2週目歌仙
「貴殿は......長谷部か。顕現早々4番隊任命おめでとう。いいのかい、貴殿たちのための祝いの席だというのに抜け出してきて」

「そういうお前はどうなんだ、歌仙兼定。月夜の下で本を読んでいるじゃないか」

「ああこれかい?これは歳時記といってね、俳句の季語を集めて分類し、季語ごとに解説と例句を加えた書なんだ。僕は歌を詠むのが好きでね、いつも題材を探しているのさ。今夜のこの光景を託すにはどの季語がいいか探していたところなんだよ」

「お前なりの歓迎というやつか」

「まあそうだね。あのあたりは僕が腕を奮った料理だから、美味しいと食べてくれるのは作り手の冥利につきるよ。それを一句にしたくてね」

「だからここから見ているのか」

「そうだね。ここからは月も宴もよく見えるだろう?暦の上では秋だ。それと搦めて17音に今の思いを託したいんだが、なかなかいい季語が浮かばなくてね。何気ない、ふとした瞬間に季節を感じるのが風流というものさ。......ふむ、長谷部はそういうことには残念ながらあまり興味はなさそうだね。貴殿は僕になにか用があるのか?」

「ああ、お前がこの本丸の初期刀であり、古参だとこんのすけに聞いた。この本丸の運営にもかかわっていると。だから聞きたい。なぜ主は3週間も俺達を顕現させなかった?」

「俺を、の間違いだと思うけど違うかい?」

「......」

「沈黙は肯定ととるよ。主の本丸の運営方針は聞いたと思うが、今の環境を整える上での最優先事項は刀剣男士の生存の数値だった。ゆえに初期刀である僕と御先祖である坂上田村麻呂ゆかりの名刀であるソハヤノツルキ以外はすべて生存のみで顕現する刀剣男士を決めたのさ」

「生存か......」

「そう。主は軽傷撤退と後追い厳禁を徹底している。いわば安定を信条としているんだ。今は刀剣男士の育成環境が整ったから、ようやく貴殿も含めて顕現させることにした。これからは生存と機動を任命の基準にすると聞いているよ」

「生存と機動か」

「ああ。顕現したばかりの貴殿に説明するなら、僕達打刀は短刀、脇差に比べると能力は高め、連撃が可能。太刀や大太刀のような派手な火力や攻撃範囲はないものの、目立った短所も少ないバランス型だ。だからなにかしらに特化した方が主も部隊の運用がしやすいだろうね。貴殿はいうまでもなく機動に特化している。打刀は夜戦でも制限を受けないからね、妨害工作と機動を駆使すれば誉も簡単にとれるだろう」

「1番隊に入ると早々に宣言した俺に忠告とは随分と余裕があるんだな、それが初期刀の余裕か」

「そうだね、そうだとも。僕は初期刀であり、主に一番信頼されているのはゆるぎようが無い事実だからな」

「......いうじゃないか」

「事実を事実として認識することは当然だろう?貴殿は1番隊に入る方法が知りたいんじゃないのか?」

「言われなくてもわかっている。物吉貞宗が1番隊長なのも、ソハヤノツルキが2番隊長なのも、主が命じられることを粛々とこなせば認めてくださる証だろう。なら答えはひとつだ」

「さすが、顕現してから数時間なのによく見ているね」

「当然だろう」

僕は笑った。長谷部はなぜ笑うのかわからないのか眉を寄せた。

「なにがおかしい?」

「いや、貴殿の態度が変わったのは僕が主を連れ出した時からだと思ってね。それまでは本丸の運営方針や今後の日程について淡々と聞いていただろう。いきなりギラつかせ始めた時には驚いた」

「......見ていたのか」

「聞き耳をたてていただろう、わかるさ」

長谷部はばつ悪そうに口を開いた。

「顕現出来るかさえ博打だと本霊から聞いていたからな。正直ハズレだと思った」

「3週間も待機させられたから」

「そうだ。すでに俺がいて連結なり習合なりされる運命だと思っていた。顕現すらされないだろうと諦めていた」

「そしたら顕現できた」

「正直驚いた。今回の主は新人だと聞いていたのに、たった3週間という短期間のうちに俺達を迎えいれるために本丸をここまで改修し、環境を整えていたからな。だが同時に落胆もした。それはつまり3週間前に顕現を許された24振りに俺は選ばれなかったってことでもあるからな」

「なるほど、だからこうして僕に話を聞きに来たのか」

「ああ、主の意図がよくわかった。感謝するぞ、歌仙兼定。主が今俺を顕現させたのは、その時が来たからだとよくわかったからな。4番隊とはいえ任命してくださったのは、俺を気にかけてくださっているからだ」

「そうだね、打刀で一番の機動をもつ君なら頭角を現すのも早いだろうという主の判断だ」

「ならば話がはやい。1番隊に入れば本殿側の部屋に変わる大義名分を得られるし、1番隊長になれば近侍として本殿で主の傍らに居ることもできるというわけだ」

「そうだね。うちの主は新たなエリアが開拓されるたびに部隊を再編するからな、それまでに腕を磨いておけば好機も見えるだろう。貴殿はいい月日の下に生まれたな、と言わなければならないね」

「どういう意味だ?」

「貴殿は本は読むかい?」

「まあ、たしなむ程度には」

「なら、一の読者に千度読まれるのと何十もの読者に一度望まれる読まれるのと、いったい、いずれをお望みかな?」

「そんなもの、十万の読者に千度読まれる方がいいに決まってる」

「主はね、そういう意欲があるやつが大好きなんだよ。昔から。......かつての僕がそうだったようにね」

「どういう意味だ」

「さて、どういう意味だろうね。期待の新人に1から100まで教えてやるほど僕は優しくはない。主の寵愛を渡す気はないよ。たかだか3週間待たされた程度で諦めるやつに主の1番はやらない」

目を見開く長谷部を意味深に見つめ返した僕はそのままこの場をあとにしたのだった。これ以上話していると余計なことまで口走りそうになったからだ。


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