貴方の隣にいることが真実だと言わせて




先日、自分は本当の意味で前世の記憶を取り戻した。
嬉しいはずなのに、それからずっと悩み続けている。
理由は自分でもわからないが、戸惑っているのだ。
手元へ目をやればそこに刀があるような錯覚を起こす。
ずしりと重みすらも感じるような気がして、握ってみる。
しかし当然何も掴めず、手は空気を握って幻が消えていく。
どうして戸惑うのだろう。
なぜだか、前世の自分と今の自分の区別がつかなくなっていた。
今までの記憶の…一体どれが今の自分のもの?

「総司」

次の講義が始まるまでの間、机に頬杖をついてぼんやりしていたところに背後から声をかけられる。
はっとなって振り返ると、そこには斎藤がいた。
緩やかな階段を下りつつ隣の席に座ってもいいかと問われて小さく頷く。
ほとんど無表情に近い彼が荷物を机の脇に置いて隣へ座る。
次に筆記具やファイルを取り出す様子を眺めていると、斎藤がこちらに顔を向けた。

「次のコマは空いているか?」

「ん?…空いてたと思うけど、なんで?」

「――話がある」

ドキリ、とした。
これもまた、理由がわからない。
けれど彼の言葉によって心臓の鼓動が少なからず早まったのは間違いない。
わかった、と短く返事をしたところで教授が姿を現す。
正直に言って全く集中できない時間の始まりだった。
前世での自分が抱えていた想い。
それはあまりにも大きく、今の自分を大きく揺るがしている。
誰に向けていた想いなのかと言えば、それは紛れもなく隣に座る斎藤に向けていたものだ。
だから意識してしまう。
持っているシャーペンが紙の上を走ることはなく、クルクルと手の中で回っている。
何度も横目で斎藤の顔を盗み見た。

(ずっとずっと――好きだった)

だけど、どうだろう。
今の自分は彼を好きでいるのだろうか。

(……あ)

斎藤と目が合った。
瞳に宿るものが複雑に渦巻いて見える。
ただ、その瞳は澄んでいるように見えて…そこに映る自分は不安そうな顔をしていた。
見ていられなくてすぐに視線をそらす。
前世でも最後まで彼に想いを伝えることができなかった。
軽蔑されるのが、怖くて。
密かにため息をこぼしながら瞼を伏せると、様々な人の顔が浮かんだ。
その中で一際鮮やかに見えたのは――








◇   ◇   ◇








講義が終了し、自分は斎藤と共にテラスへ来ていた。
どちらもどこかへ腰かけることはなく、遠くを見つめながら髪を風になびかせている。
話を聞こうと口を開くが、言葉とならずに消えていった。
やがて斎藤の声が耳に届く。

「俺は…ずっと、お前に言いそびれていたことがある」

重々しく開かれた口から紡がれる言葉。
それが風に乗って流れ込んでくる。
自分は何も言わずに二の句を待っていた。

「過去、人生を左右する様々な決断に迷ってしまうほど――お前を好いていた、総司」

斎藤の口から紡がれた言葉に、後頭部を殴られるような衝撃を感じた。
自然と表情を険しくして彼を見つめ返す。
視線を合わせた彼の表情は真剣そのもので。
こちらをまっすぐ見つめ返してくるのはいつものことなのに、それまで受けた視線とは違う気がする。
頭の中には疑問符ばかりが浮かぶ。
同じ言葉を、どうしてあの時くれなかったのだろう。
思考をぐるぐると巡らせているうち、不意に彼が手を伸ばしてきた。
その手は頭へ辿り着き、髪をぐしゃぐしゃと撫でられる。

「…俺も馬鹿だな。今さらこんなことを総司に言ったところで、もう手遅れだというのに」

「はじ、め…くん……」

「お前にはもう、この世で好きな奴がいるだろう?」

「――」

どこか切ない響きをもつ声色。
優しくそう自分に言い聞かせた斎藤は、ふわりと微笑んだ。
それは前世でも現世でも見たことがないほどに儚く、悲しくて。
ただただ、綺麗だった。

「早くそいつのところへ行け。俺のように想いを伝えそびれるな」

最後まで微笑みを崩さず、目の前の彼は髪から手を離す。
いつか昔話でもしよう、と告げて視線もそらしていく。
自分の返事も聞かずに背を向け、大学内へ戻るために歩いていってしまった。
じっと背中が見えなくなるまで見送ったところではっとなる。
捜さなくては、と強く思った。
斎藤が前世での自分と現世での自分を切りわけてくれたような気がした。
今なら迷わない。
このテラスに足を運ぶ前、瞼を閉じた先で一番鮮やかに見えた人を捜さなくては。
そしてこの想いを、伝えよう。
どこに向かえばいいのかなどわからない。
手当たり次第捜すことにして走りだす。
直感でしかないが、大学内にはいない気がする。
やたらと広い大学の敷地内を、ひたすら捜した。



































「……―――風間!!」

ようやく見つけた人影に、思わず声を張りあげた。
なぜだか目的の背中が、消えていってしまうような錯覚を感じたからかも知れない。
名前を呼ばれた風間はやはり相変わらずの表情で振り返った。
手にはずいぶんと古びた本のようなものを持っている。

「俺になんの用だ」

疲れきった足で風間に近寄ったのと同時にそう聞かれた。
げほげほと咳き込んで自分が喘息持ちだということを思い出し、少し後悔した。
なんとか息を整えて頭をあげ、彼と目を合わせる。

「大切なことを、まだあんたに言ってない」

風間は冷めきった瞳でこちらから視線をそらす。
まるで興味がないと言われているようだったが、それでも言葉を続ける。

「僕は…今を生きる僕は、風間が好きなんだ」

「なんだと……?」

紡ぎ出した言葉に、風間が目を見開いて再びこちらを見る。
意図を探るような眼差しだった。
おそらく彼自身の耳を少し疑っているのだろう。
少し恥ずかしさを感じながら、彼の出す答えを待つ。
やがて風間はため息を小さくこぼして口を開いた。

「…同情ならいらん」

返された答えに今度は自分が目を見開く。

「同情なんかじゃない!」

慌てて首を左右に振りながら否定した。
どうにかして彼に想いを伝えきらなくては。
この想いが、本当であると。
必死に言葉を探す。
だけどどう言えばいいのかわからない。
もどかしくなって風間の頬に自分の手を添える。
そしてすぐに唇を重ねた。
目を閉じているから相手の表情など見えない。
でも風間が纏う雰囲気が和らいでくれているように思えた。
気がつけば彼の舌で唇を突かれていたので、そっと口を開く。
すると滑り込むように舌が入り込んできた。
いつの間にか身体も抱き寄せられ、背中と後頭部に手が回されている。

「ん、ぅ…っ」

息が苦しくなって声を洩らしたところで、やっと唇が離れた。
閉じていた目を開き、改めて風間を見つめる。
初めて柔らかい笑みを浮かべてくれた。

「本当にいいのだな?」

「…よくなかったら言ってないよ」

確認というように囁かれて仄かに頬を赤らめながら頷く。
ありがとう、と礼を告げられてきつく抱きしめられた。





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