I don't forget




雲一つのない青空を見上げる。太陽が思ったよりも眩しくて、目を細めた。
場所は月光館学園高等部の屋上。
そして今この時間は昼休み、だ。
耳につけているイヤホンからは、毎日のように聴いている音楽が延々とリピート再生されている。
正直まともに聴いてはいないから、飽きるとかそういう風に思ったことはない。
ただ、流れているだけ。

ざあざあとやや強い風が髪をなびかせる。
何かを考えている訳でもなく、ただじっと空を見上げ続けた。
右手を額へもってきて影をつくる。やっぱり太陽は眩しくて仕方ない。





「――遼くーん!!」

突如、どこからか名前を呼ばれて顔をしかめた。
誰に呼ばれたのか、むしろ本当に名前を呼ばれたのかわからなくなってイヤホンを片方はずす。
それから辺りを見渡してみる。近くには誰もいない。
首を傾げようとした時、再び名前を呼ぶ声を聞く。
声がしているのは自分が立つこの屋上よりも下――…

「遼くん、こっちこっち!ここだよぉー!!」

誤って転落しないようにと造られた柵から乗り出すようにして下を覗く。
すると数階分下の窓から、綾時がこちらに向かって左手をぶんぶん振っていた。
気づいてもらえたことに喜んでいるのか、右手も同時に振りだす。
窓から落ちるぞ、と呟いてとりあえず手を振り返してやる。
はぁ、とため息をついて下を覗くのをやめた。
綾時が「あ、待って…!」と言ったのが聞こえたような気がしたが、気にしない。
思わず下を覗いてしまったが、昼休みだから当然周りの目があるのだ。
恥ずかしいったらありゃしない。
バカ綾時、と心の中で告げる。
はずしていた片方のイヤホンを再びつけて、最後にもう一度と青空を仰いだ。

――それは綾時の瞳にも似た、透き通って綺麗な空色。



無意識に歌を口ずさんでいた。
別に歌が得意な訳でもなんでもない。
だから自分が歌っていると気づいて慌ててやめた。
近くに誰もいなかったにも関わらず、恥ずかしくなる。
らしくないな、とぼやいて屋上を後にした。
















◇   ◇   ◇




誰もいなくなった月光館学園高等部の屋上で、あの時のように自分は立っていた。
残念ながら見上げた先にあるのは青空ではなくて、寂しいくらいの夜空だけれど。
それに空を見つめる瞳は二つではなくてたった左目一つだけ。
眼球ごと失われた右目は、この夜空よりも深い闇を常に抱えている。

「…懐かしいな」

ここで綺麗な青空を見て、綾時の子供っぽさを笑い、無意識に歌をこぼしたのは――もう二年くらい前のこと。
太陽の代わりに月を仰ぐ。
自分の隣には、あの時よりもずっと大人らしくなった綾時が立っている。
月を見上げる横で、綾時は星を掴もうとするかのように手を夜空へ伸ばしていた。
お互いに何も言わない。
時間が静かにゆっくりと流れていた。
不意にあの時歌った歌を思い出す。
相変わらず歌なんてうまくないけれど、なんとなく口にしたくなった。
隣に綾時がいるのも構わずに、あの時と同じ歌を紡ぐ。
サビだけ口にして、やめにする。視線は変わらず月に向けたまま。

「それ…なんて歌?」

短い歌のあと、少し間をおいて綾時が問いかけてきた。
ほんの少し恥ずかしく思いながらも、やっと視線を月からはずして綾時を見る。










「――内緒」




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初出:2009/10/11





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