みいろのきおくB
目がちかちかするのは、電灯が激しく点滅しているせいだ。遊作はまたかという顔をして、端末を外すと横を見た。そのモニタには両手を合わせて、ごめんなさい、と謝ってくる半透明の小さな男の子がいる。数日前から遊作のモニタにはユーレイさんが住んでいる。

お昼ご飯のときに逃げ込んできたこの小さな男の子は、どうやらこの施設の人間に追われているようだ。今度は死んでしまったこんな小さな男の子を無理矢理連れてきたのか、と戦慄すら覚えた。それとも遊作の知らない過酷な実験を課せられた結果、死んでしまったんだろうか。自由にモニタと現実世界を行き来できる少年は死んでしまったという自覚はあるのに成仏する気はみじんもないらしい。遊作が誘拐された時と同じくらいの年頃の男の子である。遊作はなぜかその存在を視認できるだけでなく、会話できてしまう。どこにいるのかも感覚でわかってしまう。無意識のうちにこなしてしまうものだから、その当たり前が実は当たり前じゃないと遊作が自覚するのはもっと後の話だ。

「また邪魔した?」

じわっと涙が浮かぶ。ごめんなさい、ごめんなさい、と謝り続ける男の子は、嫌いにならないで!と顔に書いてある。そういうつもりはないんだろうけれど、この男の子は存在しているだけで遊作の部屋はちょっとだけ寒いのだ。そしてよく電子機器が誤作動を起こす。今回もデュエルのノルマ消化まであと少しというところでエラーが発生してしまった。その分遊作にわりあてられるはずの貴重な休憩が消えていく。こういうとき、ちょっといらっとしてしまう。男の子に構ってくれるのは今のところ遊作とあいつだけだからだろうか、えらくなつかれてしまった。

「また泣かしたの、遊作」

あいつの声がする。

「だって、」

遊作はモニタを見た。

「こんなに小さい子なんだから、優しくしないとだめだよ」

「そうだけど……せっかく頑張ったのに」

あいつは笑って、男の子に話しかけた。

「ねえ、さっきから何してるの?」

「なにって?」

「いつもならこんなエラー起こらないよ、遊作。きっとなにかしようとしたから、エラーが起きた。違う?」

「え、できるの?」


ぐずぐずないている男の子は、こくこくうなずいた。たしかに今日与えられた積めデュエルはかなり難解だった。与えられたテーマカテゴリを掌握しきれていないせいで、正解までたどり着くのにどうしてもロスが出てしまい、規定の時間までに勝利するという条件を達成することができないでいた。遊作がいつになく苦戦していたから、なにかしたいと思ったようだ。


「やらせてみる?」

「え、でも、バレたら……」


ちら、と遊作は後ろを見る。監視カメラはいつだって遊作たちを絶望に追い立ててきた。不思議そうに見上げてくる男の子にあいつは笑いかけた。そして何も言わないまま笑う。目をぱちくりしていた男の子は、モニタから飛び出して大きく背伸びをした。鉄格子の扉をゆっくりと上り、のぞき込む。カメラまではまだまだ届かないが、ぐううっと手を伸ばそうとして、届かなくて落ちた。落下していく男の子が見えて、遊作はあわててかけよろうとしたがあいつに腕をつかまれた。いいからキミはノルマをこなして、とささやかれ、しぶしぶ端末を装着しようと手をかけた。ジャングルジムに上る子供のように、一生懸命上り始める男の子が見えてちょっとほっとする。そのうち、ぶらーん、とカメラにぶら下がるようにして両足を揺らしていた男の子の真下に、あいつがやってくる。ほら、おいで、と両手を広げられ、にぱっとわらった男の子はそのまま飛び降りた。すり抜けるはずなのにちゃんとだっこされるような感じで降りられたようだ。ユーレイはほんとに不思議な存在だ、実体がないのに実体がある、みたいな動き方をする。ユーレイなのに男の子は空を飛べないし、すり抜けられるのは電気製品だけだし、脚もちゃんとある。名前は忘れてしまったのか、えーっと、えーっと、と考えたまま固まってしまったから、そういうのをちょっとずつ忘れていくのかもしれないけれど。そしたらそのうち男の子はもっと幽霊らしくなるのだろうか。


