたらと心配してくるのもあるのだが、時々出てしまう嫌な咳が自分でも気になる。
だが、ずっと風邪だと己に言い聞かせてきた。
半ば祈るように。

「ねえ、一くん」

どこか遠くを眺めながら、なんとなく斎藤の名前を呼ぶ。
最後の仕上げをしていた彼の手がピタリと止まった。
そしてこちらの意図を読み取ろうとするような眼差しで見つめられる。
彼独特の癖らしいが、あまりいい癖ではないと思う。
もう慣れてしまっているからどうでもいいが。

「なんだ」

「二条城で何か起きたとしたら……それ、僕に話してくれる?」

言いながら斎藤を見やる。
あまり強く感情の色を映し出さない瞳と短い間見つめあった。
やがて斎藤の方から視線をそらされ、手入れが続行される。

「…了解した」

短く、そう答えを呟いて。
とりあえず了承してくれたことにいくらかの安堵感を覚えつつ、すっと立ち上がる。
終始黙っていた井上に夕餉の支度をすると言い残し、その場を去った。
勝手場までの道をゆっくりと歩いていく。
夕陽が少し眩しい。
一度足を止め、今まさに沈まんとしている太陽を見上げた。
それは赤く、紅く――……
脳裏に風間の顔が浮かぶ。
彼の瞳はこの夕陽よりも真っ赤だった。
冷ややかだけれど美しさを称えた、鋭い目。
斎藤や土方の目も鋭さを帯びているが、風間には劣ると思った。

(なんでこんなこと思ってるんだろう)

彼に会いたいと思う自分がいる。
二条城へ同行すれば会えるような気がする。だから行きたかった。

「やっぱり、土方さんって…意地悪だよね」

やれやれと呟いて先程よりも早足で勝手場へ向かう。
が、途中で酷く咳き込んだ。
咄嗟に口を片手で覆う。
壁にもたれかかって背を丸める。
ひとしきり咳を繰り返して手を離すと、唾液に多く混じった血を見た。
身体のどこかがおかしい。そう思わざるを得ない。
方向転換して井戸に向かい、手を洗い流してから勝手場に行った。
先に支度を始めていた藤堂に声をかけ、何事もなかったように調理をする。
いつも通りに振る舞おうとする、自分。
忍び寄る病魔という闇の手が、ほんの少しだけ恐ろしく思えていた。
頭の中には一つの言葉が浮かんでいる。

――労咳。

























のちに新選組が二条城の警護にあたり、屯所へ戻ってきた斎藤へ真っ先に話を聞いた。
するとどうだ、やはり風間が姿を見せたと言うではないか。
この時、あることに気づく。
風間が故意に新選組の前に現れる時、雪村が同行していることに。
彼は雪村を狙っているのだろうか?
そういえば巡察に出ても風間の姿を見かけることが減っている気がする。
ならば自分が雪村の傍にいれば、会えるのではないのか。

(…試してみる価値はある、かな)





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -