黄昏に煌めく紅葉

※総司が猫化してます

























季節は秋になって食べ物が美味しくなる頃。
長く感じられた一週間が終わり、休日の朝をゆっくりと過ごしていた。
自分は一人か二人座れる程度の大きさしかないソファに腰かけ、無造作に雑誌をめくっている。
実際にはちゃんと目を通していない。
やや小さめの音でテレビをつけっぱなしにしていたりもするが、これも特に見ている訳ではなく。
先程から何度か視線を向けているのは、この世に他はいないであろう珍しい猫。
猫、といってもどちらかといえば人間に近い。
全長五十センチほどの人の身体に、猫の耳と尻尾がくっついているような感じだ。
悪戯好きな性格らしく、それに時々困らされることもある。
だが、彼との生活は悪くないと思っていた。
ちなみに名前は"総司"という。
経緯はいろいろとあるのだが、割愛。
当の総司はというと、三十分くらい前から毛糸の玉に夢中になっている。
やはり根本的には猫であるらしい。
あっちにコロコロ、こっちにコロコロと楽しそうに尻尾を揺らしながらじゃれていた。
その様子を見ていると微笑ましくなってきて、つい顔の表情が緩んでしまう。
今日だけでもう何度可愛いと思ったことか。
すると視線に気づいたのか、不意に総司が顔をあげてこちらを向いた。
一瞬目を瞬かせたのちににんまりとした笑みを浮かべると、それまで遊んでいた毛糸の玉を放り出す。
そしてこちらへ駆けてきて正面に立つと。

「にゃじめくん」

まだ少し拙いながらもはっきりとした声で名前を呼んできた。
完全に雑誌をめくる手の動きを止め、しっかりと見つめ返す。

「今、僕のこと見てたでしょ?」

何か企んででもいるのか、総司はやたらとにこにこしている。
床に両手をついて身を乗り出すようにしていた。
期待するような眼差しとその仕草が反則だと思う。
おそらく総司もそれを心得てわざとやっているのだろうが。
とりあえず返事をしなくては機嫌を損ねると知っているので素直に頷く。
普通の猫より僅かに長い漆黒の尻尾が、小さく揺れた。

「にゃーんで?」

どうやら少し調子に乗っているらしい。
さらに機嫌をよくして質問を重ねた。
時々今のように猫の鳴き声のようなものを混じらせて話すというのが、また可愛らしいと思う。

「…理由が必要か?」

「うん。……なんとなく」

可愛らしいから、という言葉を一度飲み込んで問い返す。
総司はそれに対し大きく頷きながら答えた後で、言い訳らしい言葉をつけ足した。
正確に何を求められているのかまではわからないが、とにかく待っている答えがあるのだと察する。
どういった内容であるのかもなんとなく。
内心、猫はやはり猫だなと思った。
そこらにいる通常の猫より遥かに頭のいい子ではある。
むしろ下手な動物より頭がいいだろう。
けれどもやはり人ではない。
だから感情が読み取りやすい。
今度は自分がにやりとした笑みを浮かべて見せた。

「総司が可愛らしい動きをしていたからだ」

こういうことが言われたかったのだろうと推測して答えると、総司の尻尾が照れ隠しに忙しなく揺れた。
顔もほんのりと赤い。
面白いなどと思いながらその様子を観察する。
しばらく一人でジタバタとしていた後、再びこちらを見上げてからぴょんとソファに飛び上がった。
手にしていた雑誌を取り上げられ、適当に放り投げられる。
そして膝の上に乗っかって占領すると。

「はじめくん、毛づくろいして」

そう言いながらこちらに背を向けた。
幾度思ったか知れない「可愛い」という言葉をまた思い浮かべる。
短く了承の言葉を返して、ソファの脇にいつも置いている櫛を手に取った。
総司が毎日自ら結わえている髪を解く。
猫らしく猫っ毛でさらさらとした栗色の髪を梳き始める。
次第に総司の目が心地よさげに細められ、気まぐれに尻尾が右往左往した。
ご機嫌なのが伝わってくる気がして微笑む。
梳いてやりながらふと顔をあげる。
誰にも見られることなく無意味についたままのテレビがあり、綺麗な紅葉の風景が目に入る。
どこの山だろうと考えたのとほぼ同じタイミングで、総司が足を叩いて顔をこちらに向けた。
まっすぐテレビの画面を指差す。

