貴方はいつでも卑怯な人だからズルい






「ねえ、土方先生」

気怠そうに教室の机へ頬杖をつきながら、正面に座って黙々と紙にペンを走らせている人物へ声をかけた。
名前を呼ばれた人物はここ薄桜学園の教員である土方。
彼はペンを持つ手を止めるころなく、また視線をこちらへ向けることもなく「なんだ」とだけ返してきた。
ずいぶん素っ気ない返事だと内心でため息をつく。

「――…これ、もうやめていいですか」

実を言えば目の前にいる教師は自分の恋人でもあるのだが、学校ではあくまで先生と生徒。
下手なことはするなと言われているが今は二人きり。教室とはいえ少しは甘えたりもしたい。
なので授業をサボった罰として出された課題が面倒になったのもあり、投げ出してもいいかと少々控えめに問いかけたのだ。
しかしその瞬間、土方の手がピタリと止まって睨むような目つきで見つめられる。
別に睨まれても怖くはない。
けれど彼の次なる言葉が予測できてもう一度心の中でため息をついた。

「何度も言わせんじゃねえ総司。今日中に成績をつけちまうんだからこなせっつったろ」

「……はいはい」

思っていた通りの答えに肩を落としたくなる。
どうしてこうも大好きな人は冷たいのだろう。

(寂しい…なんて絶対言ってやらない)

今度はため息を口から吐き出す。
それも土方に聞こえるようにわざと大きく、だ。
当然それを聞き取った土方の眉間に深い皺が刻み込まれる。

「…総司」

「……なんですか」

「それ全部片づけたら少しつきあえ。いいな?」

「…は?」

名前を呼ばれお叱りの言葉がまたくるとばかり思っていたので自分の耳を疑う。
声色自体は変化がないものの、恋人としての自分へ向けた言葉であるとだけ理解する。
意味がわからないんですけど、と表情で訴えれば土方は口元に妖しい笑みを浮かべた。
だが教えてくれるつもりはないらしい。
再びペンを走らせ始めた年上の恋人に、ただ首を傾げて顔をしかめるだけ。
よくわからないが、とにかく課題を片づけろということらしい。
何につきあわされることになるのか気になって仕方がないので、手早くすませてしまうことにした。
土方の思う壺になっている気がしなくもないが、この際考えないことにする。





◇   ◇   ◇





陽がほとんど落ちかけた頃。
出された課題を全て終えた自分は、先に作業を終わらせて腕を組みながら待っていた土方にそれを渡して机に突っ伏した。正直、疲れた。
古典は苦手ではないが得意でもない。
だから多く出された課題をこなすのはなかなか大変だった。
しばらくは古典というものに触れたくない。
たった今提出した課題に目を通し、成績をつける眼前の教師を眺める。
本人に言ったことはないが、仕事をしている時の土方はかっこよくてつい見惚れてしまう。
いつまで見ていても飽きることはない。
…しかし無意識に彼を眺めすぎていたらしい。
とうに成績をつけ終え、支度まですませてしまった土方に声をかけられた。
急に現実に引き戻され、同時になんだか恥ずかしくなる。
人に見惚れるだなんてこと、滅多に――いや、土方以外にはないから。
気まずさを覚えながら慌てて視線をそらし、もう用はないだろうと帰り支度を始める。

「おい総司」

先に席を立った土方が名前を呼ぶ。
その後すぐに手首を掴まれた。

「成績表を置いてくるから、お前は俺の車の前で待ってろ。いいな?」

振り返りざまに早口でそう告げられる。
と思えば土方はもう教室を出て廊下を歩いていってしまった。
彼の言葉の通りなら、職員室に向かったのだろう。
そして今の言葉で彼が何かにつきあえと言っていたことを思い出す。
勝手なんだから、と苦笑しつつ呟いて指示通り土方の車の前で待つことにする。
彼が歩いていった方とは反対側を向き、鞄を肩へかけ直して下駄箱へ。
改めて何につきあわされるのかと考えながら職員専用の駐車場に辿りつく。
すぐに目的の車を見つけ出し、助手席の方のドアにもたれかかった。
空を仰いで微かな風を感じてみる。
次いで車を見やった。詳しくはないのでわからないが、土方の好みそうな車だと思う。

「――総司、待たせたな」

職員玄関の方から出てきた土方が鞄一つだけ持ってこちらへ向かってきた。
ちょうど運転席側からだったので身体を車から離し、反転させて車越しに向かい合う。
たいして待ってません、と答えるとそうか、と短く返ってくる。
先に彼が車に乗り込んだ。
それを見てから自分も乗り込む。

