まるで当たり前のような逢瀬




久しぶりに風呂へ入ったら身体が熱くて仕方なくなった。
濡れた髪を手拭いで乾かすのも程々に、長い廊下を歩いて使わせてもらっている部屋へ向かう。
松本先生の隠れ家に来てからもうずいぶんと時が経っている。
もう自分の家のように感じていた。

「――」

ふと足を止めて空を仰ぎ見る。
ざあ、と心地よい風が吹いて髪をなびかせていく。
今夜はいつもよりも月が綺麗だった。
しばらくそうしてぼんやりと見つめていたところで、空気の変化に気づく。
月に向けていた視線を下ろす。
庭にある池の向こう…茂みの中に、誰かがいる。
敵であれば見逃す訳にはいかないが、生憎と帯刀していない。
今さら気配を隠して部屋に入り、刀を手にすることは難しいだろう。

「……そこにいるの、誰」

いざという時は相手の持つ刀を奪い取って殺り合おうと考えながら、声をかける。
すると葉のぶつかり合う音が微かに耳へ届き、月夜の中へ一人の男が姿を現した。
さほど驚くこともなく相手を見つめる。
殺意も感じられない。
戦う意志はないと見て、ほんの僅かに気を緩めた。

「最近よく来るね」

そう、彼はこれまでにも何度かこの家へ訪れていた。
声をかけたのは今日が初めてだが。

「僕に用があるんでしょ?」

静かな笑みを浮かべてそう問いかければ、彼も少しだけ険しい表情を和らげた。
一歩だけこちらに近づく。
何も言わずに手を差し出すと、さすがに怪訝そうに見つめられる。
念のために刀を預からせて、と言えば鼻で笑ってから左腰に差した刀を抜き。
さらに自分へと近づいて二振りの刀を手渡してくれた。
病に蝕まれた身体には少し重い。
しっかりと握ってその場に腰かける。
風間にも隣へ来るよう促した。

「…少しは警戒したらどうだ」

呆れたように言いつつも、素直に自分の横へ座ってくれた。
あはは、と軽く笑って彼とは反対の方に刀を置き、再び空を見上げる。
幸いこの家には自分以外に人がいない。
いや、もしかしたら風間もそれを狙って来たのかも知れないが。
お互い無言のままでいると、不意に「沖田」と短く名前を呼ばれた。
あまり深く考えずに顔を向ける。
そうしたら一瞬のうちに風間の顔が近づいてきて、避ける暇もなく口づけられた。
触れるだけの優しい接吻。
風間にしてはらしくもなく、思わず苦笑する。
嫌だとは思わなかった。
口が離れていくのと同時に仏頂面で顔を反対側へと向けてしまう彼へ、今度は自分から顔を寄せる。
気持ちを直接聞いたことなどない。
なのになぜか、彼の想いを知っているような気がした。

「あのさ、口づけより先に言うことがあるんじゃないの?」

からかうように問いかける。
いつからか普段は重い身体が軽く感じられていた。
自分でも機嫌がいいとわかるくらいだから、風間にも伝わっているだろう。
変わらず仏頂面のままで再び風間がこちらを見る。

「――……貴様に気がある」

「……うーん、まあ及第点…かな」

素直じゃないなあ、と肩をすくめて笑う。
彼の想いに気づいたのはいつだっただろうか。
気づいた時には自分も風間のことを頻繁に考えるようになっていた。
向ける感情は違えど、近藤のことと同じくらい。
否、もしかしたらそれ以上に。
だが自分の想いを告げるつもりはない。
遠くない未来、労咳によって衰弱して死にゆく身。

「また来てくれると嬉しいな。どうせ誰も見舞いに来ないから」

風間が同じ思いであることを告げてほしいと思っているのはわかっている。
それをわざと、知らないふりをした。
急に切なげな表情を浮かべて見せ、ただ次の来訪を願う。

「ああ…必ず」

少し寂しそうな光を瞳に宿しながらも、彼は頷いて約束してくれた。
ありがと、と弱々しく微笑んで刀を差し出す。
暗に別れを示す合図だった。
刀を受け取った風間は音も立てずに立ち上がって現れた方へと歩いていく。
その背中をじっと見つめていると、突然足が止まる。
振り返って、ただ一言。

「…俺の知らぬところで死ぬな」

















(――…嗚呼、僕はずるいことをした)





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