あいつに降ろしてもらった男の子は、たたたっと走り抜け、遊作が端末を装着するのと同時にモニタに飛び込んだ。

端末が視界を覆ったと同時に遊作の視界は広大なデュエルフィールドとなる。目の前に展開されているすさまじい暴風の中で、必死で足掻きながらスピードデュエルをしなければならない。デュエルディスクにはすでに存在する手札。ある程度展開された盤面。そして相手のフィールドにもモンスターや伏せカードがある。何回もやったから相手の手札やプレイングはだいたいわかっているけれど、どうしても最後に相手のライフポイントをゼロにすることができなかった。

あと少し、あと少しなのだ。もう1手がどうしても思いつかない。必死で思考を巡らせていた遊作だったが、視界の隅にデュエルボードに乗る男の子が見えた。思わず目を見張る。


「な、なにやってるんだよ、危ないよっ!?」


だいじょうぶです、とでもいいたげにニコニコ男の子は笑う。驚くべきはその運動能力だろうか。今でこそ遊作はDボードを乗りこなすことができるけれど、初めの頃はこのデータストームがひっきりなしに吹きすさぶこの中ではろくに目を開けられなかったし。吹き飛ばされたこともある。おちたこともある。怪我をしたことだってあった。でも、6才くらいの男の子は遊作と同じくらいのスキルがある。それはこの電子の風をもろともせず完全に乗りこなしているから明らかだ。遊作はたまらない気持ちになった。こんな小さな子がこんなにスピードデュエルができるってことは、はっきりいって異常だ。どれだけ過酷な訓練を課されたらこんなことになるんだろう。それは今男の子が半透明な時点で証明されているようなものだ。ここの施設の人間はこの子がアバター姿のまま成仏できずにうろうろしていることに気づいてしまったのだ、死んでもなおここにとらわれるなんて可哀想すぎる。


「きみ、追われてるならここにきちゃだめだろ?ほら、戻ろう」


や、です、と男の子はいう。そしてデュエルディスクを構えた。


「……な、なにこれ」


遊作の手札、相手の手札、そして効果を発動しなければ見えないはずの相手のモンスターの効果、表側の魔法・罠カード、それだけではない。墓地にあるカードの一覧、エクストラデッキにあるカードの一覧が遊作が見えるように表示されているではないか。何度目を擦っても間違いなく、目の前のデュエルフィールドに表示されている。ぎょっとして隣を見ると男の子は笑う。遊作は顔が引きつるのがわかる。息をするように遊作のアバターにハッキングをしかけ、おそらくはプログラムを書き換えて一時的に管理者権限を譲渡させた。こんな小さな子供にこんなこと可能なのだろうか。


「すごい、こんなことできるんだ。これがキミのスキル?」


興味津々で聞いてくるあいつの声に、こくり、と男の子はうなずいた。


「これがキミのスキル……すごいね」


にぱっと男の子は笑う。


「ありがとう、これならなんとかクリアできそうだよ」


男の子は目を輝かせた。遊作がデュエルをしていると、いつだって男の子は最前席に駆け寄ってくるとじーっと見ている。プロデュエリストの大会を見るファンのデュエリストみたいな反応をするのだ。遊作はいつもくすぐったかった。今回は遊作の身を案じて、自分が見つかるかもしっれないリスクを負ってまで、わざわざ自分のスキルをつかってくれた。もちろん遊作はこんな規格外なスキルを見たことはないが、これだけ強力なスキルを使わなければならないほどの訓練の末にユーレイになったとしたら、それはもうやるせなさばかりがこみ上げてくる。せめてこの男の子の目が曇らないようなデュエルがしたい。遊作はドローを宣言した。


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