例え君の耳に届かないとしても




いろんなことを考えながら歩いていたら、いつの間にか高宮平に来ていたらしい。
辺りの風景を見て一瞬考え込んだが、すぐに思い出せた。
けれど今までどこにいたのか覚えていない。
長い考え事はよくないなと苦笑しながら思った。
さて自分は何をしようとしていただろう。
腕を組み、左手で右腕を軽く叩きながら思案する。
近くに切り株があったため、そこに腰を落ち着けて。
ああそういえばアマテラスたちは、今どの辺りにいるのだろうか。
そう思いながら顔を上げると、雲が一つもない青空が目に入る。
少し視線を動かせば太陽があった。
ここ数日顔を見せない日などない太陽。
おかげで水不足になりかけていると小耳に挟んだ。
誰かが大袈裟に騒いでいたことを思い出したところで、考えがあっちにいったりこっちにいったりしていることに気づいた。

「…なぜだか落ち着かないねえ、ミーも」

らしくないなと自分で思い、肩をすくませた。
両島原の水龍は元気にしてるだろうかなどと考えを巡らせてみる。
元気ではいることだろう。
ただ、大暴れしているはずだが。
しばらく仕事が絶えないのも、そのせいであると言える。

「アマテラスくんは何してるんだろうねえ?――あ、ゴムマリくんも一緒だったかな?」

周りに人の姿はないため、返事はない。
それでも構わずに問いをどこかへ投げた。
口にした一匹と一人の姿を思い浮かべ、つい笑みがこぼれる。
きっと相変わらずのんびりとした旅でもしていることだろう。
今度はいつ顔を見せに行こうか。
彼らと違ってゆっくりとしている訳にもいかない。
旅路を急かす意味でも、近いうちに会いに行こう。

「さて、と」

とん、と地を蹴って切り株から離れ、僅かに宙を浮く。
羽根が舞うようにふわりと飛んでそっと足をつけた。
一度西安京へ戻らなくてはと思ったが、あまりその気になれない。
どこからともなく笛を取り出す。
突っ立った状態でそれをじっと眺めた。
頭の中では今までに出会った人の姿や、移り変わっていく風景が次々と流れるように浮かんで消えていく。
さあ自分もどれくらい生きたろう?
もう覚えていない。その気もない。
ただ、忘れてはならない場所が自分にはあった。
永遠に覚えていなくてはならない人々がいた。

「ミーにしては珍しく感傷的かなぁ…?」

こんなところでぼんやりして、あまり思い返すこともなかったことを思い出して。
いつだかの騒がしさを懐かしく思うなんて。
本当にらしくない、と自嘲的に思った。
けれどたまにはいいのかも知れない。
手にした笛を静かに口元へ運ぶと、そっと息を吹き込んだ。
途端、澄んだ音色が周囲に響き渡っていく。
目を閉じて演奏することに集中し始める。
無心に笛を奏でる時間は好きだ。
ほんの少しだけ、自分の背負っているものから解放される。
周りの自然と一体化でもしたかのような錯覚を感じられる。
密かな趣味だった。
この笛の音が、遙か遠くのあの者たちにまで届けばいいのに。
まさか鎮魂の曲になるとは思わないが、それでも――…

























微かに笛の音が震え始めたことに気づいて手を止める。
その手もまた、小さく震えていた。

「――…やだなぁ、今日はとことんらしくないみたいだね」

ぐっと手を握った後で笛をしまう。
そこで初めて気づいた。
自分の周りにいろんな動物たちが集まっていたことに。
笛の音につられて集まりでもしたのだろうか。
一番近くにいた子犬に手を伸ばして優しく撫でてやる。
右肩を見やれば小鳥が留まっていた。

「残念だけどユーたち、もう終わりだよ」

動物たちを見まわしながら告げてやると、一匹また一匹と去っていく。
しかし最後まで残っていた犬がいたため、その背中をポンポンと軽く叩いた。
人懐こい犬は甘えるような声を出す。
仕方ないなぁとため息混じりに笑う。

「アマテラスくんに伝えてくれるかい?……そうだな、西安京で待ってる――ってさ」

言伝を託して送り出した。
犬はわんと返事をするように鳴いて走り去る。
やっと自分一人になった。
最後に空を仰いで太陽を視界に入れると、その太陽に向かって手を振ってみた。
あの太陽はアマテラス自身だと、知っているから。

(いや、アマテラスくんが太陽の現し身――と言うべきかな?)

次に会えるのが楽しみだ。
どれだけ強くなっていることだろう。
人々の信仰心を、少しでも得られただろうか。
――先程の笛の音が、アマテラスにも届けばいいのに。

「いつまでもここにいちゃいけないね!さっさと帰ろうじゃないか!」

そうして風に乗るようにして姿を消した。
西安京にある陰陽師特捜隊の元へ帰るつもりで。





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