特別ということは、そういうこと




沖田という人間はほとんど怪我を負わない。
さらに、彼は人を斬ってもあまり返り血を浴びない。
それは彼にとっても自慢できることらしく、いろんな人に言いふらしたりはしないものの、聞かれれば得意げに話していた。
だが返り血を浴びないということはともかく、ほとんど怪我を負わないというのは嘘だ。
平気な顔をしているだけで、小さな怪我なら数知れないほど負っている。
手当てを一人でこっそりとやっているから、誰も気づかないだけで。
しかし自分は知っている。
時に身体のどこかへ刀傷を負っても、苦痛を一切表情にしないこと。
何事もなかったかのように隊務をこなしているということを。

――これは午前中に巡察へ出ていた彼が、実は相当の深手を負っていたという時の話。




















早朝。
自分はいつものように朝稽古へ参加した後、なんの問題もなく朝食を終えて刀の手入れをしていた。
丁寧に長年使い続けてきた刀を磨き上げ、右腰へと戻して沖田が巡察へ行くのを見送る。
次に土方へ提出しなければならない報告書をしたためたり、連絡のための文を綴ったり。
そうしているうちに、一番組が巡察から帰ってきたことを悟って立ち上がる。
出迎えてやろうと思い、自室を出た。
向かう途中で浪士たちと斬り合いになったと聞いて顔をしかめる。
沖田は怪我をしていないだろうか。
いや、もし怪我をしていたところでまた隠してしまうに違いない。
自ら確かめてやらなくては。
心を決めたところでやっと目的の人物、沖田の背中を見つける。
見たところ、すでに隊服を脱いで右腕にかけていた。

「総司」

一番組の隊士たちと別れたのを見てすぐさま彼へ声をかけた。
名前を呼ばれた沖田はいつもの笑みを見せて振り返る。
こちらへ歩いてくるのを待ちながら、襟巻がずり落ちていることに気づいて巻き直す。

「一くん、何?」

目の前までやってきた沖田が微笑みながら首を傾げて問いかけてくる。
そんな彼に短くついてくるよう告げ、返事も聞かずに歩き出す。
自室へと引き返す自分にきちんとついてくるのが気配でわかった。
今さらだが、彼が怪我をしているのは間違いないだろう。
微かに血のにおいを感じたから。

「……総司、右腕を見せてみろ」

部屋に辿り着いて沖田を中へ招き入れてから襖をきっちり閉める。
それからじっと見据えて怪しいと思う右腕を見せるように言う。
すると沖田は不意をつかれて驚いたように目を見開いた。
目を何度も瞬かせて顔から笑顔を消す。

「――え?なんで…」

「いいから見せろと言っている」

意味がわからないと聞き返そうとした彼を無視して右腕を取る。
瞬間、沖田が顔をしかめて。
咄嗟に引っ込められそうになるも、力を加えてもう一度引けば簡単に防げた。
素早く袖をめくると綺麗に裂けた肉が露わになった。
やはり、と鋭い目つきで沖田を見やれば、気まずそうに顔をそらされる。
思わず大きくため息をこぼす。

「何人を相手に立ち回った?」

一度手を離し、応急処置のために道具を用意しながら問いかける。
背後から六人くらい、と小さな答えが返ってきた。

「その傷をつけた奴はしっかり仕留めたのか」

「…当たり前でしょ。僕を誰だと思ってるの」

念のために問いかけた言葉にはハッキリとした返事がきて、肩をすくめる。
道具を手に再び沖田へ近寄り、座れと指示する。
素直に座ったのを見て自分も腰を下ろす。
遠慮なく右腕を掴むと、今度は素直に差し出された。
見られたからには隠す必要などないと思ったのだろう。
薬を塗るために改めて怪我を見た。
未だ血が止まることなく流れていて、雫が腕を伝って床に落ちそうになる。
畳を汚す訳にはいかないので先に手拭いをひいた。

「痛いか?」

我ながら当たり前のことを聞いたと思う。
心の中で嘲笑したが、沖田は特に気にした様子もなく「少しはね」と頷く。
そうか、とやや素っ気なく呟いて作業を続ける。
手早く済ませてしまおうとさっさと薬を塗り、これだけは丁寧な手つきで包帯を巻く。
この間はずっと無言のまま。
だが手当てを終えたのと同時に沖田が口を開いた。

「――…ごめんね」

顔をあげれば申し訳なさそうな表情の彼と目が合う。
今のは何に対する謝罪だろう、と少し考える。
それが彼に伝わったのか、苦笑してこう言った。

「怪我をしても隠してた、から」

言われてやっと理解する。
同じように苦笑して道具を自分たちから少し離して置く。
そして沖田の怪我を気遣って左腕を引っ張って身体を自分に引き寄せる。
自分の肩に彼の頭が乗っかかるように、後頭部へ手を回す。

「あ、あの…一くん?」

「――いいか、総司」

困惑する沖田に構わず言葉を言い放つ。
その体勢のまま話を聞くようにと、腕に力を入れた。

「怪我をするなとは言わない。…だが、少なくとも俺には隠すな」

恋人なんだから、と最後につけ足す。
後頭部をポンポンと軽く叩くように撫でて、解放してやった。
沖田は座り直して手当てした右腕を凝視する。
どうかしたのかと問うと、微かに笑った。
理由はわからない。
けれどどうしようもない愛おしさが込みあげてきて、今度は彼を抱きしめた。















「ちょっと、一く…ん?!」

「俺に心配させた罰だ」

「…や、待っ……ぁ!」

「待たない」





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