悪戯が好きなのだろうかと、思った




藤堂に奇妙な猫を見せてから数週間。
やはりあの猫は自分の前に何度か姿を現した。
日を重ねていくたび、より頻繁に見かけるようになったと思う。
いや、それだけではない。
様子を窺うように遠巻きにこちらを見ていた猫が、徐々に距離を縮めていた。
少しは慣れてきたのかも知れない。
そう思うとちょっとばかり嬉しくなる。
最初は変だの奇妙だの、気持ち悪いとさえ思っていたが。
見慣れてしまえば、結構可愛らしいものだと思い始めていた。
もう少し間近で見ることができればいいのに。

(何か食べ物でも与えてみるか…?)

大学で講義を受けている最中、ふとそう考えた。
懐かせるのに餌を与えてみるのはどうだろう。
なかなかいい案だと思う。
普通であるといえばそれまでなのだが。
善は急げだと思い、講義が全て終わってから足早に大学を後にした。
きっと今も自分の近くにあの猫がいるのだろう。
そんなことを思いながらひとまずコンビニに立ち寄って、何を購入するかを歩き回りながら考える。
今までに飼った経験はないため、何を食べるかわからない。
ふと目に留まった牛乳を手に取り、これなら無難だろうかとしばし黙考する。
よく考えてみればあの猫が子供なのか大人なのかも知らない。
普通の猫であればすぐ見分けがつくが…

「――斎藤?」

不意に少し離れたところから声がかかる。
それまで巡らせていた考えを払い、声をかけてきた人物の方を振り返る。
スーツをかっちりと着るのではなく、適度に着崩した土方がいた。
自分の尊敬する大学教授である。

「土方教授…こんにちは」

この場に彼がいるということに些か驚きつつも挨拶は欠かさない。
礼儀正しくお辞儀までしながら挨拶をすると、土方は肩をすくませた。

「おいおい斎藤、何もこんなところでそんな堅苦しい挨拶をしなくたっていいじゃねえか」

「いえ、当然のことです」

普通に接してくれ、とこれまでにも何度か言われたことがある。
しかし土方は自分が誰よりも尊敬する人物。
敬意を払って接するのは当然のことなのだ。
だから彼に何を言われようと態度を改めるつもりはない。
これも何度言ってきたことか。
相変わらずな自分に対し、土方は諦めたように隣まで歩いてきた。
そして手元の牛乳を覗かれる。

「……土方教授」

牛乳を短い間眺めた後、自らの買い物に向かおうとしていた土方を引き止めた。
意見を聞いてみようと思ったのだ。
いろんなことを知る彼のことだ、もしかしたらいい餌がわかるかも知れない。
彼が足を止めて再びこちらを見たのを確認し、口を開く。

「猫に餌を与えるとしたら――何が無難でしょうか」

手元にはずっと牛乳がある。
その状態で顔だけを土方に向けた。

「普通に考えたらキャットフード、だと思うが…牛乳も問題ねえだろう」

問いかけの意味を追求することなく、またたいした間も置かずに彼はそう答えた。
やはりそうか、と心の中で呟き返す。
質問への回答と時間を取らせたことに礼と詫びを告げ、持っていた牛乳を購入するためにレジへ向かう。
ついでに紙コップも買った。
少しでも飲みやすいようにとの配慮だ。
冷えた牛乳と紙コップを手に、落ち着ける場所がないかと辺りをうろつく。
また公園に行くのがいいのだろうかと考えた時。

「――にゃあッ!」

どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきてハッとなる。
これは間違いなくあの猫の声だ。
聞こえてきた方へ駆け出す。
すぐに猫の姿を発見することができた。
猫だけではなく、近所に住んでいるのだろう四十代くらいの女性もいた。
手には箒があり、足元にゴミ袋とちりとりもある。
察するに女性は掃除でもしていたのだろう。
思わず物陰に隠れてしまったので様子を窺うことにする。
辛うじて女性の声が耳に届く程度の距離。

「なんなのこの猫!人の掃除の邪魔ばかりして…!」

悲鳴にも似た声がはっきりと聞こえる。
あの猫がなんの理由からか、邪魔をし続けているようだ。
じっと女性の声を聞いているうちに、これまでに何度も邪魔をされているということを知る。
それからしばらくして、掃除する気を失った女性が去っていく。
猫がまだいることを確認し、姿を現す。

「あんた」

地面に座り込む猫の姿をしっかり捉えて、そう呼びかけた。
自分からは背中しか見えない。
呼びかけられた猫は耳だけをこちらに向ける。

「…あまり人の邪魔はしない方がいい。心優しい人間ばかりではないからな」

構わずに語りかけてみたが、猫に人の言葉などわかるはずもないと後から気づく。
猫がちらりとこちらを振り返った。
なのでつい、言葉を理解したのだと錯覚する。
そんなはずもないのに。

「……みぃ」

けれども猫は不満げな声をあげた。
まるでこちらの言葉を聞いてそれに答えるように。
ふと、先程コンビニで購入した牛乳を思い出す。
紙コップと一緒に取り出して牛乳を注ぎ、猫の前に置いてやる。
すると猫は訝しげにこちらの顔をまじまじと見つめた。
尻尾が小さく揺れている。

「飲んで構わない。あんたのために買ってきたものだ」

「みゃあ」

道路の脇に移動して建物の壁によりかかりながら座り、警戒を解いてもらうように話す。
またもや猫が返事をするように鳴き、地面に置いた牛乳入りの紙コップに手を伸ばす。
ちびちびと飲み始めたのを見て、ほっと一息ついた。
喉が渇いていたらしい猫はそれなりに早いスピードで牛乳を飲み干していく。
そんな様子を、飽きることなく眺めていたのだった。





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