「ねえねえ」

「なんだ?」

「あの赤いの、紅葉っていうんでしょ?」

「ああ、そうだが」

「……見たい」

総司は紅葉に興味を持ったらしい。
都会とはいえ、この辺りでも見かけられない訳ではないと思うのだが。
単純に紅葉が見たいという訳ではなさそうだ。
膝の上から飛び退き、また正面の床に座り込んで見上げてきた。

「はじめくんと見に行きたい!」

目が輝いて見えるのはおそらく気のせいではないだろう。
外出のおねだりが珍しいこともあって、すぐに承諾してしまった。








◇   ◇   ◇



数日後。
約束通り総司を連れて自宅から一番近く、紅葉の綺麗な山へと来ていた。
しかし当然周りには他の人間もいるため、総司を自由に歩き回らせることはできない。
仕方なく、鞄の中に入ってもらっている。
最初は狭いだの落ち着かないだのと文句を言っていたが、なんだかんだで気に入ったようだ。
今は目の前いっぱいに広がる紅葉の景色に気を取られ、ずっと鳴いていた。
一人で大はしゃぎしている。

「綺麗だね、はじめくん!」

「…わかったから、あまり暴れるな」

キャーキャーとかにゃあにゃあとか鳴きまくっているのを苦笑して抑えようとしながらも、ここまで喜んでもらえるとは思っていなかった自分は内心嬉しくて仕方がない。
できるだけ人気のない場所を見つけて、走り回らせてやりたい。

「――よお、斎藤じゃねえか」

そんな時、後ろから声をかけられて振り返る。
昔からなんだかんだと縁があって仲のいい原田と、よく一緒にいる藤堂と永倉がいた。
鞄の中にいる総司が突然鳴きやむ。
数回顔を合わせてはいるが、未だ警戒心が解けないらしい。
睨みつけるように三人を見据えていた。
その様子に肩を小さくすくませつつ軽く挨拶を返す。

「このような場所で会うとは奇遇だな」

会うとは思っていなかったので、素直な感想を述べてやる。
世界は狭いなと少し思っていた。

「ま、考えることは一緒ってことだ。そっちは…総司も一緒か」

人当たりのいい笑みを浮かべて原田が答え、威嚇しっぱなしの総司を見る。
そう警戒すんなよ、と苦々しく呟いた。
彼のすぐ後ろにいた藤堂がこちらに近づいてきて、総司に向かって「一くんを取ったりなんかしねぇから安心しろって」などと言い聞かせている。
しかし総司の態度は変わらない。
せっかく二人きりだったのに、と言わんばかりに威嚇し続けていた。
やれやれと思いながらなんとか総司を落ち着かせようと頭を撫でてみる。
気持ちを察してはくれたのか、ちらりとこちらを見つめて鞄の中へ潜ってしまった。

「…そうだ。あんたたち、少し協力してくれないか」

「ん?」

「実は――」


















































「――…そう、じ……総司」

鞄に引っ込んでから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
いつの間にか眠ってしまったらしく、飼い主である一に名前を呼ばれて目を覚ました。
意識が覚醒してくると慣れない居場所の不快さを思い出す。
身体が少し痛い、と思いながら鞄の口から頭を出してみる。

「にゃじめくん、呼んだ?」

問いかけてみて、紅葉を見るために山へ来ていたことも思い出した。
すぐ近くに一の顔があって少し驚く。
出てこい、と言われておそるおそる鞄から出た。
周囲に人の姿はない。
ついでにあんなに高い場所にいた太陽がずいぶんと下の方にある。
それが夕陽だと気づいて長いこと寝てしまっていたことを知る。
謝ろうと思って一に向き直ると、機嫌がいいのを感じ取った。

「左之たちに頼んでここへ人が来ないようにした。好きなだけ走り回るといい」

「え……いいの?」

「ああ」

彼の好意がすごく嬉しい。
人間でも猫でもない自分を人前に出せないと気にしていたのを知っているのに。
わざわざ二人だけの空間を作ってくれたと思っていいのだろうか。

(でも)

夕陽に照らされる紅葉を堪能したいけれど。
大好きな一との時間をもっと堪能したい。
容赦なく一に飛びついて頬を擦り合わせた。
自然と喉がゴロゴロと鳴る。
こんなに幸せなのは久しぶりで。
帰る、という言葉が一の口から出てくるまで甘え続けたのだった。





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