世の中はどうして不平なのだろう




ざあざあと外では酷い雨が降っていた。
机に頬杖をついて、帰れないなあと呟きながら窓から外の様子をぼんやりと眺める。
自分がいるのは大学の一室。
周りには誰もいない。
時折、廊下を人が通っていく気配はするが。
はあ、とため息をついて携帯のディスプレイを見た。
もうすぐ六時になる。
一人暮らしだから心配する人間などいないものの、ずっとここにいる訳にもいかない。
一時間ほど前の自分を恨みたくなった。
よく行動を共にする彼に、遠慮などせず傘を借りればよかった。
どうして断ってしまったのだろう。
彼、というのはこの大学で知りあった同学年の斎藤一のことで。
人見知りのクセにやたらと自分に懐いている。
最初こそ不思議に思ったものの、懐かれるのも悪い気はしなかったために今では親友とも呼べる仲だ。

(不思議だよね…一くんって)

現実逃避するように今はどうでもいいことを考えてみる。
二度目のため息をこぼす。
おそらくどこかで諦めをつけて帰る決心をしなければ、このまま帰ることなどできないだろう。
仕方ない、と濡れるのを覚悟して荷物を手に席を立つ。
帰ってすぐに身体を拭けば風邪を引くこともないはず。
傘を忘れた自分が悪いのだから自業自得だ。
それまで自分がいた部屋を出、足早に階段を駆けおりていく。
激しい雨音を聞きながら駅まで全力で走ろうと決めて外に出て行こうとした、その時。





「――何をしている」

不意に背後から声がかかって振り返る。
そこには珍しく綺麗な金髪に鮮血のような赤い瞳を持った男がいた。
頭から足元までまじまじと観察するが、見たことなどない。

「何…って、帰ろうとしてるんだけど」

あんたは誰?と聞こうと思ったが、とりあえず相手の問いに答えた。
男は一瞬眉間に皺を寄せ、不服そうにこちらを見つめてくる。
どうやら返した答えが気に入らないらしい。
なぜかため息をつかれる。
数歩だけ男が近づいてきた。

「傘も持たず、この雨の中をか」

「そうだけど。…あんたには関係ないよね」

人を見下した言い方をする目の前の男に、少し苛立ちを覚えた。
この男と話をしていては不機嫌になるだけだと感じ、早々に話を切りあげようと口を開くが。

「……沖田総司」

言葉を発するより前に、相手の口から自分の名前が聞こえてきて驚くことになった。
なぜ、見ず知らずの人間に名前が知れているのだろうか。
訝しげに相手を見つめ返すと、男はどこか落胆した様子で二度目のため息をつく。
その様子が少し気に入らなかったが、初対面の人間(のはずだから)と我慢する。

「どうして僕の名前を知ってるのかなあ、そんなに僕って有名だったっけ」

少しふざけて言うと、男は口元にだけ笑みを浮かべた。いちいち気に障る。

「何も知らぬようだな」

相手の言葉が理解できない。
自分が何を知らないというのか。
逆に、あの男は何を知っている――?
それを聞き返そうとしたところで、男が何かに気づいたらしい。
視線がこちらからそれ、ゆっくりと向けられた先には…自分もよく知る人物がいた。
その人物はしっかりとした足取りで近づき。

「おい風間、こんな所で何してやがる。報告書はどうした?」

よく知った口ぶりで、男――風間にそう言った。
こちらの耳にも届いた名前を頭の中で繰り返す。
不思議な響きがあるように思えた。
昔から知っていたような感覚。
懐かしいとさえ思ったのは、どうしてなのか。

「報告書とやらなら、貴様の机に置いておいてやったが?」

「ああ?直接渡せと言っただろうが!ったく…」

思考をめぐらせている間に二人のやりとりが進んでいく。
帰らなくてはいけないということを忘れて呆然と見つめていると、自分のよく知る人物がこちらを見た。
彼は高校の時から知っているこの大学の教師で、名は土方歳三。
出会ったきっかけなどもう忘れてしまったが、確か高校の時にやっていた剣道部の大会で声をかけられたのだったか。

「――総司」

突然土方に名前を呼ばれる。
はっとなってそちらを見やれば、相変わらずの鋭い眼差しで見つめ返された。

「俺の傘を貸してやるから帰れ」

「有難いですけど、なんで――」

「いいから帰れ。なんなら傘は返しに来なくても構わねえ」

人に有無を言わせない土方の言い方に、ただ頷くしかなかった。
有難いのも事実だったため、素直にその場を去る。
傘はしっかり返そうと心に決めて。















◇   ◇   ◇


沖田が去った後。
残った風間は腕を組み、ただ静かに土方を見つめていた。

「――…あいつと言葉を交わすな、と?」

不機嫌そうな声で絞り出すように呟く。
土方は胸ポケットからタバコを取り出し、それに火をつけてくわえる。
そして煙を吐き出して口を開く。

「別に会話をするくらいは構わないさ。ただ…無理に記憶を掘り起こそうとするんじゃねえ」

「ふん。俺は何もしていないだろう」

「とぼけんじゃねぇ。"今"のお前と総司は知りあいでもなんでもないだろ」

「今日知りあったが?」

「うるせえ。とにかく駄目だ」

「…気に入らぬ」






























(俺はお前を知っているのに)





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