「それで、土方先生」

「なんだ」

「僕を何につきあわせる気ですか?」

「それはまだ教えられねえな。ひとまず先に夕飯だ、何が食いたい?」

「…じゃあ、お寿司で」

「ああ、いいぜ」

問いかけてみてもまだ教えてくれる気はないらしい。
なんとなく気に入らなくてわざと高そうな料理を口にしたが。
あっさりと了承されたので言葉を失う。
その間にも車は道をどんどん走っていく。
流れていく景色に目をやった。
今さらながらに自分が制服を着ていることが嫌に思えた。
土方と並んでいると恋人というよりはせいぜい親子。
男同士なのもあって余計にそう見えることだろう。
恋人同士に見られたいという訳ではないが、せめて男友達くらいには思われたい。
つきあわされる方なのだから一旦家に帰って着替えるくらい我が儘言えばよかったと後悔する。

(――…って、別にデートでもなんでもないのに何考えてるんだろ)

考えの方向が変わってしまっていたことに気がついて修正する。
これでは自分が期待しているようではないか。
それはなんとなく負けた気がして不快だ。
…などといろいろ考えているうちに停車する。
どうやら寿司屋へ到着したらしい。
てっきり回転寿司に連れていかれるだろうと思っていたのに。
本当に高そうな店へと連れてこられるとは。驚いた。
もしかしたら機嫌がいいのだろうかと少し土方を訝しく思いつつ、黙って店へ入る。
奢ってもらえることはわかっていたから腹一杯に食べさせてもらった。
そうして再び車に乗り、どこかへ向かって走り出す。
もう何につきあわせるつもりなのかと聞く気はなかった。
どうせ教えてもらえない。

「総司」

半ば拗ねてぼんやりと外を眺め続けていたら不意に名前を呼ばれた。
顔を土方へと向けて「なんですか」とやや素っ気なく答える。

「お前を連れていきたい場所があるんだが、少し遠いんでな。着いたら起こしてやるから寝てろ」

「……はあ」

やはり教えてもらえない。もう諦めた。
しかも寝ていろと言われたので、何度目かわからないため息をつく。
とはいえただ車に乗っているだけというのは存外眠くなるもので。
景色を眺め見ているうちにいつの間にか眠ってしまった――




















◇   ◇   ◇





「総司――……総司、起きろ」

肩を揺さぶられながら声をかけられ、目を開ければ辺りが暗かった。
すぐには覚醒しないぼやけた頭で呼びかけてきた土方を見、次に車の窓から外を見る。
明かりが乏しく、景色がよく見えない。
ただ、音が聞こえてきていた。

(海?)

波の音だと判断して海だとわかったが、どうしてここにいるのかはわからない。
もう一度土方の顔を見る。
彼は僅かに笑んでいた。
目を覚ましたことを確認したのか、タバコに火をつけて運転席を出ていく。
自分にわかるのは今が夜だということと海のすぐ傍にいること。
そしておそらく土方がつきあわせたかったことというのが今だということだ。
一体なんだというのだろう。
不思議に思いながら助手席から出て潮風を肌で感じ取る。
ふと、薄暗がりな世界に微かな光があるのに気づく。

――日の出だ。

時間をかけて徐々に昇る太陽。
海を照らし、空と雲を照らし、少しずつ少しずつ昇っていく。
光を反射させる海がキラキラとしていて綺麗だった。
日の出なんて生で見たことなんかない。
思わず感動している自分に気がついた。
やがて太陽が昇りきり、夜明けを知らせる。
周囲の景色がハッキリ見えるようになるまでじっとその一点を見つめ続けた。

「――綺麗だったろ。これをお前に見せたかった」

いつの間にか隣に立っていた土方が、同じ方向を見つめたまま言葉を放つ。
横目でちらりと盗み見ると、タバコを銜えたまま笑んでいる彼がいた。
自分にこれを見せてくれようとしたということが嬉しい。
けれど素直に綺麗だと言えない。
とことん彼に負けてしまう気がして。

「…日の出なんか見ても、面白くないですよ」

口をついて出たのはそんな捻くれた言葉。
違う、こんなことが言いたいんじゃないのに。
そう思ってもこんな言葉しか出てこない。

「こんなことに僕をつきあわせたんですか」

「…つまらねぇか、悪かったな」

「……」

土方の表情が少し陰ったのに気づく。
胸がちくりと痛んだ。
耐えかねて車へと向かい、そそくさと乗り込んでしまう。
続いて土方も運転席に戻ってきたが、自分は窓の外を向いて顔を合わせない。
何か言うべきだろうかと思うも、やはり素直になれない。
彼にはたくさんのものをもらっている。
いつだって自分の喜ぶものを。

「……土方さん」

車が走り出して海から遠ざかっていく頃。
やっと彼の方へと少し顔を向けて名前を呼んだ。

「――……日の出、綺麗でした」





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