幸せな一時を愛しい貴方と共に




すでに昼という時間に近いが、自分にとっては朝。
そんな時間にのそのそと起きて欠伸をしながら伸びをした。
昔なら土方や山南、最近なら斎藤に怒られるところだが、今日は非番。
朝食を逃しているのも構わず、のんびりと布団を畳んで片づけてから着替えを始める。
チクリと頭が痛いのに気づいて昨晩のことを思い出した。
昨日はやたらと機嫌がよかったため、いつも色町へ繰り出す者たちについて行ったのだ。
もちろん女が目当てではなく酒と料理が目当てで。
しかも賭け事に負けた永倉と藤堂の奢りだったから、なおさら。
目付役として雪村がついていたが問題もない。
とにかく久しぶりに呑んだ酒が美味しかったのをよく覚えている。
だがしかし、その酒の量が多かったようだ。
現に軽い二日酔いになってしまって、時々頭に鈍い痛みが走る。
調子乗りすぎちゃったかなあと一人ぼやきながら、今度は寝ている間に乱れた髪を櫛で適当に梳く。
ある程度髪がまとまったところで櫛を置き、いつも使用している紐を取って手早く結い上げた。
鏡を使うのが面倒なので、手探りで結びが曲がっていないか確認する。
これで普段通りの格好になる。
と同時に部屋へ誰かが来る気配を感じ取って襖に目をやった。
外から可愛らしい女の子の声で名前が呼ばれ、やってきたのが雪村だと判断した。
返事をする代わりに襖を開けて自分が部屋から出る。
幼い頃から自室を見られるのがあまり好きではない。

「千鶴ちゃん、なんの用?」

部屋を出た自分のために、少し後ろへ下がった雪村を見つめて問う。
彼女はどこか緊張している様子でおずおずと何かを差し出してきた。
それに視線を移動させると、やや雑な字で宛名の書かれた文が雪村の華奢な手のひらに乗っている。
もちろん宛てられたのは自分。
わざわざ届けてくれたのかと心の中で呟く。
文をそっと持ち上げてひとまず懐に入れると、雪村の頭をポンポンと軽く叩くように撫でた。

「届けてくれてありがと」

簡単に礼を告げ、来た道を戻っていく彼女の背中が見えなくなってから文を読む。
なんとなく誰からの文か気づいていて。
予想通り、文は密かな恋人関係にある風間からだった。
雑ではあるが決して汚い訳ではない、よく見慣れた彼の字。
万が一自分以外の人間が見てしまっても構わないように使用している偽名。
文をくれる時は必ず守るようにと言ったことを守ってくれているようだ。
ただ一つを除いては。
あえて雑に綴られた文字は明らかに風間本人のもので、決して代筆ではない。
筆跡から身元がばれてしまわないようにと代筆させるよう頼んだのだが、これだけはどうも守ってくれない。
一月程前に逢った時、どうして代筆させないのかと問いただした。
確か彼はこう言っていたはずだ。
自らの手で綴った字の方が想いが伝わるから、と。
頭の中で蘇った風間の声に思わず笑みをこぼす。
改めて文の内容を確認し、証拠とならないように燃やしてしまってから人を捜して歩きだした。
しばらくして見つけた原田に自分が出かけることを土方や山南に伝えるよう頼み、屯所を後にする。
足取りがいつもよりいくらか軽いのが自分でもよくわかった。





◇   ◇   ◇





念のために尾行している人間がいないことを二度も三度も確認した後で、人の少ない裏道を通って川辺へと出る。
するとそこに愛しい背中――文をくれた風間の姿があった。
あの文は逢瀬の誘いだったのだ。
彼の名前を呼びかけ、飛びつく勢いで駆け寄る。
風間がこちらへ振り向くのを見計らって顔を寄せ、軽い口づけを交わす。
不意をついたつもりだったが、たいして驚いてもいないらしい。
唇を離した後にニヤリとした笑みを浮かべられた。
そして「機嫌がいいな」と指摘され、どことなく気恥ずかしくなる。
彼と恋仲という関係になってからそれなりの月日が経つが、見透かされてしまうことが増えていると思うのは気のせいではないはず。
けれどもそれが不快ではないのは、きっと彼だからこそ。
自分がそれほどまでに好きだという証だろう。

「…待った?」

「いや、来たばかりだ」

僅かに首を傾げて聞くと、短く言葉が返される。
それから彼が歩きだしたので、少し後ろに続いて歩いた。
ゆっくりとした足取りで川沿いに歩いていく。

「――…本当ならば、山のようにある小難しい書類に目を通さねばならなかったのだが」

黙り込んだかと思った風間が突然口を開き、待ち合わせる前のことを話しだす。
うん、と相槌だけ打って川に向けていた視線を彼の背へ向けた。

「天霧が俺から目を離したからな。その隙をついて抜け出してきた」

「あはは、そんなことしていいの?」

「構わん。総司と逢うためだからな」

話しながら顔を少しだけこちらに向けてクスクスと笑う風間に、同じように笑いながら咎めるように言う。
しかし本気で言った訳ではないので、彼もあっさりとそう返してきた。
そういえば最後に逢ったのはいつだったか。
ふと思い返してみればもう一月も前のような気がした。
もうそんなに経っていたのかと内心驚く。
足を少し速めて彼と並ぶ。
千景、と呼びかけて自分から手を繋ぐ。
だが恥ずかしさから顔を見ることができないため、俯き加減にする。
そしてきゅっと力を入れれば、名前を呼び返された。
やっと顔をあげると、風間とバッチリ目があって。
意外にもすんなりと「愛してる」と言うことができた。
これには彼も驚いたらしく。
微かに目を見開いて言葉を失っていた。
珍しく彼に勝てたような気分になって嬉しくなる。
やがてフッと笑みを洩らし、風間の足が急に止まり。
腕を引かれた勢いで抱きしめられ、耳元に唇が寄せられた。
当然、呟かれた言葉はただ一つ。

「――愛しているという気持ちは、俺の方が強いということを覚えておけ」





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