まだ終わらない






「……いいか小十郎、お前には必ず俺がとった天下を見せてやる。だから絶対に死ぬんじゃねぇ」



病のために床に臥しているところに、突然現れた主君の政宗が言った。
その声はわずかに震えていて、表情も何かを必死に耐えているように見える。
おそらく、今にも泣きそうなほどに辛いのだろう。
この自分が、不覚にも病で倒れてしまったから。
きっと倒れるまでに病が進行してしまうまで気づけなかったことなどを悔いているのだろう。
同時に、どうして知らせてくれなかったのだと、自分に怒りを感じているに違いない。
なにしろ、誰よりも心優しい我が主君のことだから。

「ご心配なさいますな。この小十郎、最後まで政宗様のお側を離れませぬ。病などに負けず、次の戦にはまた政宗様の背中をお守り致しましょう」

うつむいたままですぐ横に座っている政宗に優しく、けれども力強く声をかけた。
そして本当はあまり力が入らない右手を無理矢理あげ、彼の頬に添える。
すると政宗は顔を上げてやや驚いたような顔でこちらを見つめ、次に力なく微笑んだ。
頬に添えた右手がはずされ、そっと握られる。

「Promise…絶対だ」

いつものように南蛮語をまぜた言葉を呟く政宗。
意味を一瞬考えたあと、ゆっくりと頷いてみせた。
握られた右手に力が入っていくのを感じる。
寒さに冷えている自分の手が、彼の熱で暖まっていく。
そうしているうち、今自分たちがいるこの部屋へ近づく足音に気づいた。
政宗が振り返ったのと同時に襖が開く。
現れたのは成実だった。

「梵、綱元が呼んでるぜェ」

「…Okay, 今行く」

呼び出しがかかっていることを聞き、弱々しい笑顔を消した政宗が渋々といったふうに頷く。
しかし立ち上がる気配を見せずに成実へ背を向けたまま。
不思議に思って顔を覗くと、昔から変わらず凛としている左の瞳と目があう。
彼はまた力のない笑みを――失笑を浮かべた。
行ってくる、と短く言われて右手が離される。
立ち上がり、今度はこちらに背を向けると、そのままこの部屋を去っていく。
代わりに成実が入ってきた。
先程まで政宗が座っていた場所とは反対側に(つまりは自分の左側だ)腰を下ろす。

「なァ、小十兄……いいのか?」

胡座をかいて、少し迷いながら問いかけてくる成実。
ふぅ、と息を吐いたあと出していた右手を布団の中へと戻す。
それから視線を成実には向けず、天井をじっと見つめて答えようと口を開いた。

「――…さぁ、な」

いつ容態が悪化して死ぬかも知れない人間に、なんてことを聞くんだと思いつつ言葉を返す。
ただ、それでも成実は心配しているのだろうことはわかる。
戦のために明日の朝にはここを発ってしまう政宗。そしていつ息をしなくなるかわからない自分。
さっきのが、最後に交わした言葉になってしまうかも知れない。
自分と政宗のことを知る成実は、それでいいのかと聞いているのだ。
だが、死ぬつもりなんて毛頭ない。












己が主君のとった天下を、この目で見るまで。





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初出:2009/12/15





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