You are clumsy




十月。
満月を迎えようとしていた、ある日の朝。
休むこともなく昼間の学校生活と夜間のタルタロス活動を続けてきた自分だが、気づかぬうちに疲れがたまっていたようで。
突然、風邪で倒れてしまった。
満月まであと三日しかないのに。
とても休んでいる場合ではないと最初は起きあがろうとしたのだが、アイギスに強く反対されたために断念。
ゆかりが用意してくれた冷たいタオルを頭に乗せ、ぼんやりとした頭でなんとか思考をめぐらせる。
今度の満月までにしなくてはならないことは何かと考えていた。
残り三日。
やれることは限られている。

「やっぱり、寝てる場合じゃないよね」



そう呟いて、熱でうまく動かない身体を無理矢理起こす。
すっかり温くなってしまったタオルを手に取って、ベッドから出ようとしたその時。













「――…唯」

ドアをノックした小さな音と共に聞こえた声。
それはつい最近、気持ちを通わせた大切な人のもの。
一つ年上の荒垣先輩だった。

「…入るぞ」

自分が返事をする前にドアが開いて、思った通りの人が部屋に入ってくる。
彼の手には小さな鍋の乗ったお盆があった。
私はベッドから出ようとしたままの姿勢で固まっていた。
怒られる。
瞬間的にそう思った。
荒垣先輩は明らかに厳しい表情をして、ドアに背中を見せたまま器用に閉めた。
そのまま何も言わずに私の机にお盆を置く。
近くにあった椅子を、ベッドの近くに持ってくる。
動きを止めたまま荒垣先輩のすることを見ていると、椅子に座った彼がとうとう口を開いた。

「高熱出してるクセに起きあがってんじゃねぇ、寝ろ」

少し苛立ったような声でそう言われた。
ごめんなさい、と小さく呟いて素直にベッドへ戻る。
彼は短くため息をこぼし、タオルを取り上げていってしまう。
ちっと待ってろ、とだけ言って一度部屋を出て行く。
言葉通りすぐに戻ってきた荒垣先輩は、冷やしなおしたタオルを頭にそっと乗せてくれた。
ふと、時間が気になって壁にかけられた時計に目をやる。
そして荒垣先輩がお盆を持って現れた理由を理解する。
ちょうどお昼時だった。
気を遣ってくれたのだ、と思うと自然と嬉しくなる。
けれど当の荒垣先輩は私にタオルを乗せてくれてから喋ろうとしない。
少し気まずさを覚えながらも、自分も何を話せばいいのかわからず。
十数分ほど、部屋を沈黙が包んだ。
先に言葉を発したのは私ではなく彼。
唯、と名前を呼ばれて視線を彼に向けた。

「…粥を作ってきたが、食えるか?」

気恥ずかしさからか、声は小さい。
だがしっかりとした言葉に私は頷いてみせる。
食欲はあります、とできるだけ元気な声で返した。
返事を聞いた荒垣先輩は少し安心したような顔をして、一度席を立つ。
私の勉強机へ置かれていたお盆を持って帰ってくる。
鍋のふたを開けてくれる彼の横で、食事を摂るために上半身を起こす。
自分で食べるつもりでいたが、荒垣先輩がスプーンを持ったところでやめにする。
食わせてやるから口を開けろ、と言われて笑みを浮かべつつ従う。
まだ冷えきっていないご飯が口の中へ入れられた。
――やっぱり彼の料理は美味しい。
美味しいです、と正直な感想をこぼした。

「黙って食え」

笑顔で美味しいと言ったからか、荒垣先輩はやや顔を赤らめて照れ隠しにそう言い返す。
その姿にくすくすと笑う。
誰であろうと人を寄せつけなかった彼が、私に心を許してくれている。
自分もかなり彼に支えられたが、同じように支えになれているのなら嬉しい。













「――…好きです、先輩」

不意打ちのように呟く。
自分でも気がつかぬうちに言葉を紡いでいたのだが、それを聞いた荒垣先輩はより顔を赤くさせて慌てふためいた。
鍋をひっくり返しそうになって、私も慌てる。
いきなり言うんじゃねぇ!と完全に動揺している彼が言う。
ごめんなさい、と言いつつ自分も余計に熱が上がったような気がした。
一つ咳払いをして、荒垣先輩は鍋と共にお盆に乗せてあったコップに口をつける。
次いで用意してくれていたらしい薬を手に取って彼が口にしてしまう。
彼のしていることが理解できず、首を傾げる。
すると、次の瞬間。

「……!!」

まるで仕返しだというように口づけられた。
薄く開いていた唇をさらに開かれ、さっき彼が口にしていた水と薬を流し込まれる。
そこで一度唇が離される。
私はこぼさないうちに水と薬を飲み込んだ。
それを確認した荒垣先輩は、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべながら再び顔を近づけてくる。
逃げることも叶わず、また口と口が重なる。
思いを通いあわせたあの夜の時のように情熱的なキス。
呼吸ができなくなるほど長く口づけられて、やっと離される。
息を乱したまま、風邪がうつったらどうするんですか!と抗議した。
すると彼は意地悪く笑って。
そしたらお前が看病してくれるだろ?と返してきた。
そういう問題じゃないです、と力強く言い返す。





「俺にうつしたくねぇっつうんなら、風邪を引くほど無理すんな」

「…わかりました」





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