いつでも考えているのは貴方のこと




ずっと想いを寄せていた斎藤と、自分はようやく恋仲になった。
そうなってからもうすぐで一年が過ぎようとしていた頃。
突然その斎藤が藤堂と共に、伊東の率いる御陵衛士となると聞いたのだ。
もちろん彼から相談も何も受けていない。
悩んでいる様子すら見せなかった。
つい前日まで肌を重ねていたはずなのに。
まるで自分との思い出全てを忘れてしまったかのように、最初から関係などなかったかのように。
一言声をかけてくることもなく、斎藤は新選組から姿を消した。
藤堂は雪村に会って微かに揺れる心の内を話していたと聞くが。
彼は本当に何も言わなかった。
顔を見せることもしなかった。

それは一体どうして?





(一くんの馬鹿…!!)

























御陵衛士として斎藤がいなくなり、数日が過ぎたある日。
雪村が倒れ、初めての高熱を出した。
聞くところによるとただの風邪らしいが、自分に看病が命じられた。
恋人を失った自分が無気力になっているのを見て、また土方辺りが余計な心配をしてきたのだろう。
しかし何もしないでいると気が滅入って仕方ないため、看病をしてやることにした。
とは言ってもたいしたことはしていない。
額に乗せる手拭いを冷やす水が温くなるたびに取りかえたりだとか、粥を運んでやったりだとか。
所詮はそんなものだ。
雪村は女だから着替えを手伝う訳にいかないので、精々着替えを持っていってやるくらい。
だからつきっきりでいたつもりはないのだが。
なぜか、自分も風邪を引いてしまった。
おそらくでもなんでもなく、雪村からもらってしまったに違いない。
同じように高熱を出し、彼女が快復するのと入れ違うように寝込んだ。
身体はやたらと重く気だるいし、食欲もない。
頭もぼんやりとするのに、目を閉じても一向に眠れない。
ただ脳内には、いつも斎藤の姿があった。
傍にいてほしいと強く願うけれど、叶うはずもなく。
想えば想うほど、胸が締めつけられて涙が溢れるだけ。
どれだけ身体が辛くても、斎藤と交わした言葉一つ一つが思い出せる。
彼の愛撫全てを思い出せるのに。

(どうして、僕の元を離れちゃったの?…一くん…)

答えの返ってこない問いかけを続け、熱を出してから迎えた三度目の夜。
月が昇ったばかりだろうという時刻にふと目を覚ました。
短いとはいえ久しぶりに眠っていたことに些か驚き、障子越しに月や星の明かりを感じていると。
ごく僅かな気配を感じ取ることができた。
後から小さな足音を耳にする。
じっと耳をすませば足音が遠のいたり近づいたりと、目的地を見失ったかのようにふらついていた。
直感的にその足音の主が新選組の人間ではないと感じる。
不審者だと認識して身体を起こし、愛刀へと手を伸ばす。
普段より重いと感じる刀だが、本当に怪しい人間ならば振るわぬ訳にはいかないと思う。
後のことは考えず、スパンと障子を開け放った。
庭先に立つ、一つの人影。
空に浮かぶ月がその影を淡く照らす。
――やはり新選組の人間ではない。

「……誰、あんた。ここで何してるの?」

やや荒い息をつきながらそれを隠そうとしつつ、自分が現れて動きを止めた人間――浪士に声をかける。
柱を支えにしてもたれかかり、立ち上がった。
愛刀は鞘に入ったままの状態で左手の中。

「貴様が沖田総司だな?」

浪士は全体的に痩せ細っているのに長身だから、やけにひょろりとして見える。
頬も痩けていて…正直、蛇のようで気味が悪い。
自分の嫌いな容姿だ。
そんな浪士が一歩後退りながら問いかけてくる。
肯定も否定もしなかったが、どうやら完全に判断できたようだ。
戦う気はないのか、身を翻して逃げだす。
見逃してもいいのだけれど、放っておくことはできないと思えて重い身体を動かす。
愛刀を鞘から抜いて寝間着姿のままで浪士を追いかけた。
本来なら誰か応援を呼ぶべきなのだろうが、そんな余裕などない。
そのうえ熱を出している身で動いているのを咎められたくはないので、一人で向かうことにした。
真っ直ぐに屯所を抜け出していき、すぐ近くの角を曲がっていく。
なので同じようにその角を曲がる。
だが、曲がった先にいたのは先程の浪士だけではなかった。
目の前に三人。物陰からさらに二人。
合わせて五人の浪士がすでに刀を抜いて待ち構えていたのだ。
いつもならば怖じ気づくことなどないのだが。
さすがに今の自分では分が悪すぎる。

