君は奇跡を信じる?
――…耳に届くこの音はなんだろう。 僕は回らない頭でぼんやりとそう考え、答えを探す。 だけど、見つからない。辿りつかない。 終わりを知らない僕の思考は、下手したらずっと続いていたかも知れなかった。 そっと触れてくる、何か温かい存在というものに気づくまでは。 なんだろう、と新しい疑問符を浮かべて目を開こうとする。 ああそういえば僕は目も開いてなかったんだ。 (……あれ) 開こうと思った目が、開かなかった。 なぜかわからない。どうしてこうも僕にはわからないことだらけなんだろう。 仕方なく、目の代わりに耳を澄ませてみる。 温かいものを触ろうと思って手を動かそうとするが――手も、動かない。 聴覚だけを研ぎ澄ます。これだけが頼りになってしまったらしい。 すると微かに、誰かの声が聞こえてきた。 その声は僕の知っているもの――愛おしくて守りたいと願った人の、声。 千鶴、と言葉を頭の中に浮かべる。 どうやら声にも出せないということがわかって、久々に苛立ちを覚えた。 なんで、僕は音を聴くことしかできない? 「――沖田、さん…っ」 千鶴が泣いてる。 姿も見ることが叶わないけど、それだけはわかる。 どうして君は泣いてるの…? 「逝かないで…!!」 ――ああ、そうか。僕は死にゆこうとしているのか。 必死に僕を呼びかける千鶴の声を聞くうちに、すごい勢いで記憶が蘇ってきた。 それは…そう、走馬燈のように。 僕がいるのは千鶴の故郷で、そこで薫たちと対峙して。 しくじっちゃったんだね、僕が。 ごめん、千鶴。 君を――独りに、してしまう。 でも泣かないで。 笑って、僕を見送ってよ。 じゃないと僕、安心して逝けない。 「ち…づる」 かろうじて紡ぎ出された僕の声は、どれだけ弱々しかっただろう。 千鶴の耳に届いたのだろうか。 「泣か…ない、で……」 青空を見上げて、僕は大きく背伸びした。 雲一つない空が少し憎らしいけど、気分は悪くない。 僅かに吹いている風が気持ちいい。 長くてゆるい下り坂と軽い自転車があれば、ブレーキをかけることなく下っていきたい。 そんな気分だった。 ふう、と息を一つ吐き出して傍に置いておいたリュックを手にする。 座っていたベンチから立ち上がって、持ち上げたリュックを左肩にかけると少し俯き加減で歩き出した。 二時間遅れになるけど、これから学校に行かなくちゃ。 さすがに近藤さんの授業をサボる訳にはいかない。 「…ま、一限目の古典がサボれたからいいかな」 そう呟きつつ、早足で学校へと向かう。 俯かせていた顔をあげ、視線を向けた先に駅が――… どさり、と音を立ててリュックが地面に落ちた。 今の今まで僕の中に一欠片も存在していなかったものが、突然現れて。 まるでジグソーパズルの最後の一片が埋まって絵が完成したように、僕は「前世」というものを思い出した。 見つめた先にいたのは、紛れもなく千鶴。 …やっと、会えた。 |