聖夜に唯一無二の贈り物を




年に一度訪れる聖夜。
そんな日に自分は大きな時計台の前で立ち尽くし、ただひたすら空を見上げていた。
ここで恋人である千景を待っている。
夜のデートをするという約束で。
それが楽しみで仕方がなく、待ち合わせ時間の三時間も前からこの場にいる。
我ながら馬鹿だなと思わなくもなかったが、幸せな気分だったからよしとした。
早く来ないだろうか、としきりに眼前の人混みの中から千景の姿を捜す。
残念ながらそれらしき人影はない。
折りたたみ式の携帯を開いて時間を確認する。
待ち合わせ時間まで、あと三十分。
さすがにまだか、と笑みを洩らして空を仰ぐ。
都会が明るいせいで星のほとんど見えない寂しい空。
月だけはやけに輝いて見え、存在を強く主張しているように思える。
彼もこの月を見ていないだろうか、などと普段なら思いつかないようなことを考えた。
そうならいいのに、とも。

(……さすがにちょっと寒いかなあ)

思い出したように心の中で呟く。
冷たい手を暖めるため、両手を口元へ持ってきて息を吐きかける。
その吐いた息は当然のことながら白い。

「ねえ、君」

不意に声がかかって視線を上げる。
目の前には全体的に線の細い女性が立っていた。
周りを見まわしてみるが、他にこの場へ立ち尽くしている人間はいない。
女性もしっかりとこちらを見ているから、間違いなく自分を呼びかけたのだろう。
少しだけ目を細めて見つめ返す。

「なんの用?」

「君ってさ、ずっとここにいるよね。待ち合わせ?」

「…そうだけど」

面倒な人に声をかけられた、と真っ先に思った。
素っ気なく答えを返してさり気なくため息をこぼす。
どうやって彼女をかわそうかと頭を働かせ始める。
上着のポケットに両手を突っ込み、今度は盛大にため息をついて見せた。
けれども女性はそれに気づかないふりをしてか、愛想よく笑んで近寄ってくる。
つんと強い香水の匂いが鼻をつく。
近づいてきた顔を見て、自分より少し年が上のようだと推測した。
二十代後半くらいか。

「待ってるのは彼女?」

ずいぶんとずけずけと問うてくる女性だ。
恋人を待っていることなど見ればわかるだろうに。
しかし千景は彼氏と呼ぶべき立場。
彼女というものではないなと思って首を横に振る。
女性が調子に乗ることをわかりきったうえで。
じゃあ、と何か言いかけた女性を突き放すように口を開いた。

「悪いけどあんたに興味ないから、どっか行ってくれないかな。目障りだよ」

吐き捨てるようにして言葉を放ち、極めつけに睨みつける。
さすがに女性も恐れを瞳に宿してそそくさと去っていった。
正直、今のように女性から声をかけられることが少ない訳ではない。
今のようにあっさりと引き下がってくれる者もいれば、しつこく粘ってくる者もいる。
相手が女性だから乱暴にできないのが困りものだ。
ともかく、根気のない人でよかった。
携帯を取り出して時間を見る。
そろそろ千景が現れてもおかしくない時刻だ。
冷たいオーラを常に纏っていながらも、自分の前では優しさを見せてくれる彼。
愛しいその姿を見逃すとは思えないため、まだ近くにはいないのだろう。
会いたい一心で落ち着かなくなり始めた頃。










「――…総司」

背後から声がかかった、と思った次の瞬間に後ろから抱きすくめられた。
今度はそれが誰だかわかっているので抵抗などするはずがない。
振り返ろうとしつつ彼の――千景の名前を呼ぶ。
顔が見えない。
自分を抱きしめる腕が片方持ち上がってきて、手の甲が頬に触れる。

「いつから待っていた?ずいぶん身体が冷えてしまっているな……」

暖かい手で頬をさすりながら後ろにいる千景が問いかけてくる。
なので三時間くらい前、となんでもないことのように答えた。
すると身体を反転させるように促されたので、顔を見たかったのもあってすぐに彼の方を向く。
改めてきつく抱きしめられた。
公衆の面前だということを思い出して急に恥ずかしくなる。
抱きしめ返していた手で千景の背を軽く叩き、解放を求めたが。
余計にぎゅっと抱きしめる力を強められてしまって困ってしまう。
小さな声で「暖めてやる」と言われた。
気持ちは嬉しいが、何もこんなところでやらなくともいいのではないか。
続けて控えめな抗議をしてみるも、効果はなし。
抱きしめていてはまずいことがあるのか、と言われてしまえば自分の負けだ。
赤いだろう顔を隠すように彼の肩へ埋める。
諦めて同じくらい強く抱きしめ返す。
それから十分ほど解放してもらえず、やっと離れたと思えば視線をあちこちから感じた。

「さて、行くか」

「…うん」

千景に自然と手を引かれ、歩き出そうとしたところで「あ」と声をあげる。
不思議そうに振り返った千景を見つめ返す。
ポケットの中に手を入れた。

「――千景に、クリスマスプレゼント」

そう言いながらポケットから手を出す。
繋いでいた手を離した千景はきちんと自分と向き合う。
顔には出していないが、驚きと喜びを感じた。
相手の次なる反応を想像しつつ手を差し出そうとする――が、彼の言葉がそれを封じた。

「待て。ならば俺から先に渡そう」

言葉と共に差し出されたのは小さな箱。
首を傾げてその箱を千景の前で開けると、そこには少し細い指輪があった。
飾りも何もない、ただの銀の指輪。
だが持ち上げてよく見てみれば、内側に文字が刻まれている。
残念なことによく見えないため読めないが。
微かに顔を赤らめてありがとうと呟くと、ひょいと指輪を持っていかれた。
そして左手の指にそっとはめられて。
くすぐったいような気持ちで千景を見れば、自分だけが知っている微笑みを浮かべていた。
満足そうで、なんとなく負けたような気がする。
今度は自分の番だとポケットから出していた手を差し出す。
彼の視線が手元に向いたところでそっと手を開く。
そこには……何もない。
千景がやや顔をしかめてこちらを見た。
当然、プレゼントがない訳ではなく。
顔を近づけて不意を突くように口づけをし、にっこりと笑む。

「クリスマスプレゼントは――…僕、なんてのはどう?」

子供のようにおどけながら告げた。
このちょっとした悪戯は成功したようだ。
が、深い口づけを返されて「すでに俺のものだろう」と囁かれた。
やっぱり、敵わない。





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