秘めたる想いに、未だ気づかないまま
…今、自分は全力で困り果てていた。 礼儀正しく正座している目の前の人物から視線を外せない。外すことができない。 はあ、と小さくため息をこぼす。 延々と話している眼前の人物をひとまず忘れようと、どうして自分がこんな目にあっているのだろうと考えてみることにした。 ほとんどは原田のせいだ。あと永倉。 そして無条件で土方。 「――聞いているのか、総司」 やや苛立った声で目の前に座る彼――斎藤が真っ赤な顔で声をかけてきた。 彼から意識を反らしていたことに気づかれたようなので、再び耳を貸すことにする。 聞いてるよ、とだけ返してやった。 斎藤は不満そうにこちらを睨みつけながらも、話を再開させる。 実はこの話というのはただの話ではない。 ほとんどが説教で、残りは普段からため込んでいるらしいささやかな愚痴。 本来なら土方の説教のように聞き流してしまうことばかりだ。 なのにこうして大人しく聞いてやっているのには大きな理由がある。 斎藤が、酔っ払っているから。 どうして彼が酔ってしまったのか、というのを説明するのはたやすい。 一言で片づけてしまうなら酒を飲んだからだ。決して場酔いなどではない。 だがそう説明したところで誰もが「そんなことはわかりきっている」と言うだろう。 自分も同じように説明されれば、確実にそう思う。 疑問に思うのは「何によって酔ったのか」ではなく「どうして酒を飲むことになったのか」。 それを簡単に説明するならこうだ。 幹部全員で久々の宴会を開き、今まで頑なに酒を拒んでいた斎藤がとうとう原田に負けて口をつけることになってしまった。 本来は酒を嫌ってなどいない彼のこと。 一度口にすれば次から次へと飲んでいった。 永倉も斎藤の飲みっぷりを見てさらに煽っていく。 この時点では誰も止めようとはしなかった。宴会という場なのだから。 しかし今日の斎藤の酔い方はいつも通りのようでどこか違っていた。 なぜかわからないが、執拗にこちらへ絡んでくるのだ。他の人間には目もくれずに。 そして今に至るまでずっと説教と愚痴ばかりを言い続けている。 正直、解放してほしい。 自分も気持ちよく酔っていたというのに、すっかり酔いが醒めてしまった。 数刻前から土方の命で別室に移り、満足するまで話させてから寝てもらおうとしているのだ、が。 「――…というのに、どうして俺が左之や新八を庇わねばならない?平助も平助だ、なにゆえ面倒ごとを全て俺に……」 少しは眠くもなってきているのだろうか、やや身体を前後に揺らしながらも話を続ける斎藤。 瞼も徐々に下がりつつある。 もう少しつきあえば寝てくれそうだ、と考えて気合いを入れた。 「そう思うなら、一度庇うのをやめてみればいいじゃない。叱られるべきなのは本人たちなんだからさ」 久しぶりにまともな相槌を彼に返してやる。 すると斎藤はそれまで一度も止めることのしなかった話を止め、顔をあげるとこちらを見つめてきた。 何かまずいことを言っただろうか、と一瞬焦る。 そんなことはないはずだと思ったが即座に考えを訂正する。 これはお前にも言えることだ、と説教に入りそうだ。思い当たることがない訳じゃない。 墓穴を掘ってしまったか、と悔やんだところでどうしようもない。 今しばらく彼につきあわねばならないことを覚悟して斎藤を見つめ返した。 ――途端、何か長くて白い布が頭にかけられた。 斎藤がいつも首に巻いているものだ、とそれを理解する前に身体に力がかかる。 白い布をどけ、少しの時間遮られた視界が元に戻った時、自分の置かれた状況に目を瞬かせる。 すぐ近くに斎藤の顔があった。 しかも、視界を遮られている間に押し倒されているではないか。 突然のことが全くもって理解できない。彼は何をしている? 「…ええと、一くん?」 数分経過したところでやっとそう言葉を放つ。 何してるの、と続けて問いかけた。 しかし斎藤はこちらの問いに答えようとしない。 無言のままでただじっと見つめてくるのみ。 「どうして……お前なんだ」 「?」 やっと言葉が紡がれたかと思えば、それは繋がりがなく。 さすがに抵抗した方がいいかなと考えて腕に力を入れるが、斎藤の力の方が強かった。 起き上がれずにどうすることもできない。 冗談の一つでも言ってやろうかとも思った。けれどそれもなぜかできない。 酔っているにも関わらずしっかりとこちらを見つめてくる瞳に、僅かに切ないものを感じたから。 …その答えを知るのは、まだもう少し先。 |