Boundary of Darkness




――友達と笑ってくだらない会話を交わすのって、楽しい?















いつのことだったか、僕がそう問いかけてみたことがあった。
君はなんて答えたんだっけ。もう、覚えていない。

空を見上げる。吸い込まれそうな闇の中に、少しも欠けていない月が浮かんでいた。
綺麗だな、と素直に思う。
遠い昔から幾度となく見上げてきた満月。
一時間だけ訪れる影時間にはもっと綺麗に見える。
嗚呼、この場所で待っていよう。影時間がくるのを。





――…何言ってるんだ。逆に俺が聞きたい。


ああ、そうだ。そうだった。
突然にした僕の問いかけに、君は怪訝そうな顔をしてそう言った。
言われて、苦笑したっけ。
そう、いろんな人たちと会話して笑いあってるのは彼じゃなくて自分の方。
普段あまり会話をしない君に、聞いたのが間違いだった。
なのに質問したのはどうしてだっけ。
思い出せないけど、特に理由はなかったと思う。



「…遼、くん」

懐かしい名前のような気がした。
僕が僕自身のことを思い出してから、この名前を呼んでいない。
それはつい最近のことのはずだけど、なんでだろう――もうだいぶ時間が経っている気がする。
…不意に、何かが頬を伝ったのに気づく。
指でそれをそっと拭いてみれば、それは涙だった。

(僕が――…泣いてる?)

声には出さず、口の動きだけで「どうして」と誰かに問う。
本来存在しないはずの感情が自分の中にあるのを感じる。
泣いていた。心から、悲しんでいた。
人間として過ごしたわずかな時間を、僕は忘れられなかった。
だから、未だ影に染まりきらずにここにいるんだろう。
ゆっくりと変わっていく己の存在。
一時でも愛した人間を殺す――もうすぐそんな存在になってしまう。
拒んでも、変わりようのない運命。

























「――……綾時」








背後で声がしたような気がして振り返る。
頭のどこかから今の声が幻聴だと知らせていたけど、別のどこかで否定していた。
しかし存在を肯定するかのように、彼はそこにいた。
僕が彼を視界に入れたのとほぼ同時に、世界が影に包まれる。
普通の人間なら知り得ない時間、影時間。
だけど彼と僕は影時間に入った中でも当たり前のように息をしていた。
そう…僕らは普通じゃ、ない。
でも彼はやっぱり人間で…より普通じゃないのは僕。
薄ら笑いを浮かべて、彼の名前を呟く。

また、僕の頬を涙が伝う。





「どうして君がここにいるの」





問いかけのつもりだったけど、声が掠れてしまって彼の耳まで届いたかわからない。
影時間だから、僕の姿は異形と化していた。
叶うなら、この姿を君に見られたくなかったのに。

彼は僕の問いに何も答えず、静かに一歩を踏み出す。
その彼の足元で、力の弱いシャドウが悲鳴をあげた。踏まれたのだ。
シャドウはそのまま力を失って消滅していく。
一瞬ほんの少しかわいそうだとは思ったけど、すぐ意識は彼へと向く。
まっすぐこちらを見つめる彼と目があった。そらせない。

「綾時」

優しい声。美しい蒼の瞳と髪。
人であった時の名前を聞いて、なんとなくくすぐったく思った。
今は名前なんてない。強いていうなら――…



「…僕は『死の宣告者』だ」



ざわざわと、闇の中で何かがうごめく。
一歩踏み出して止まっていた彼がまた一歩進む。
今度は一歩だけで止まらず、そのままこちらへ近づいてくる。
来ないで、と心の中で叫んだ。

「りょ…」

「来るな!!!」

彼が再び名前を呼ぼうとしたところを、今度は声に出して拒絶する。
名前を呼んでほしくない。近づいてほしくない。姿を見てほしくない。
消えようと思えば消えれるのに、そうしない自分も何なんだろう。
あぁもう、訳がわからないよ。
いつからか抱いているこの気持ちは何?








「――…俺は、絶対お前を助けるからな」


目を少し伏せて、怒っているとも悲しんでいるとも思える声で彼は言葉を放つ。
意味が理解できなくて返事をしないでいると、そのまま彼は続けた。

「この命がどうなっても、お前だけは助けたい」



なに言ってるの。
僕のために命を、どうするって?
あぁ、君はバカだよ。
他人のために賭けるものの価値が大きすぎる。
なんで、と声にならない言葉を発する。





「お前には人間として生きてほしい。たくさんのものを見て、知ってほしい。…お前には生きていてほしいんだ」






























愛した人、だからこそ。




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初出:2009/07/10





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