まさかいきなり嫌われるとは思わずに




大学の講義の途中。
熱心な生徒である斎藤が、しきりに何かを気にしているように見えた。
いつもならじっとこちらを睨むように見つめて、ペンを動かす手を止めることもしないのに。
今日だけは、授業に集中できないようだ。
その理由が気にかかる。
日常と違うことが起きているというのは、必要以上に理由を知りたくなるものだ。
今の自分もまた、それと同じ。
休むことなく話しながら時々大きな板に字を書き連ねていく。
そうしながら、自分なりに理由を考えていた。
あの真面目な斎藤が、どんなことで気をそらされているのだろう。
これまでにそういったことがなかったため、ちっとも想像できない。
自然と眉間に皺を寄せてしまう。
一度首を傾げ、この日最後の講義が終わるのを待った。








◇   ◇   ◇








講義が終了の時を迎え、生徒たちが去っていく中。
早足で斎藤に近づく。
彼はいつも、講義が終わってすぐに退室しない。
ご丁寧に荷物を綺麗にまとめてからでないと席を立たないのだ。
それを覚えているから、慌てることはない。
少し大きめな声で斎藤の名を呼び、この場へ留まるように仕向ける。
近づくにつれ、彼の表情が少し緊張しているのに気づく。
まるで名前を呼ばれたくはなかったかのように見えた。

「おい斎藤…お前、今日は一体どうしたってんだ?」

確認を取ったことはないが、斎藤が自分に対して尊敬の念を抱いているのは知っている。
だからきっと話してくれることだろう。
そんな風に思い、周りに自分たち以外の人間がいなくなってから問いかけた。
しかし斎藤は視線を泳がせるばかりで口を開こうとしない。
珍しく困り果てているらしい。
何かまずいことを聞いただろうかと僅かな不安に駆られる。
答えを得るのは諦めようと再び口を開こうとして。

「…にゃじめくん、まだ?いい加減苦しいんだけ――」

「総司!!」

聞き慣れない声に次いで斎藤の慌てたような叫び声。
同時に開きかけた鞄を彼が抑えつける。
一瞬だけ見えたのは、尻尾?
自分は事態が理解できずに目を数回瞬かせた。
顔を少し俯き加減にして鞄をじっと見る。
中に何かがいるのだろうか。
そっと視線を斎藤へ移す。
ちょうど目があって控えめに名前を呼ばれた。

「あの……土方教授」

おずおずといった彼の様子も、また珍しいものだと思う。
普段は冷静沈着という言葉がぴったり似合いそうな人間だから。

「なんだ?」

相槌を待っているらしかったため、とりあえずそう返す。
おそらくもう言い逃れできないと思っているのだろうが、まだ決心がつかないようだ。
だがやはり諦めるしかなかったようで、斎藤は床に置かれていた鞄を持ちあげて机の上に置く。
そしてゆっくりとその鞄が開かれた。
覗くように中を見ると、奇妙な生き物がそこにいた。
思わず「なんだこいつ」と呟く。
すると突然、鞄の中に入っていた生き物が「僕はこいつって名前じゃにゃい」と主張してきて。
まさか人間の言葉を話すとは思わず、相当驚いた。
世の中というのは何が起きるかわからないというのは本当らしい。
どういう反応をすればいいのかわからずにいると、斎藤が鞄からそいつを出しつつ。

「俺が半年ほど前から飼ってる猫なのですが…その、大学に連れてきてしまって申し訳ありません。総司がどうしてもと言うので、つい…」

聞きたかったことを聞く前に、全て説明されてしまった。
頭の隅で「お前は本当に優秀だよ」などと余計なことを考える。
やっと鞄から出ることのできたその総司という猫は、こちらの顔を見るなり威嚇してきて。
斎藤の腕からよじ登って頭の上に鎮座した。
どう見ても重そうだが、斎藤は気にならないらしい。
すぐにひょいと総司を頭から退けて抱きかかえる。
相変わらず自分は威嚇されっぱなしだ。
でもとりあえず斎藤の腕の中では大人しくするようで、素直に収まっている。

「総司、だったか?……まあ、今日くらいは大目に見てやる」

「…ありがとうございます」

半ば呆気にとられつつも許しを出すと、ほっとしたように斎藤が微笑んで礼を述べる。
まあ、連れてきてしまったものは仕方ない。
ずっと自分に向かって威嚇しっぱなしのこの猫がやや憎たらしいが。

「なあ、斎藤」

ぎゃあぎゃあ騒いでうるさいことこの上ない猫に耐えきれず、とうとう口を開く。
斎藤の腕から総司を奪い取った。
それも首根っこを掴んで。
これは、本当に猫ならば暴れないはずだという考えに基づいている。
事実、総司は多少暴れたのちに抵抗が無駄だと悟ったらしく、こちらを睨みながらも大人しくなった。
そんな猫に少しだけ顔を近づけながら、話の続きを言う。

「なんで総司は最初っから俺を敵対視してんだ?」

問いかける間にも「離せ馬鹿」だの「早く降ろせ」だのと総司が騒ぐが、全て無視。
猫ではなく斎藤を見た。
けれど飼い主である斎藤も首を小さく傾げるだけ。
さすがに手元の猫がうるさくなって彼に返却する。
理由はしばらくして斎藤の口から聞かされることとなる。
なんでも家で大学の話をする際に、その半分くらいの内容が自分への尊敬を示した話なのだとか。
どうやら自分は嫉妬されたということのようだ。
また、この日から斎藤が毎日のように総司を鞄に入れて大学に連れてくるようになった。
同時にほぼ毎日総司から一方的な攻撃を受ける羽目になったのだが…――





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