お菓子をくれないと悪戯しちゃいます




「土方さーん」

ガラガラと音を立てて教授室の扉が開くと同時に、よく聞き慣れた声が名前を呼んだ。
目を向けなくともわかる。
何かと古くから縁が切れそうで切れない沖田だ。
生徒たちに提出させたレポートに目を通しながら評価を別紙につけていく。
その作業の手を止めることなく、名前を呼び返してやった。
この教授室には他に人の姿はない。
沖田はそれを確認して、何を企んでいるかわからない微笑みを浮かべる。
が、彼の微笑みなどこちらからは見えていない。
どうせまたからかいに来たのだろうと踏んで、構わずペンを走らせ続けた。
そして半分のレポートを読み終えたところで初めて振り返る。

「……どこに乗ってんだ、お前」

「どこって、テーブルですけど?」

ため息混じりに低い声で問いかけると、当然というような答えが返ってくる。
さらにもう一度ため息をこぼした。
つい頭をおさえたくなる。
立ち上がってポットに近づく。
沖田に何を言っても無駄だとは百も承知だが、小言を言わずにはいられない。

「テーブルは椅子じゃねぇ、今すぐ降りろ」

自分にコーヒーを用意しながら語調を強くして言葉を放つ。
すると意外にも素直な返事が来て、背後でテーブルから降りる音がした。
やや不満げな声ではあったが。
身体を反転させて椅子に座り直した沖田を見つめる。
どうやら機嫌がいいらしい。
いつにも増してにこにこと爽やかな笑顔を浮かべ、こちらを見つめ返す。
眉間に皺を刻みつつ、さっきまで座っていた椅子へ戻る。
作業を再開しようとしたところで沖田が口を開く。

「ねえ、土方さん」

普段とは違う、どこか甘えるような声で名前を呼び、じりじりと近づいてくる沖田。
彼が納得するまでは解放してくれないだろうと観念して、三度目のため息。

「なんだよ」

「――今日がなんの日か、知ってます?」

「はぁ?」

レポート用紙の上に肘をついて顔を乗せる。
視線を沖田からそらして空中を睨む。
自分の知りあいに誕生日を迎えた人間などいないはずだ。
いや、いたとしても今まで特別贈り物をしたことなどない。
薄気味の悪い笑顔を顔に貼りつけている沖田の誕生日なら、とっくに過ぎている。
大学の設立日でもなんでもなければ、己の給料日でもなく。
そのうち考えるのに飽きて、首を左右に振って見せた。

「……知らねぇな。なんかの記念日か?」

この際沖田に馬鹿にされても構わない。
とにかく早く教授室から立ち去ってくれることを優先した。
返答を聞いた彼は初めて不満そうな表情をして口を僅かに尖らせる。

「ダメだなあ土方さんは」

ハロウィンですよ、と言われてカレンダーを確認する。
確かに今日はハロウィンだ。
しかしそういったイベントのようなものに興味はない。
くだらねえ、と短く吐き捨てて犬を追い払うような手振りをしてやる。
だがさすがは沖田というべきだろうか。
臆することもなく右手をこちらへ差し出してきた。
視線をそちらへ向けると、男にしては細めの綺麗な指が広げられていて。
何かを求めるように見えたので顔をあげた。

「なんだこの手」

「何って…お菓子くださいよ。ハロウィンですから」

促すようにしてさらに近づけられる華奢な右手。
一層眉間に刻まれた皺を深くしてその右手を掴み、思いきり引き寄せた。
よほど予想外の行動だったらしく、抵抗する暇もなく沖田の身体が倒れてくる。
完全に倒れてしまう前にしっかりと抱きとめると。
大きく目を開いて自分を見上げる沖田に、にやりと笑みを見せてやった。

「――…菓子よりいいもん、くれてやるよ」

仕事を邪魔する秘密の恋人に、甘い甘いお菓子を。
囁くように告げたあと、彼の顎を掴んで上向かせ――口づける。
舌を絡め合って交わしたキスを終え、沖田を離す。
微かに顔を赤く染めたのを見てしてやったりと笑んだ。

「甘かっただろ?」

「…いっつもタバコ吸ってる人とのキスなんて、甘くないです」

明らかに負け惜しみと取れる言葉。
ククク、と喉で笑えば勢いよく沖田が教授室を去っていった。





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