世界が崩れていく感覚にも似ていた






どうしてだか、自分はどこかの寺の一角にぼんやりと立っていた。
周りを見渡してみるが誰もいない。
ただ静かに時が経過していく感覚。
遠くの景色は見えない。
寺は塀で囲まれているから。
ならば移動してみればいいのだが、なぜかそれができない。
頭の中ではいろんなことを考えるのに、身体が言うことを聞かなかった。
まるで自分の身体ではないような…そんな気がして。
それならこの意識はなんだろう、と考えて――

























…チュンチュン、と窓の外から何かの鳥が鳴く声が聞こえる。
目が覚めてもすぐ起きることはせず、天井をじっと見つめた。

(なんだろう…あの夢)

自然と息を吐き出しながらそんなことを考える。
最近よくわからない夢を見てばかりだ。
いつも決まって同じ寺に自分が突っ立っていて。
誰かと一緒にいる訳でもなければ、何かをするのでもなく。
なのになぜか懐かしいと感じる。
全く訳がわからない。
ゆっくりと起きあがって考えを取り払う。
身支度をさっさと済ませて、大学の通学に使用し続けている鞄を手に家を出た。
朝食は面倒だからいつも摂らない。
どうせ一緒に暮らしている人もいないのだから、自由なものだ。
しかし斎藤に毎朝指摘されては叱られてしまう。
余計なお世話と思いつつ、なんとなくそれが当たり前のように思えて。
それも少し不思議ではあるが、気にしないで毎日を過ごしていた。

(――…風間……)

電車の満員電車に苛立ちを覚えつつも、堪えて考えることに集中する。
思い出したのは先日自分に声をかけてきた男の名前。
あの日初めて会ったはずなのに、どうしてか知っているような気がしてならない。
同じ感覚を斎藤や土方…他にも何人かに対して覚えた。
だがしかし、これほどまで強く感じたのは初めてだ。
そして根拠はないがあの夢と関係があるのではないかと思っている。
誰かに聞いて答えを得られるかは、わからない。








◇   ◇   ◇


昼過ぎ。
授業のない一コマ分の時間を使って、ある人を捜していた。
広い大学の中を必死に捜しているうち、目的の姿を視界の隅に捉えて声を張り上げる。

「土方さん!」

大声で呼び止められた相手はピタリと立ち止まり、相変わらずの表情でこちらを振り返った。
なにやら不満げな様子だったが、特に気にしない。
どうせ名前のあとに先生とつけなかったことが気に入らなかったのだろう。
わかってはいるのに呼び方を変えるつもりはない。
土方さん、と呼ぶ方がしっくりくるから。

「どうした、俺になんか用か」

不満を口にすることなく、立ち止まった彼に近づいたのと同時にそう言われる。
ひとまず先日借りていった傘の礼を言うと、

「ああ、気にするな。お前のことだから、どうせそのままもらっていったんだろ?」

なんともないように返されたので思わず苦笑いを浮かべてみせた。
最初はしっかり返そうと決めていたのだが、面倒になってやめてしまったのだ。
彼はなぜか自分のことをよく理解している。
短いつき合いでもないが、長くもない。
でも今まで気にしたことはない。
よく考えてみれば変ではあるが。

「少し…聞きたいことがあるんですけど」

「ん?」

「もしかして土方さん、僕に何か隠しごとしてます?」

半分当てずっぽうに問いかけてみれば、土方の表情が僅かに変化した。
それを見逃さず、自分の考えが少なからず間違っていないことを知った。
だがこの人からは聞き出せないだろう。
直感的にそれを悟って追求することをやめる。

「……変なこと聞いてすみません、忘れてください」

他を当たろうと一方的にそう告げて踵を返す。
土方が何かを言ってきたような気がするが、もう自分の耳には入らない。
無意識のうちに走り出して廊下の角を曲がる。
曲がったすぐのところに男が…風間がいた。
衝突してしまいそうになって慌てる。
なんとか踏みとどまってぶつかるという事態を避け、風間の脇を通り過ぎようとし。

「――待て」

呼び止められた。
無視する理由もないため、素直に静止する。
ゆっくりと振り返り、改めて風間を見つめてみた。
初めて会ったあの日にはわからなかったが、意外に整った顔立ちをしている。
そして誰もが凍りつくような鋭い眼差し。

「土方を頼るな。奴では本当のことを知ることはできん」

風間は全てを知っているとでも言いたげだった。
あの時と変わらない、偉そうな言い方には快い気分にはならないが。

「風間…って言ったっけ。あんたなら知ってるとでも言いたいの?」

「さあ、な」

歯切れの悪い返答。
それがわざとだと、聞かずとも察することができた。
馬鹿にされているように思えて気に入らない。
会話を続ければ続けるほど気分が悪くなるだろうと、立ち去るために歩きだす。

「時がくれば、いずれわかるだろう」





――微かに耳へ届いた風間の言葉が、頭の中で響いた。





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