納涼の納はおさめ入れる、とりこむという意味があり、文字通り涼しさをとりこむこと。暑さを避けて、涼しさを堪能することだ。
夕方の涼しい風を利用して、暑さをしのぐ夕涼みと同じように、毎年各地で開催される納涼祭も涼むことが目的の祭だ。暑さをしのぐために水辺で行われる納涼花火大会も、納涼のためのイベントとして多くの人に楽しまれている納涼祭のひとつ。納涼祭で定番の様々な屋台の賑わいもまた夏の暑さを忘れさせてくれるし、かき氷も涼しさを演出してくれるだろう。
涼しさの演出といえば、納涼祭には浴衣が欠かせない。浴衣は、子どもから大人まで、性別に関係なく楽しめることも大きな魅力だ。浴衣姿で納涼祭に繰り出し、屋台で定番の焼きとうもろこしやかき氷を食べれば、日本ならではの夏の風物詩を満喫することができる。
とある時代の江戸の下町にて、僕達はそんな納涼祭の準備やら前夜祭やらでごったがえしている通りをさけ、歴史修正主義者たちが目撃されている裏通りに転移した。
納涼祭と夏祭りの違いは、夏祭りには神社やお寺のお祭りも含まれてしまうことだろう。神社やお寺が夏に行うお祭りは、その目的が納涼ではない。
おまつりしている神様や仏様を慰めたり、あるいはお盆にあわせてご先祖様を供養したり。そして神様・仏様などに加護を願うのが、神社・お寺での祭りの目的と言える。
そのためよりわかりやすくするために、納涼がメインの場合は納涼祭とするほうが親切と言えるだろう。
納涼祭は夏の暑さを和らげる目的があるので、必然的に暑い時期に開催となる。
おそらく今の下町は7月から8月のお盆の時期にかけてのある日になるんだろう。お盆を過ぎると暦の上では秋となるため、暑くても納涼祭という表現は使われない傾向があるのだ。
開催時間に関しては、暑さのピークを避けた夕方から夜にかけてが一般的。これは気温がやや下がって過ごしやすくなり、より涼みやすくなるから。
この下町もその慣例に従っているようで、賑わいに吸い寄せられた人々のせいで静寂があたりに満ちている薄暗い下町の町屋通りを僕達は進んでいった。
「みなさんはボクがお守りいたします!いきましょう、勝利を掴むために!」
物吉貞宗の号令に僕達はうなずいた。僕達刀剣男士は歴史に干渉する時間を極力ちいさくしなければならない、と出陣前に主に必ずいわれるのだ。新任隊長の物吉貞宗はたしかにそうだとうなずいている。だから僕達にも移動しながら告げてくる。
もちろんあるが、長居をしすぎると歴史に干渉してくる者を刀剣男士だろうが歴史修正主義者だろうが抹殺しようとしてくるやつと遭遇する羽目になる。だから僕は賛成だ。
今の本丸は主の方針により強さを求めて出陣する時はなにがあろうと絶対に深追いしないことになっている。だから主と僕以外に検非違使という第三勢力がいることを誰も知らないのだ。
すべてのエリアに検非違使が出現していないから、まだ僕達の本丸は検非違使たちに補足されていないはずだ。
そこまで考えて、僕は先延ばしになっている池田屋の最終局面を思い出すのだ。
あれが僕にとって初めての検非違使との邂逅であり、2振り目の僕が今回のような特別任務がない限りなかなか出陣させてもらえなかった理由を知った日でもあった。
主からしたら気が気じゃなかっただろう。重症を隠して中傷だと言い張り出陣した僕が破壊されてお守りの効果で蘇生した。そのまま歴史修正主義者の最後の一人を屠ったと思ったら、検非違使がいきなり出現したのだ。お守りがない僕はあの時検非違使に攻撃されていたら今度こそ死んでいたに違いなかった。
歴史を守るためにこれから起こることをがなにか知っていながら歴史修正主義者の襲撃を阻止するということは人が死ぬ、未来の為に眼前の人名が失われるのを見捨てるといえる。歴史を守るというのはそういうことだ。だがそれを当然と思ってはならない。その胸の痛みが眼前の狩人との最大の差であるのだから。そう自覚したのだ。
そもそも歴史を改変したところで検非違使はその特異点となったものを破壊し尽くす。そこにはなにも残らない。生き残った人間も殺される。庇うなら追いかけまわしてくる検非違使から逃げ続ける覚悟がなければ歴史修正主義者に身を落としても結末は同じだと僕は知らされたのだ。
