無意味でも願わずにはいられなかった




新年が明けた朝のこと。
ちょうど部屋を出ようとしたところに斎藤がやってきた。
今年初めて見る人が恋人になると嬉しく思いながら、襖を開けると。
折り目正しく正座をした彼が、そこにいた。
そして自分が目を瞬かせて言葉を失っているのも構わず、静かに頭を下げた。

「新年明けましておめでとう、総司」

頭を上げると同時に丁寧な挨拶をされ、思わず居住まいを正す。
斎藤と同じように正座をし、軽くではあるが頭を下げる。
明けましておめでとう、と挨拶を返して彼を見つめ直すと、微かに笑っているのがわかった。
どうして笑っているのかわからない。
けれどおそらくは自分を見て笑ったのだろう。
なんだか恥ずかしくなって彼から視線をそらしつつ正座を崩す。
ふと、正座をしたのはとても久しぶりだと思った。
近藤や土方の前でも正座などせず、胡座をかいてしまう。
そういえば芹沢一派が生きていた頃も胡座でいることが多かったような。
…などと思っているうちに斎藤が部屋の中に入ってきて。
脇に打刀を置きながら正面に再び正座をした彼に、どうして笑ったのかを聞いてみることにする。

「ねえ一くん」

「なんだ?」

「…さっき、なんで笑ったの?」

「ああ――あんたの仕草が可愛らしかった故、思わず…」

話しながらその仕草を思い出したのか、彼は口元にまた笑みを浮かべている。
自分の顔が少し熱くなるのを感じた。
今度は明らかに恥ずかしい。
というより照れてしまう。
まだ可愛いと言われることに慣れていないから。
なんとなく悔しくなって、何か言おうと口を開く。

「あのさ」

「…ん?」

「――今年初めて見たの、一くんなんだ」

先程思ったことを告げてみた。
こんなことが仕返しになるとは、思ってもいないが。
斎藤はしばらく無表情のままで黙り込んでいたが、やがてクスクスと笑いだした。
俺も総司が初めてだ、と言葉が返ってくる。
結局負けている気がするのはきっと気のせいではない。
身長なら負けないのにと訳のわからないことを思い始めた時、じりじりと斎藤が近づいてくるのに気づいて思考を中断する。
首を傾げて彼の名前を呼ぶ。
すると手をそっと重ねられたのでドキッとした。
肩をすくませて顎を引き、上目遣いになるように見つめ返す。
斎藤のもう片方の手が上がってきて、髪を梳くように撫でる。

「初詣にでも行かないか?」

髪を弄ばれるのを感じてくすぐったく思っていると、そんな問いかけをされ。
もちろん二人きりで、という言葉を加えられれば首を横に振るはずがなく。
迷う間もなく頷き、斎藤と共にわざと屯所から少し遠いところにある寺へ向かった。





◇   ◇   ◇





それほど大きいという訳ではない、少し寂しい雰囲気を漂わせた寺。
まだ朝も早いからなのか、もっと有名な寺や神社が他にあるからなのか…人がほんの僅かにしかいない。
斎藤の隣を歩きながら辺りを見まわしてみるも、両手で数えられる程しかおらず。
ここに祀られている神とやらはかわいそうに、とその存在をあまり信じている訳でもないのに思った。
歩くたびに耳へ届く砂利の音を聞きながらちらりと斎藤を盗み見る。
屯所を出てからずっと手を繋ごうかどうか悩んでいる。
待っていても彼の方から繋いでくることなどないだろう。
勇気を出すようなことでもない。
自分から繋いでしまえばいい。
――そう思うのだが、どうも行動に移せないでいた。
手を伸ばしかけては断念することを繰り返しているうちに彼の足が止まったので、慌てて自分も立ち止まる。
目の前に賽銭箱があった。

「……総司?」

なんの行動も示さずにじっと賽銭箱を凝視する自分を不審がってか、斎藤が懐から金子を取り出しながら名前を呼んでくる。
次いで顔を控えめに覗かれた。
そこでやっと我に返り、なんとも間抜けな声を出す。
参拝するんだ、と当たり前のことを思った。

「あ、ええと……ごめん、なんでもないよ」

何をするのかわからなかった、などとは言えない。
誤魔化すように首を左右に振って見せる。
眉間に小さな皺を刻む斎藤だったが、特に何も言わずに覗き込むのをやめて。
賽銭箱に金子が転がっていく音がした。
自分もそれを真似て、適当に掴みだした金子を投げ込む。
両手を合わせて目を閉じ、すぐに開こうと思ったが。
ふと、願かけをしてみたくなって開きかけた目をぎゅっと閉じ直した。

(この願いを叶えてくれたら、神さまってやつを信じてみようかな)

そんなことを思って。
つい笑みを洩らしそうになった。
気まぐれとはいえ、そんなことを思う自分はなかなか滑稽かも知れないと思ったから。
幼い頃、毎日のように恨んで憎んだものの一つであるというのに。
でも――唯一つ、願うとするならば。

(…一くんがこの先ずっと、僕の傍に居てくれますように)

切ないほどの思いを込めて、強く願った。
他の誰かなら自分を見捨てたって構わない。
隣に斎藤さえ存在していてくれれば。
何者にも、立ち向かえる気がする。
だからどうか。
彼だけは失わせないで。
無意識のうちに固く目を閉じて、何度も何度も神に願う。
この願いさえ叶うのであれば、存在など疑わない。
今までの不幸すら、忘れられる。

(これだけでいいから――…叶えてよ)

自分勝手だとは思うけれど。
それ以外に望まないから、と最後に心の中で呟いて目を開く。
横を見れば、斎藤が黙って隣に立っていた。
とっくのとうに終えて、自分を待っていたに違いない。
彼の名前を呼び、そこで初めて顔をこちらに向ける。
帰るかと問われたので素直に頷き返す。
来た道を同じように歩いていく。
当然、斎藤が何を願ったのか気になっていた。
聞いてみようと口を開いた瞬間、先に斎藤の言葉が紡がれる。

「総司は何を願ってきた?」

「大切な一くんが、ずっと僕の傍に居てくれるように…って。一くんは?」

少し気恥ずかしく思いながらも正直に答え、逆に彼の願いを聞こうと問いを返す。
斎藤は嬉しそうに目を細め、優しい微笑みを浮かべた。

「俺も同じだ。いつまでも総司と共に在れるように、と…」

ゆっくりと呟くようにそう言って、彼の足が突然に止まる。
どうしたのだろうと一歩前に踏み出してから止まろうとした時。
身長の差をなくさせるように、腕を思いきり引っ張られて。
自分と彼の唇がぶつかった。
少ないとはいえど、周りには人がいるのに。
馬鹿、と照れを隠すように思う。
神に願うまでもなかったのかも知れない。
彼となら、いつまでも一緒に居られる気がした。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -