やがて春が訪れる




なぜだか、今日はずいぶんと機嫌がよかった。
それはたまりにたまっていた仕事がめずらしく片づいたからかも知れないし、春が近づいて気温が高まり過ごしやすくなったからかも知れない。
理由がなんであれ、とにかく気分がいいのだ。
自然と笑みを浮かべて外を見つめる。
空には何羽かの鳥が気持ちよさそうに飛んでいた。


不意に、遠くからどたどたと誰かが部屋に近づいてくる音に気づく。
最初は小十郎だと思ったのだが、すぐに思い直す。
聞こえてくる足音のリズムには聞き覚えがある。――成実だ。
一つ息をこぼして襖へと視線を向ける。
すぐにその襖が開かれ、思っていた通りの人物が現れた。

「――梵!!」

「…聞こえてるよ、うるせぇな」

目の前に来たにも関わらず名前を呼び叫ぶ成実に、小さくため息。
会ったのは久しぶりだったが、相変わらずだなと心の中で呟く。
そう、コイツは昔から変わらない。
呆れて物が言えなくなるほど、まっすぐで正直なヤツだった。
成実はうるさいと言われたことを気にもせず、どこか楽しげな表情で部屋に入った。
自分の斜め正面に腰をおろすと、彼はすぐに「元気か?」と聞いてくる。
その問いかけに失笑して「見りゃわかんだろ」と返す。
このやりとりも当たり前のことで、前から同じように成実はうんうんと頷くだけ。
本題にすぐ入らないのもまた、いつものこと。
何の用だ、と聞かないと用件を言わないのだ。
今日もまた然り。
半ば呆れつつ用件を問えば、成実は楽しげな表情のままでこう返してきた。

「街に出ないか!」

…成実はいつも唐突だと思う。
想像もしていなかった誘いに、言葉を失った。

「Ah…なんだって?」

苦笑してみせて思わず問い返す。
しかし返ってくる答えは変わらなかった。
彼が何を考えているかなんて自分にはわからない。とにかく、街に出たいようだ。
仕事も片づいているし、少しくらいならいいだろう。
一人でそう結論づけ、やれやれと言わんばかりに「わかったよ」と答えた。
一つしか歳が変わらないはずの成実が、なぜかもっと幼く見えた…なんて口には出さない。

「支度すっからちょっと待ってろ」

「俺も支度してくるから――…あ、じゃあ屋敷の外で待ってるぞ!」

立ち上がりながら言って準備を始めると、成実も慌てて部屋を出て行った。
来た道をどたどたと同じように早足で去っていく。
嵐みたいなヤツだな、と笑って刀を持って部屋を後にする。








思えば、街に出るのはずいぶんと久しぶりだった。





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初出:2009/07/01





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