それが一番隊長になるってことだと知った。物吉貞宗もいつか知ることになるだろう。それを支えてやれたらいいなと思うのだ。
「みなさん、尖兵から連絡が入りました。歴史修正主義者の軍が12時の方向に確認できたそうです。向かいましょう」
僕達は闇を駈けた。そして禍々しい氣を纏う異形と相対することになる。
「雅を解さぬ罰だ」
首をはねた歴史修正主義者の顔を僕は一眼見たきりだった。僕の前にはやつが落した槍が一つ光っている。僕はそれを蹴り飛ばした。そして宙に飛んだそれを両断する。
気のせいかもしれないが、歴史修正主義者は僕達のように武器が本体じゃないかと前から疑っているからだ。こいつを破壊しないとまた湧き出してくる気がしてならない。やつらは数は力の暴力で歴史改変を行っているのだから。
一層あたりがしんとしてしまった。ああ、何と云う静かさだろう。この陰の空には、小鳥一羽さえずりすらない。ただ寂しい月影がただよっている。それも次第に薄れて来る。深い静かさに包まれている。
その時誰か忍び足で僕の側へ来たものがある。僕はそちらを見ようとしたが、そいつのまわりには、いつかみた薄闇が立ちこめている。
そいつの見えない手に煌めくものをみた僕はかわそうとした。だが、それごと真っ二つにされてしまう。それどころか周りにいた短刀をもった歴史修正主義者たちまで粉砕されてしまった。
「アタシが暴れりゃ、嵐みたいなもんさ!あんたばっかにいい顔させらんないからね、あっはっは!」
次郎太刀だった。
ずばっと片手なぐりに、肋骨を斬り下げられて、 真ッ赤なものを吐く爬虫類みたいに、手も足も縮め込んで転がっていく。どぼうんと一体が川にド派手な飛沫をあげながら落ちた。激流は歴史修正主義者の血あぶらと、背中だけを見せた丸っこい死骸とを一瞬のまに流して行った。
「ボクも、ボクだって、やっちゃいますよー!!」
焚き付けられたのか、新任隊長の意地なのか、物吉貞宗も果敢に敵に挑みかかった。本体の脇差が敵の身に食い入み、まりをたたくような、まるくこもった音が立つ。それも突きおわりさえすれば、それでもう万事が終わってしまう。突き通した脇差のきっさきが、はいる手答えと物吉貞宗が笑ったのは同時だった。
断末魔の身もだえと脇差を押しもどす勢いであふれて来る血のにおいがあたりにあふれる。
「そこだね、あとは僕がやる」
トドメをさしたのは小夜だった。首すじの頸動脈を狙って閃光が走ったのだ。
「ありがとうございます、小夜さん」
「うん......。さあ、次は誰を殺せばいいの?」
「焦らずに見定めなさい、ここの敵はこれで終わりです」
2人がふり顧かえった真向かいに颯然と、蛍を砕いたような光が飛んだ。あッと物吉貞宗がいった時には、残党はひれ伏していた。
「トドメはちゃんとしねーとな!歌仙みてーにさ!」
それが厚藤四郎の本体である短刀だと誰もがわかった時には終わっていた。
「ありがとうございます、僕としたことが」
「いいんだよ、いいんだよ、気にすんな。おかげでいいとこもっていけたしなー!」
「よーし祝杯だー!」
「おめでとうございます、次郎太刀さん。主様にはしっかり報告させていただきますね!祝杯には花火がつきものです。探しましょうか」
「そうだねえ〜、花火見ながら一杯ってのも乙なもんだ。よし、探そう」
「花火玉は重さがある。兵士たちに輸送は任せるとしてだ。物吉貞宗、ちょっといいかい?」
「じゃあアタシらで花火探しとくよ〜。前田、小夜、厚藤ついといでー」
「あ、はい!わかりました」
「うん......」
物吉貞宗が僕のところにやってくる。
「なんですか、歌仙さん」
「やつらの刀をみてくれ。どうだい?使い物になりそうなやつはあるか?」
「ううん......ダメですね、あれは穢れが酷すぎる。あ、こっちはボロボロすぎて原型が......」
「そうだね。たまに使い物になりそうな刀があったら持ち帰って、主に見せるといい。穢れを払い、鍛錬し直せば顕現できるやつがいるかもしれないからね」
「あ、そっか!隊長のみなさんがやっているのはこれだったんですね!わかりました、やってみます!」
「今回は僕も鑑定をてつだってあげるからやってみようか」
「はい!」
物吉貞宗が敵の刀を探し始める。僕はそれを待つことにしたのだった。