ひたむきな愛だからこそくすぐったい






「ほら、総司。口を開けろ」

そう言って無表情が斎藤がずいっと粥のご飯をすくった匙を口元へ向けてくる。
視線をその匙へ向けると、湯気を立てているのが見えた。
どう見ても熱いだろうと推測する。
自分は猫舌だから、湯気が立ってる状態ではまだ食べられない。
ついさっきそれを斎藤へ訴えたのだが。
聞いていたのかいなかったのか、よくわからない。
いや、おそらく聞いていないに等しいのだろう。
こうして熱そうなままの粥を食べさせようとしているのだから。

「あの…、一くん」

「なんだ?」

顔が少し俯き加減だったため、僅かに上目遣いで斎藤を見やる。
ちなみに自分は布団の中にいて、その脇に斎藤が腰を下ろしている。
部屋は自分の部屋。
昨日から体調を崩し、今日には熱を出して寝込んでいるのだ。
本当は昼間に巡察の予定があったのだが、きっと斎藤が代わってくれたに違いない。
それはもちろん有難い。
看病をしてくれるのもまた、嬉しいが。
けれどやはり熱いものが食べれないと言ったら食べれない。
とはいえせっかく看病してくれているのに文句を言うのもいかがなものか。
などと考えているうちにも斎藤は匙を近づけてくる。
控えめな声で「口を開けろ」とまた言われた。
やはり、無理だ。

「…ごめん。あのさ、僕は猫舌だからそのままじゃ食べれないよ」

意を決してそう告げると、斎藤の動きがピタリと止まる。
そして無言でじっと目を覗かれた。
睨まれているようにも思えていたたまれない。
やがて口元へ差し出されていた匙が引かれ、今度は彼の口元へ向かう。
微かにふうふうと息を吹きかける音がした。
納得して冷ましてくれてるらしい。
少しほっとして息をつく。
再び匙が差し出されたのを見れば、湯気も消えてしっかり冷まされているのがわかった。
安心して粥を口にする。
僅かに残された暖かさが味を保っていて美味しい。
肝心の味つけも悪くなかった。

「美味しい」

素直にそう呟けば、ここに来て初めて斎藤が微笑みを浮かべる。
彼が微笑んでいるのを見ると、なぜか嬉しくなる。
淡い笑みを見せて少しずつ食を進めていく。
体調を崩すと食欲を失うのだが、珍しく完食することができた。
ご馳走さまという自分の声と共に、部屋の隅へ斎藤が膳をさげる。
代わりに小さな盆を持ってきた。
横目で見ると、そこにあるのは水の入った湯のみと薬包紙。
自分へ処方された薬のようだ。
石田散薬でなくてよかったと、密かに思う。

「……」

しかし、斎藤はなかなか薬を自分へ手渡してくれない。
盆を手に持ったまま、正座して静止していた。
不思議に思って首を傾げつつ斎藤の名前を呼びかける。
だが反応はない。
どこか一点を凝視して動かなかった。
仕方なく右手を持ち上げて彼の目前でひらひらと振る。
やっと視線が動き、斎藤と目があう。
どうしたの、とおそるおそる問いかける。
斎藤はしっかりとこちらの目を捉え、真剣な表情で。

「目を閉じて待て」

と、そう言ってきた。
意味と脈絡が全くわからないが、何も聞かずに従うのにはやや抵抗があった。
なので理由を問いかければ「いいから言うことを聞け」という一点張り。
彼に従う他ないらしい。
とうとう諦めて目を閉ざす。
するとすぐに何かの音が聞こえ、意識がそれに集中する。
なんの音だろう?
カサカサと紙の音がする。薬包紙の音だろうか。
そこまで来てあることが頭に浮かぶ。
まさか、と思った途端に両肩を掴まれた。
目を開くよりも早く、斎藤の唇が自分のものと重ねられる。
驚いて思わず声をあげようとし、そのために開いた口へ液体が流れこむ。
たぶんそれは薬を混ぜた水だろう。
冷たいというよりも温い水に、苦い薬の味がした。
唇の端からその水を零しそうになり、やばいと思う前に斎藤の舌が這う。
そして薬にまみれた舌が口内へ侵入してくる。

「――んん、ぅっ…!」

風邪をうつしたくない一心で抵抗を試みた。
けれどその抵抗も意味を成さず、掴まれた両肩を押されて倒される。
唯一できた抵抗は、斎藤の着物の袖を掴むことくらい。
流し込まれた薬を飲み終えても、口づけから解放されず。
息ができなくなって苦しくなったのを訴えればなんとか離された。

「うっ……げほげほ!」

荒く息をすれば咽せてしまって咳きこむ。
斎藤もさすがに申し訳なさそうに謝ってきたが、後悔しているようには見えなかった。
責めることも自分にはできない。
それは相手が大好きな斎藤であるからで。
顔が赤くなっていくのを感じながら口を右手で覆う。
何を言おうかと考えているうち、彼が先に口を開く。

「俺の看病が不満か?」

これまた突拍子もないことを問われる。
そんなことはないけど、と小声で返した。
確かに不満はない。
風邪がうつるかも知れないのに、口移しはどうかと思うが。
今のところはそれを除いてよく丁寧に看病してくれていると思う。
しかしなぜこんな大胆なことをしたのだろう。
普段の斎藤ならば考えられない。
いつもいろんなことを仕かけて困らせているのは自分の方なのに。
――この疑問は後で本人に聞いたのだが、自分が体調を崩す前に雪村と花の話をしていたらしい。
その時雪村は、花が病気になった際は想いを込めて世話をすると言ったのだとか。
つまり斎藤は花と自分を重ねていたのだ。
想い、すなわち愛情を注いで看病する…と、そういう結論に至ったのだと考える。
気持ちは嬉しいが、それもなんだかなあと思ってしまう。
斎藤は真面目な人間だ。
だからこそ何をするにも真剣で。
それ故に普段されないことをされるとドキドキする。

(完全に一くんの流れに乗せられてる…)

らしくなくも恥ずかしくなる。
結局しっかりと風邪が治るまで慣れない看病を受ける羽目になったのだった。
いつか同じことをやり返そうと思ったのは、ここだけの話。
それも失敗してしまうことになるが。





「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -