池田屋事件が起きてから一月ほど経った頃。
自分たち幹部を含めた隊士全員が大広間へ呼び集められた。
そこで近藤に告げられたのは会津藩からの長州制圧の要請があったこと。
すなわち新選組活躍の場を与えられたことだった。
もちろんそれを全く喜ばぬ自分ではない。
あの時池田屋で倒れてしまった分を取り返す絶好の機会。
近藤のために、何より己のために誰よりも活躍してみせようとすぐに決めた。
なのに。
山南からあっさりと待機を命じられてしまったのだ。
心底不服だったが平隊士も同じ場にいるのもあって駄々をこねる訳にいかず。
渋々でも了承せざるを得なかった。
額に傷を負った藤堂なら待機させられるのもわかるが、ただ倒れてしまっただけの自分がどうして。
巡察にならもう数回出ているのに。
また近藤や土方の過保護か。
――あり得なくはない。石田散薬を飲まされたくらいだから。
でもどうせなら雪村を連れていってほしかったと思う。
彼女はなんとなく得意ではない。
長時間言葉を交わしていると疲れるのだ。
人を休ませてくれようと言うならば、それくらい気づいてほしい。
事実、中庭で空を見上げていた自分を彼女が見つけだしてきて。
身体が本調子でないなら休んだ方がいいと言ってきたりだとか、同じように空を仰ぎ始めたりとかした。
さらには腕を怪我して刀の持てない山南の話を持ちかけてきたり。
本当に面倒な子だ。つくづくそう思ってしまう。
それでも最低限の会話をしてしまう自分は、何なのだろう。
一人でいると考え事が多くなるからかも知れない。
だけど雪村にあれこれ言われるなら一人でいた方がいい――というのは、さすがに酷いだろうか。
















「――…聞いているのか、総司」

少し考えごとをしすぎていたようだ。
一刻前からこちらの自室で雑談につき合ってくれていた斎藤が、半ば呆れたような様子で声をかけてくる。
どうもずいぶんと待たせていたらしい。
耐えかねて話しかけたという雰囲気を感じた。
ごめん、と素直に謝った後でなんの話をしていたかと問う。
彼は怒る素振りを見せずに淡々と答えた。
ついこの間起きた、のちに言う禁門の変での出来事について教えてもらっていたのだ。
やっと話を思い出せて「ああ」と声をあげる。

「確か一くん、薩摩藩の人間に強そうな奴を見つけたんだったっけ?」

最初に聞かされた話を確認するように聞くと、斎藤の首が僅かに縦へ振られる。
すぐにその薩摩藩に属するという人間の名が告げられた。
天霧九寿、と名乗ったと言う。
正確な強さはさすがにわかるはずもないが、話を聞く限りでは「楽しそうな相手」なのだろう。
だからこそ無駄な戦いを避けられてよかったいう話だ。
冷えきってしまった茶を啜りながら言葉を聞き流す。
けれど斎藤の表情は変わらない。

「左之も似たような感覚を得た相手を見たと、副長に報告していた。不知火匡と言うそうだ」

声の抑揚すら一向に変えずに言っては、斎藤も湯のみに口をつける。
ふうん、と適当な返事をする。
その報告ならたまたま自分も聞いていた。
個人的に原田が報告していたところへ通りかかったから。
しかしそこで斎藤の話も途切れた。
もう終わりだろうかと彼の顔を横目で見ると、何か考えている様子で。
悩んでいるように見えたので何も言わなかった。
まだ続きがあるなら話してくれるだろうと思い、湯のみを盆に置いて開けた障子の隙間から空を見る。
刀を手入れしてやらなくてはとぼんやり考えたその時。

「……風間千景」

一度口を閉ざした斎藤がポツリと呟いたのを聞き取った。
それが人の名前だと気づいて彼へと視線を戻す。
おそらくまた別の誰かが出会った人間の名前なのだろうが。

「天王山へ向かう途中で立ちはだかり、副長が斬り合うことになった人間の名前なのだが」

斎藤も自分を真っ直ぐ見つめ返してくる。
再び話しだした声色は、いつも通り。

「その者の話したことが本当ならば、池田屋で総司が対峙した人間だ」

少なからず衝撃的だった。
あの男が顔を見せたのなら、やはり自分も無理を言って同行すればよかった。
そうすれば決着をつけられたかも知れないのに。
無意識に唇を噛みしめる。
だがすぐにその唇を笑みの形に歪めた。

「…へえ、あいつまだ京にいたんだ」

斎藤は黙っていた。
ただ静かにこちらを見つめ続けた後、空になった湯飲みを盆に乗せる。
急須と二つの湯のみが乗った盆を手に、そっと立ち上がった。
用事がある故失礼する、と言葉をかけられたのはなんとなくわかった。
その後襖を開けて縁側へ出てから閉める際に。
小さく振り返って動きを止めたので、思わず目をやると。
彼はまた、なんの感情も込めない瞳を自分へと注ぎつつ口を開く。

「あんたが仕留めたいのだろう?――安心しろ、その風間という男はまだ生きている」

そう言い残して、音もなく襖を閉めた。
あの男が、風間千景が生きているだろうことは言われなくてもなんとなくわかっていたこと。
未だ京を去っていないだろうことも。
忌まわしいと思っている人間がまだ同じ地にいるというのは気分のいいものではないはず。
だけどなぜか密かに喜んでいる自分がいた。
もう一度相見えられるだろうと思ったからかも知れない。
自室でただ一人、口元に浮かべていた笑みを消して再び空を見ていた。
頭の中で風間の名前を呟き、顔を思い出しながら。





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