ただ、君だけを信じているから




あるうららかな春の日。
縁側で胡座をかき、腕を組みながら…せっせと家事をこなす千鶴の後ろ姿を眺めていた。
正直にいうと退屈で仕方がない。
今は何時だろうと空から日差しを注ぐ太陽の位置を確認する。
まだ昇りきってはいなさそうだから、昼餉前くらいだろう。
本当なら家事をしていようと何をしていようと、抱きしめて口づけくらいしたいのだが。
未だ恋人という関係でしかないため、我が侭は言えない。
いずれは婚姻を、と考えてもいる。
けれどもそれを口にするにはまだためらいがあった。
ふ、と目を細めて視線を下方に向ける。
太陽の光が眩しく感じた訳ではない。
自分が千鶴に婚姻を申し出るのにためらう理由を思い出して、少し気分が沈んだからだ。
その理由はただ一つ。
いつ死んでしまうかもわからない自分が、千鶴の家族になることを望んでいいのか。
――というもの。
この問いを千鶴に向けても、答えは簡単だろう。
喜んで、といった内容の言葉をくれるに違いない。
そして明るく微笑んでくれるのだ。
わかっているからこそ、言い出せない。
肉親を全て失ってしまった千鶴のために、家族になってやりたいという気持ちは大いにある。
しかし自分の身体を今も密かに蝕んでいる労咳という病魔のことを考えると、揺らいでしまう。
自分は相応しくないのではないか、と。








「――…総司さん?」

考えることに集中していたせいか、目の前で名前を呼ばれたことに驚いた。
顔をあげると怪訝そうな表情を浮かべてこちらを見つめてくる千鶴の姿。
いつの間に洗濯物を干し終えていたのかと思うと同時に、気配を察することのできなかった自分が悔しくなる。
幸せで平和な日常に慣れてしまったせいだろうか。
苦笑しつつ彼女を見上げて「なに?」と首を傾げて見せる。
すると千鶴は笑みを浮かべ、中に入りましょうと提案してきた。
素直に頷いて立ち上がり、先に家の中へ入っていく彼女の後に続く。
中に入った、といっても自分は縁側からあまり離れていない位置に座る。
日の光があまりにも暖かいのでこの身に受けていたかったのだ。
それを察してか、千鶴は何も言わずに茶を用意して隣に腰を下ろした。
差し出された湯のみに礼を述べる。

「何を考えていたんですか?」

一口啜ったところで優しく問いかけられる。
湯のみに口をつけたまま、動きを止めた。
先程まで考えていたことを、告げる訳にはいかないだろう。

「たいしたことじゃないよ」

一瞬悩んでそう答え、そのままもう一口茶を啜る。
彼女の入れる茶は渋みが強くなくて飲みやすい。
そんなことを考えていると、千鶴が「はぐらかしましたね」と拗ねたように言った。
可愛らしい反応に満足して笑みを洩らす。
本当はすでに見透かされているのかも知れないとは思う。
それでも言うことはできない。
自分自身で答えを導き出すまでは。

(…ああでも)

ふと、悪戯心のようなものが芽生える。
千鶴なら答えへの近道を示してくれるだろうか、と淡い期待を抱いた。

「ねえ、千鶴」

「なんですか?」

僅かに口から湯のみを離して持ち上げたままの姿勢で、名前を呼びかける。
横目で千鶴を見やれば、澄んだ瞳と視線がぶつかった。
昔から変わらず綺麗な目だと頭の隅で思う。
名前を呼んでから少し考えた後に、続きを言うために口を開く。

「僕は…いつまで千鶴の傍にいられるかな」

微かな悲しみを滲ませて呟く。
千鶴の目が見開かれた。
だがすぐにいつも見せてくれる微笑みを浮かべる。

「いつまでも、です」

そして彼女の口から紡がれた言葉はしっかりとしていた。
今度は自分が目を見開く。
どうして千鶴がそんなにも自信を持って言っているのかわからなかった。
それは顔にありありと出ていたらしい。
クスクスと笑われたので顔をしかめる。
湯のみに残っていた茶を一気に飲み干した。

「私、心はいつまでも傍にいられると思うんです」

「…千鶴」

「――だから、いつまでも共に在れますよ」

空になった湯のみを床に置けば、すっと千鶴の手が伸びてきてそれをお盆に乗せる。
やはり気づいているのかも知れないと改めて考える。
彼女にはもう敵わないような気がした。
自然と笑みがこぼれて決心する。
千鶴の新しい家族になろうと。

(愛してるよ、千鶴)

何も言わずに千鶴を抱き寄せる。
生きていることを実感させる体温。
確かに聞こえる心臓の音。
それは紛れもない真実。
今は確かに共に在るという証。

「…口づけしてもいいかな」

どうしようもないほどに愛おしく感じられて、ついそんなことを問いかける。
ややあって腕の中にいる恋人が頷き、すぐに唇を重ね合わせた。
この恋人が妻となるのは、そう遠くない話。





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