それが想いの芽生えた瞬間かも知れない




西本願寺へと屯所を変えてから、もうすぐ一年が経とうとしたある日。
朝食を作るために私は朝早くに目を覚ました。
布団から身を起こしてすぐに着替えをすませ、一度頬を軽く叩く。
よし、と短く呟いて部屋を出た。
春が近づいてきているとはいえ、まだ朝は冷える。
ひんやりとした空気に触れ、ほんの少し身震いした。
やっぱり寒い。
しかし朝食を作らない訳にはいかないので、迷うことなく勝手場へと向かう。
その途中、一つの人影を見つけて声をかけようと近づく。

「斎藤さん、おはようございます」

声をかけられた人影――斎藤さんはこちらを振り返って短く「おはよう」と返してくれた。
稽古の帰りですか?と問いを重ねると、無言で頷かれる。
間をおき、斎藤さんがわずかに顔をあげた。

「朝食を用意するのか」

何を思ったのかは私にはわからないけれど。
白い息を吐きながらそう聞かれたので、素直に「はい、そうです」と答えた。
返事を聞いた彼は何かを言いたげに視線を泳がせる。
そろそろ行かなくちゃ、と思いながらも斎藤さんの言葉を待った。

「俺も手伝おう」

「え?」

一瞬、何を言われたのかわからなくて硬直する。
考える前に聞き返してしまい、斎藤さんがやや不機嫌そうに顔を歪めたのに気づく。
調理を手伝うと言ったんだ、とぼそぼそと繰り返される。
言葉の意味を理解した私は最初、彼の申し出を断ろうと思った。
当番でもない彼に手伝わせる訳にはいかない。
しかも彼は、昨夜も遅くまで仕事をしていたはずなのだ。
ほとんど睡眠を取っていないだろう彼に、そんなこと。
だが、私は出かかった言葉を飲み込んだ。
斎藤さんが好意で手伝いを申し出てくれたというのはなんとなくわかっていたし、迷惑かも知れないけれどできるだけ傍にいたかった。
じゃあお願いします、と笑顔で言えば、彼はしっかりと頷いて私の隣を歩き出した。

「…千鶴」

歩きながら、突然斎藤さんが口を開く。
はい?と言葉を返して視線を向けると、彼は少し優しい瞳をして。

「夕方に巡察に出るが、一緒に行くか?」

ゆっくりとそう言ってくれた。
父様の情報が少しでもほしい私は、迷わず「お願いします」と返した。
それを聞いた彼はどこか満足げに頷く。
機嫌をよくしてくれたのが私にもわかったので、なんとなく嬉しくなる。








◇   ◇   ◇




勝手場に辿りついた私たちは、てきぱきと作業を進めた。
手伝いを頼んでよかったかも知れないと思っている頃。
いきなり頭の上に何かが乗ったのを感じた。
なんだろう、と思う前に声が降りかかる。

「よぉ、千鶴。俺もなんか手伝おうか?」

「は、原田さん…!」

予想もしていなかった声に驚く。
頭の上から手がどけられたのを感じると、振り返って原田さんの顔を見る。
隣で調理していた斎藤さんも、なぜか忌々しげに彼を見つめていた。
しかしそれは一瞬のことで。
次の瞬間にはいつもの斎藤さんの表情に戻っていたけれど。
少し汗を滲ませている原田さんはどうやら道場の帰りらしいが、疲れは見えない。
とにかく、手伝いはないかと問われているので答えなくては。
そう思って口を開こうとしたが、先に斎藤さんが返事を返していた。

「左之。手伝いは無用だ。…それよりも平助を起こしに行ってくれ」

淡々とそう告げた斎藤さんは、視線を原田さんからお味噌汁の入った鍋に移した。
私が見ても今の斎藤さんは態度がやや悪いと思う。
けれど原田さんは特に気にする訳でもなく、適当な返事をして勝手場を出て行く。
去っていった広い背中が見えなくなると、私はそっと隣の斎藤さんを見つめてみる。
すると視線に気がついたのか、彼が顔をあげた。
ばっちりと目があう。
数秒の間(私にはもっと長い時間のように思えたけれど、きっと長くはなかった)そうしていると、斎藤さんが薄く口を開く。




「あんたの隣に立つのは――…」












彼が何かを言ったんだということはわかった。
だけどその言葉は勝手場の外から聞こえてくる騒々しい音にかき消されてしまった。
土方さんの、沖田さんを叱る声。
それから何かがぶつかる音。
様子を覗かなくてもわかる。
きっとまた沖田さんが無理をして起きあがって、土方さんを怒らせているのだろう。
私にそれがわかるくらいだから、斎藤さんもすぐに察しがついたらしい。
あからさまに不機嫌を顔にあらわにし、大きくため息をつく。
どことなく、その顔が赤くなっていたような気がしたけど。
斎藤さんはかき消されてしまった言葉を言い直そうとはしなくて。
なんて仰ったんですか?と聞ける雰囲気でもなかった。





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