尊敬の念はいつの間にか懸想に






日が暮れて夕餉の時間も過ぎ、平隊士の中には暇になって就寝し始める者も出る頃。
ほとんどの幹部が揃う広間にて、自分はちびちびと酒を呑んでいた。
すぐ傍には誰もいない。
しかし少し離れたところに近藤が座り、笑顔で自分と同じように酒を呑んでいる。
彼が見つめる先にはいつものように宴会騒ぎをする藤堂と原田、永倉。
さらに奥には黙々と手酌をする斎藤の姿。

(…つまらないなあ)

心の中で盛大なため息をつき、くいっと煽るようにして最後の一口を呑み干す。
酒を呑む時はいつも、喉を通る時の感じだとか身体に染み渡っていく感覚を楽しんでいた。
もちろん味も楽しむ。
我が侭は言えないが不味い酒はあまり呑みたくない。
今日この場で呑んでいるものは近藤がもらってきたもので、味も感覚も悪くない。
悪くない、のだが……
なぜだかとことんつまらなかった。
ほろ酔いになるまで呑もうと思っていたのに、酔うどころかどんどん醒めていくような気さえする。
こんなことはほとんどなく、珍しい。
どうしてこうもつまらないのだろうと頭の片隅で考えつつ、静かに呑んでいる斎藤へと近づく。

「相変わらずだね、一くん」

隣に腰を下ろしながら、呑み方のことを指してそう声をかける。
すると彼は盃に口をつけたままの姿勢で動きを止めた。
こちらを一瞥した後で止めた動きを再開し。

「退屈そうだな」

ただ一言、呟くようにとても的確な感想を述べられた。
斎藤とはまだあまり親しくない。
あははと言葉を受け流しつつ乾いた笑いをする。
そこでふとあることを思いだして、何気なしに口を開く。

「そういえば、一くんって左利きだったよね?」

「……ああ」

彼が江戸にある試衛館へ訪れた時、初めて手合わせをしたのは自分だ。
それを思い出した。
まるで明日の天気の話でもするかのように問いかければ、少し間をおいてから返事が返される。
一瞬だけ変化した雰囲気を察するに、あまり触れられたくないことらしい。
肩をすくませて気づかなかったふりをし、話を続けた。

「流派ってなんだったっけ…ええと、」

「無外流だ」

「――そう、それ。なかなかの使い手だよね、一くん」

「そうでもない」

「謙遜しなくてもいいんじゃない?結構楽しかったよ、君との試合」

「……総司」

「ん?」

自分の調子で話を進めていると、不意に名前を呼ばれて話を中断される。
睨むようにして斎藤がこちらを見据えた。

「退屈なのを俺で紛らわせようとしないでくれないか」

どうやら彼に愛想というものはあまりないらしい。
遠慮なしにきっぱりと言われ、さすがに目を瞬かせた。
可笑しさが込みあげてきて吹き出してしまう。

「ぷっ…あはは!最高だよ一くん、面白いや」

膝の辺りを叩きながら笑うと、あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべられる。
これ以上言うと刀を持ち出されかねない。
さすがに機嫌を取るのは面倒なので、素直に引き下がった。
再び一人で呑む気分にはなれない。
かといって騒がしい三人に近寄る気にもなれず、退室することにした。
去り際、微かに洩らした斎藤のため息を聞いて苦笑しつつ。

(――…土方さんはどうしてるのかな)

廊下を歩きながら、酒の席にいなかった人物のことを頭に浮かべる。
おそらく部屋にこもっているのだろう。
このまま眠ってしまうのももったいなく感じたので、彼の部屋へと足を向けた。
どこか心躍らせて。















◇   ◇   ◇



「土方さん、失礼します」

中にいるであろう人に声をかけ、返事も待たずに襖を開く。
そこには予想通り険しい表情をした土方がいた。
こちらを振り返って姿を確認した後、すぐに背を向けられてしまう。
懲りもせず仕事し続けているようだった。

「……こんな遅くまで仕事、ですか」

「邪魔しに来たんなら帰れ」

素直な感想を述べたまでなのだが、とは言わずに「冗談ですよ」と笑う。
部屋の一角に座って背を壁に預けた。
不思議と心が落ち着いていくのに気がついた。

(あ…もしかして)

退屈さを感じていたのは、あの場に土方が居なかったから?
我ながら馬鹿なことを、と心の中だけで呟く。
だとしたらどうだと言うのだろう。
夜の闇を照らす唯一の灯火をぼんやりと眺め、深呼吸を繰り返す。
それから、自分がこの部屋に訪れたにも関わらず仕事を続ける土方の背中を見つめた。
幼い頃から無意識のうちに何度も見つめた広い背中。
近藤は父のように、土方は兄のように思ってきた。
けれど。

(いつからだろう)

チリ、と胸を焦がす感情。
こんな想いを誰かに対して抱えたのは初めてだ。

「――土方さん」

思わず広い背中に向かって名前を呼びかける。
相変わらず微動だにしない背中が、少し寂しい。
これまでしてきた悪戯と同じように、言ってしまおうか。

「僕、土方さんのこと好きです」


















































この時僅かに土方の手がピタリと止まったのを、自分は知らない。





「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -