きっと今日よりも前に想ってた






最近、気づくとぼんやりしていることが多かった。
何かきっかけがあってそうしていると思うのだが、自分に心当たりはない。
とにかく自分でもおかしいと思う。
それから…――

「……平助くん?」

「うわ?!」

真横から突然声がかかって思いきり驚く。
心臓をバクバクさせて手でおさえながら視線を横へやると、そこには男装をした千鶴がいた。
高く結った女の子らしい綺麗な黒髪が、小さく揺れている。
そんな彼女は心配そうな表情でこちらを見つめていた。
またもや自分が上の空であったことに気づく。
明らかに驚いてみせた自分を見、千鶴は申し訳なさそうに「驚かせてごめんね」と謝罪してくれた。
それが逆に恥ずかしさだとか悔しさだとか、そういった感情を起こさせるのだが。
慌てていつもの調子でなんでもないことを主張すれば、ほっとしたように彼女から微笑みをもらう。
次に原田や永倉が呼んでいたことを教えられて礼を返す。
逃げるようにしてその場を去った。
千鶴が言うには二人とも原田の部屋で待っているらしい。
待たせると何を言われるかわからないので足早に向かう。
数分かけて辿り着き、襖をパンッと力強く開いた。
当然、原田と永倉の二人から一斉に視線を浴びる。
しかし二人とも驚いた様子もなく、先に原田が右手を挙げて「よぉ」と軽い挨拶をした。

「――オレを捜してたんだって?」

ほんの少し上がった息を整えつつ、部屋の中に入って襖を閉める。
腰を下ろしながら問うと、永倉が目を輝かせて原田を指差し、上機嫌に「こいつがよ」と話を切りだす。

「何があったか知らねえが、俺たちに酒を奢ってくれるんだとさ」

やっぱり酒関連の話か、と内心密かに思った。
永倉がこうも機嫌がよくなるのは、ごく稀にある女の話だが…大体は酒の話。
ふうん、と聞き流すように相槌をした後に原田へと視線を向ける。
今までにも奢ってくれることがなかった訳ではないが、やはり珍しいことに変わりはない。
口には出さなかったものの、どうして?という視線を注ぐ。

「ま、理由は聞くな。とにかく今日の俺は機嫌がいいから、奢ってやるっつってんだよ」

そう言った彼の口ぶりから、女関連だと推測した。
こちらにも軽い相槌を返したところで小さくため息をこぼす。
なぜだか酒を呑むような気分になれない。
いつもなら思いきりはしゃいで喜び、迷うことなく奢ってもらう。
だが今日ばかりはどうしてもそんな気になれず、部屋を立ち去ろうと立ち上がった。
それを見た二人が不思議そうに見上げてくる。

「ごめん、オレは今日そんな気分じゃねぇからさ、二人で行ってきなよ」

問われる前に肩をすくめつつそう言い放って踵を返す。
顔を見合わせて首を傾げている二人を振り返らず、襖を開けて外に出る。
あてもなく歩きだして無意識にまたため息をついた。
沈んでいく夕陽に気づいて顔をあげる。
見慣れているそれが眩しく思えて目を細めた。
額へ掌を横にして添え、目に影を落とす。
つい叫びたいという衝動に駆られたが、そんなことをすれば土方か山南辺りに叱られるのが目に見えている。
夕飯まで昼寝でもしようと決めて顔を前へ向けた瞬間。

「――あ」

にこにこと微笑みを浮かべてこちらを見る、沖田の姿があった。
腕を組んで柱にもたれかかっている。

「どうしたの、そんな沈んだ顔しちゃってさ」

笑みを浮かべたまま、まるで世間話をするように聞いてきた。
些か心が明るくなるような感じを覚えながらも、彼に歩み寄って「別に」と返した。
実際、沈んでいるつもりなどない。
むしろ沖田に声をかけられてから、気分が高揚してきたような気がして。
どうしてだかわからないが嬉しいと思う。

「ねえ、平助」

「ん?」

「さっき、近藤さんにお酒をもらったんだ。…よかったら今晩一緒に呑まない?」

沖田の口から出てきた言葉は、思ってもいなかったものだった。
まさか彼からそういう誘いがあるとは。
覚えている限りでは、そんなこと今までに一度もない。
何か企んでいるのではないかと少し疑う。

「別に構わねぇけど……なんでまたオレに?」

「理由はないよ。一番最初に見かけたのが平助だったからね」

変わらずにこやかに笑む沖田。
真意は定かではないが、とりあえず悪意はないと感じて承諾した。








◇   ◇   ◇








夕飯を食べ終えてすぐ、自ら沖田の部屋へと足を運んだ。
彼は昔から小食なために夕飯を早く済ませていて、用意をしながら待っていたらしい。
斜め前辺りに座ったところへ早速盃を手渡される。
それを迷わず受け取り、沖田が酒を注いでくれるのを眺めていた。
どうぞ、と声をかけられてそっと盃に口をつけた。
なんとなく一気に呑むのがもったいないような気がして、ゆっくりと呑んでいく。
普段より酒が強く感じる。
互いに無言のまま、十数分経過して。
ふと、沖田が仄かに赤らんだ顔で遠くを見つめているのに気づいた。
何杯目かもわからない酒を口にしながら、じっと彼を見続ける。
一体どれだけの時間、そうしていただろう。

「…平助?」

沖田が怪訝そうにこちらを見つめ返し、名前を呼んだ。
どうしたの、と問われて慌てて首を左右に振る。
恥ずかしくなって視線をそらす。
今の自分は顔を真っ赤にさせているような、そんな気がしたから。

(――……見惚れてた、なんて…言えるかよ)





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