「運が悪かったな。貴様にはここで死んでもらおう」

勝利を確信し、ニヤリとした笑みを浮かべた浪士の一人が言う。
今になって自分を殺すための罠だったのだと気づく。
けれどもう遅い。
とはいえ逃げるという選択肢はない。
やれるところまで戦ってやろうと、唇を噛みしめながら突きの体勢を取った。
熱のせいで足が地につく感覚が曖昧になる。
それでも一人だけで斬りかかってきた浪士を殺すことはできた。
あと四人。
全員が順番に来てくれればなんとかなりそうだ。
そんなことがあるはずないと、わかっているけど。

「一斉に斬りかかれ――!」

「…ッ!」

刀を中段や上段に構えた浪士たちが一度に襲いかかってくる。
防御のために愛刀を構え直しつつも、ああもう終わりかと諦めたその時。
浪士たちよりもさらに向こうに一瞬の光が見えたかと思いきや、後ろにいた二人の浪士が地に伏せた。
同時に、一人が自分と鍔迫り合いになる。
残った一人は横に回って自分を斬りつけようとした。
しかし浪士を一度に二人も殺した人間がそれを防ぐ。
瞬く間に死体が三つ転がった。
助けてくれた者の顔を確認しようと思ったが、まだ浪士が一人生きている状態ではそれができない。
だがもう体力に限界が来ている。
次第に刀が押し返されてくるのを感じ、舌打ちをする。

「――…動くな、総司!」

見えないところから声がかかった。
おそらく助けてくれた者の声なのだろうが、この声は――

(一くん…?!)

愛しい者の声を、自分が間違えるはずもない。
でも予想はしていなかった。
まさかこんなところで斎藤の声が聞けるだなんて。
愛刀を握る手に自然と力が入る。
僅かにだが、浪士の刀を押し戻した。
そこへ斎藤のものだろう刀が浪士を袈裟斬りにする。
ぐらりと身体が傾き、鈍い音を立てて最後の浪士が倒れた。
そして会いたいと切に願った相手、斎藤の姿が目に映る。
肩で息をしながら愛刀を地に突き立てて支えにし、なんとか立つ姿勢を保つ。
斎藤は呼吸を乱すこともなく、静かに刀を鞘に収めて。
ただじっと見つめあった。

「…なんで、ここに」

先に口を開いたのは自分。
言いたいことは山のようにあったが、口をついて出た言葉はそれだった。
ここは新選組の屯所から全然離れていない。
もしも他の隊士と遭遇すれば、なんらかの問題が発生しただろう。
いやむしろ、こうして幹部である自分と話しているのも問題のはず。

「その問いに今は答えられん。だが、一つだけ言わせてくれ」

斎藤はどこか急いでいる様子だ。
少し早口で言って、一歩こちらに近づいてくる。
それからそっと手を差し伸べられたので、疑いの眼差しを彼に注ぐ。
見つめ返した瞳は…淀みも何もない。
けれどやはり完全に信じることができなくて、差し出された手は払った。
拒まれた斎藤が表情に苦しげでもあり切なげなものを滲ませる。
どう言葉を紡ぐべきかと思案したらしい。

「俺は前と変わらず、総司を愛している」

目をそらすことなく、しっかりとした声で言い放った。
そう言った斎藤の瞳から、声から、なんとなく彼の意志を感じ取る。
嘘や誤魔化しを言っているようには思えない。
でも、信じていいのだろうか?
震える声でそれを問う。
すると斎藤は確かに首を縦に振った。
必ず帰る、と短く言葉をつけ加えて。
半信半疑ではあるが、自分には彼を信じる他ない。
小さく頷き、再び差し出された手に今度は自分の手を重ねた。
その手を引かれてぎゅっと抱きすくめられる。
久しぶりに感じた斎藤の温もり。
途端に泣きそうになって、必死に堪える。

「総司、熱があるのだろう…?」

「…うん」

「あまり、無理をしないでくれ…俺が帰るまでに死にでもしたらどうする」

「……やだなあ、そう簡単に死んだりしないよ」

「気が気でないのは俺だ」

ちゃんと休め、と言い聞かせるように言われて素直に頷く。
抱擁を解き、斎藤とはそれで別れた。
まだ事情を聞いた訳ではない。
が、彼を信じようと思った。信じたかった。
屯所に戻り、斬り合う音を聞いて起きてしまったらしい雪村に支えられて自室に戻った。
後日熱が下がった後、自分にできることは斎藤を待つことだと考えていつも通りに過ごした。
しばらくして言葉通りに帰ってきた斎藤を迎え、ことの全てを聞いて肌を重ねたのは、言うまでもない話。





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