君は奇跡を信じる?




――…耳に届くこの音はなんだろう。
僕は回らない頭でぼんやりとそう考え、答えを探す。
だけど、見つからない。辿りつかない。
終わりを知らない僕の思考は、下手したらずっと続いていたかも知れなかった。
そっと触れてくる、何か温かい存在というものに気づくまでは。
なんだろう、と新しい疑問符を浮かべて目を開こうとする。
ああそういえば僕は目も開いてなかったんだ。

(……あれ)

開こうと思った目が、開かなかった。
なぜかわからない。どうしてこうも僕にはわからないことだらけなんだろう。
仕方なく、目の代わりに耳を澄ませてみる。
温かいものを触ろうと思って手を動かそうとするが――手も、動かない。
聴覚だけを研ぎ澄ます。これだけが頼りになってしまったらしい。
すると微かに、誰かの声が聞こえてきた。
その声は僕の知っているもの――愛おしくて守りたいと願った人の、声。
千鶴、と言葉を頭の中に浮かべる。
どうやら声にも出せないということがわかって、久々に苛立ちを覚えた。
なんで、僕は音を聴くことしかできない?

「――沖田、さん…っ」

千鶴が泣いてる。
姿も見ることが叶わないけど、それだけはわかる。
どうして君は泣いてるの…?

「逝かないで…!!」

――ああ、そうか。僕は死にゆこうとしているのか。
必死に僕を呼びかける千鶴の声を聞くうちに、すごい勢いで記憶が蘇ってきた。
それは…そう、走馬燈のように。
僕がいるのは千鶴の故郷で、そこで薫たちと対峙して。
しくじっちゃったんだね、僕が。
ごめん、千鶴。
君を――独りに、してしまう。
でも泣かないで。
笑って、僕を見送ってよ。
じゃないと僕、安心して逝けない。

「ち…づる」

かろうじて紡ぎ出された僕の声は、どれだけ弱々しかっただろう。
千鶴の耳に届いたのだろうか。

「泣か…ない、で……」









◇   ◇   ◇

青空を見上げて、僕は大きく背伸びした。
雲一つない空が少し憎らしいけど、気分は悪くない。
僅かに吹いている風が気持ちいい。
長くてゆるい下り坂と軽い自転車があれば、ブレーキをかけることなく下っていきたい。
そんな気分だった。
ふう、と息を一つ吐き出して傍に置いておいたリュックを手にする。
座っていたベンチから立ち上がって、持ち上げたリュックを左肩にかけると少し俯き加減で歩き出した。
二時間遅れになるけど、これから学校に行かなくちゃ。
さすがに近藤さんの授業をサボる訳にはいかない。

「…ま、一限目の古典がサボれたからいいかな」

そう呟きつつ、早足で学校へと向かう。
俯かせていた顔をあげ、視線を向けた先に駅が――…





どさり、と音を立ててリュックが地面に落ちた。
今の今まで僕の中に一欠片も存在していなかったものが、突然現れて。
まるでジグソーパズルの最後の一片が埋まって絵が完成したように、僕は「前世」というものを思い出した。
見つめた先にいたのは、紛れもなく千鶴。

…やっと、会えた。





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