一方的に言われて悔しかっただけ




ガサガサと鞄の中を漁っていたら昨日のうちに放り込んでおいた袋があった。
袋の中身は大豆。
そう、豆まきをするための大豆だ。
昼休みにお遊び気分で豆まきができたら楽しいだろうと思って持ってきたのだが。

(お昼…みんなにフラれちゃったからなあ…)

どういう訳か、今日に限って昼食の時間を共にしてくれる人がいない。
同じクラスの斎藤は風紀委員の仕事があり、南雲と昼食にすると言っていた。
クラスは違うが同学年の藤堂も、一学年下の雪村と姿をくらましている。
おそらく食堂にでもいるのだろうが、捜しに行くのは面倒だ。
他のクラスメイトを誘うのも手ではある。
しかしいまいち気が進まない。
普段あまり言葉を交わさない者たちと昼食を食べたとて、楽しくもなんともないのだ。
そのうえ豆まきだなんて。
仲良くもない人間に、そんな子供の遊びみたいなことをしようなどと言える訳がない。
自分のプライドがそれを許すはずなかった。
大豆の入った袋を鞄から引きずり出してきて、ぼんやりと眺める。
せめて自分一人だけで歳の数だけ豆を食べるか。
そんな考えが一瞬浮かぶも、すぐに取り消す。
虚しくなるのは目に見えていたから。

「…家に持って帰ろ」

仕方なく、鞄へ乱暴に放り込んで戻す。
代わりにあらかじめ買っておいた昼食のパンを取り出した。
大豆の袋とにらめっこしてるうちにも時間が過ぎている。
昼休みはそんなに長くないのだから、もう食べようと思った。
だがそんな時、校内放送が始まるのを知らせる音が教室に響いて。

『二年○組の沖田総司くん、至急生徒会室に来てください。繰り返します――』

自分の名前が聞こえてきて驚いた。
しかも生徒会室へ来いときた。
頭に思い浮かぶのはあの偉そうな生徒会長の顔。
正直、大いに気が進まない。
けれど呼び出されたからには逃げ出す訳にも隠れる訳にもいかず、食べようとしていたパンを机に置いたままにして席を立つ。
そしてそのまま教室を出ようとし、ふと大豆のことを思い出して引き返す。
パンが入っていたビニール袋に昼食のパンと大豆を突っ込み、改めて生徒会室を目指して教室を出る。
時間もないので大股で急ぐ。
ものの数分で目的地に到着した。
生徒会室への扉を前に立ち止まる。
なんとなく深呼吸をしてからそっと扉に手をかけて開く。
中には生徒会長の風間しかいなかった。

「――あ…ええと、失礼します」

数歩踏み入れてから入室の際に必要な挨拶があることを思い出す。
後から慌てて言うと、背を向けていた風間がこちらを少しだけ振り返った。
手にはマグカップが握られている。
生徒会長権限で学園に置かれている彼専用のものだ。
中身はいつもブラックコーヒーだとほとんどの生徒が知っている。
…と、そうではなくて。

「僕になんの用?…生徒会長さん」

そう問いかけながら入口から一番近かった椅子に腰かける。
いつもここに入るのに一瞬の抵抗があるが、入ってしまえば微塵の緊張も感じない。
二ヶ月ほど前から頻繁に訪れるようになっていたから。

「こうでもしないとお前は来ないだろう」

わざと素っ気なく言葉を投げかけたのだが、風間には関係ないらしい。
平然とした顔であっさりとそう切り返された。
彼の言うことに間違いはない。
ほとんどは風間に無理矢理連れてこられる。
あとは教師からの伝言だったり、今日みたいに校内放送だったり。
この生徒会長は――つきあい始めたばかりの恋人は、こちらのことも考えずに平気で呼び出す。
まだ校内放送で呼ばれたことは二度目だが、何よりやめてほしい方法である。
持ってきた昼食をビニール袋から取り出そうとしていると、正面の椅子に風間が座ったのが目に入る。

「いいか総司、これからはここで食え」

腰を落ち着かせたばかりの彼が淡々と告げた。
また自分勝手なことを、と内心でため息をつく。
自分と風間の間にある机へ、コーヒーの入ったマグカップが置かれる。
顔をパンに向けたままで上目遣いに風間を見やった。
何を言うにしてもいつも真剣な表情をしている。
今もまたしかり。

(……僕はまだ好きだともなんとも言ってないのに)

そう。
二ヶ月前に風間から告白を受けたものの、返事は曖昧にしたまま。
拒んではいないが、はっきりと受け入れた訳でもない。
つまり自分たちは中途半端な関係のままなのだ。
いい加減答えを出さなくてはいけないだろうと思いつつ、延ばし延ばしにしている。
これについて風間が何か言うことはない。
だがそれも自分をそわそわさせる訳で。
こうやって二人きりになるたび、落ち着かなくなる。
途中でパンを食べるのをやめ、大豆のことを思い出して袋から出す。
それを見ていた風間が眉をひそませる。

「なんだ、それは」

「何って……大豆だけど?」

「そういうことを聞いているのではない。どうしてそれがあるのか聞いている」

「…今日ってほら、節分だから。なんとなく、ね」

問いを重ねる風間に半ば投げやり状態で答えた。
節分だということを言えば、やっと納得したらしい。
椅子の背にもたれかかってコーヒーの残りを飲み干していた。
構わず大豆の袋を開封して黙々と歳の分だけ大豆を食べていく。
不意に悪戯心が芽生えた。

「ねえ、風間」

未だ名前が呼べないから、苗字で呼びかける。
最初は文句を言われたりもしたが、今は何も言われない。
それはどうしてだろう。
風間の方は名前で呼んでくるのに。
なんて頭の片隅で思いつつ顔を上げて見つめあう。
大豆を少し手のひらに乗せ、それを彼へ見せた。

「鬼役になってくれない?」

にっこりと微笑んで率直にお願いしてみる。
自分たちの他には誰もいない、二人きりだけの生徒会室。
いろんなものが置いてあるからあまり広い場所ではないが、豆まきくらいできるだろう。
しかし風間の返事はない。
やや難しい顔をして黙考しているようだった。
こちらの真意がわからないのだろう。
そんな彼にもう一言。

「――…僕の投げた豆を全部避けきれたら、正式な恋人になってあげるよ」




































お遊び気分の、軽い賭け。
結果は語るまでもない。





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