発端
冬が近づいてきていたある日の朝。 誰よりも早く目を覚ましていた小十郎は、日課となっている畑仕事をすべく身支度をしていた。 思えば、いつから畑仕事をしているだろうなどと考えつつ、てきぱきと用意していく。 他の誰かを起こしてしまわないようにそっと城を出た。 畑への道を歩きながら、先程思ったことを再び考え始める。 今は飽きもせず楽しんで畑仕事をしてはいるが、そもそものきっかけはなんだったろうか。 別に誰かにやれと命じられた訳ではないし、始めてみるまでは興味もなかった。 そこまで考えていたところで早くも畑へと辿りつき、答えを一度諦めて作業を開始する。 まずは一つ一つ野菜たちの様子を見ていく。 健康な野菜への栄養を奪われないために、痛んだものは削除せねばならない。 点検しつつ、雑草を見つけたらそれを引き抜く。 そうやっていくうちに、一時間は軽く経過してしまう。 毎日やっていること全てを完了すると、一つ息をこぼして空を見た。 まだ太陽は昇りきっていない。 少しばかり休憩してから帰ろうと決めて、畑から少し離れた所へ腰をおろす。 ぼんやりと野菜たちを眺めながら、城へ帰ったら着替え、すぐに政宗を起こさねばと考えた。 それから成実に頼まなくてはならないことがあるのを思い出す。 帰ってからの仕事は、尽きないのではないのかと思うほどに多い。 けれど弱音を吐いてはいけない。これも全て、政宗と奥州のためなのだから。 ふぅ、と息をついて、そろそろ戻ろうと立ち上がる。 来た道を歩き出そうとして――そこに誰かがいるのに気づいた。 「…ま、政宗様…!」 いつからいたのかわからないが、とにかくそこに政宗の姿があった。 見間違うはずのない主君の姿に、驚きを隠せないで立ちつくす。 「よぉ、小十郎。…相変わらず、張り切って畑いじってんだな」 「えぇ、まぁ…それより政宗様、どうしてここに?」 梵天丸と呼ばれていた時ならそれこそ毎日のように畑についてきていたが、ここ数年は一切訪れてこなかったのだ。 どういう風の吹きまわしなのか、と問いかける。 しかし政宗は問いの答えを教えてはくれずに、ただ不敵な笑みを浮かべている。 その表情から教えてくれる気はないのだと判断すると、困ったような表情をしてみせて彼の隣に並んだ。 無言で歩き出す政宗に、自分も黙って後を追う。 (――…そういえば…) 考えをやめていた、畑仕事を始めたきっかけ。 政宗とこうして帰り道を歩いていることで、なんとなく思いだしてきていた。 あれはそう、幼い梵天丸に仕えて始めてから二年近く経っていた頃。 一体誰が取りよせたものなのか、今はもちろんその時も明らかにはならなかったのだが。 成熟しきっていない痛んだ野菜が料理に使われてしまったことが度々あったのだ。 そのために梵天丸である当時の政宗が料理に手をつけなくなってしまい、栄養失調に陥りそうになったことがある。 さすがにそれではいけない、と異父姉である喜多と相談をした。 あれこれと手をつくしたのだが、一度疑った料理に再び手をつけようとはしてくれず。 なんとか食べさせなくては、と小十郎が料理してみせた。 初めてのことだったため、あまりうまいと言えるものではなかったのだが、それでも梵天丸は一口だけ食べてくれたのだった。 それからしばらくは小十郎の手料理なら食べるということになり、喜多に手伝ってもらいつつも料理を作り続けた。 …確か、そうしているうちに材料にもこだわるようになったはず。 昔のことを思い出して思わず失笑する。 そうだ、食材選びをしているうちに自分でも作るようになっていったのだった。 「…?どうした小十郎?」 少し先を歩く政宗が振り返って、怪訝そうに問うてくる。 足を速めて隣に並ぶと、昔のことを思い出していました、と答えた。 聞いた政宗はにんまりと笑みを浮かべて南蛮語を呟く。 聞き覚えのある南蛮語のそれは確か――自分も同じ、という意味だったはず。 「今となっちゃバカらしいぜ…痛んだ野菜くらいで料理に手をつけないたァな」 考えていた過去の内容も同じだったらしい。 あの時は仕方なかったですよ、と返して微笑んでみせる。 今ではもう、この自分が作った料理でなくても口にしてくれている。 それは彼自身が料理することもあるからかも知れないし、使われている材料が小十郎の育てた野菜だからというのもあるかも知れない。 どちらにせよ、彼は今こうして元気で自分の隣を歩いているのだ。 「――…政宗様」 「An?」 あと少しで城というところで名前を呼ぶ。 呼ばれた彼は足をとめ、きょとんとしてこちらを見つめ返していた。 うっすらと笑みを浮かべたままで近づいて、政宗の額にキスをする。 わずかに顔を赤らめた彼の手を引き、今日という一日をきりだした。 - - - - - - - - - - 初出:2009/10/11 |