2週目歌仙
それは増築中の刀剣男士の部屋に続く階段がある廊下と厨房が併設された食堂くらいある居間のちょうど突き当たりにある居間のような空間にあった。

「こちらにいらっしゃるようですね」

こんのすけが座り込む。

「おや、いつのまに」

「こちらは主さまがおうちから持ち込まれた古書を所蔵する場所であると聞いております。お爺様が亡くなられたときにご親戚の方が相続したはいいのですが、さきの災害で保管場所を確保できないとかで。生活をたてなおすにしても避難所生活が基盤の間は難しいのでしょう」

「ああ、なるほど。丸ごと引き取ったんだね。相続した遺品はすでに骨董関係なら名品がすでに本丸の至る所においてあるから知っていたが、そうか、古書まで」

「そうですね。多趣味な方だったのでしょう。貴重なものは寄付されたそうですから、こちらにあるものはどなたでも読んでいいそうですよ」

「なるほどね、わかったよ。ありがとう。だいぶ出来ているから整理をしているのかもしれないな」

「太郎太刀さまでしたら、高いところまで手がとどきますし」

「代わりによく頭をぶつけているがね。ありがとう、こんのすけ。仕事中に声をかけてしまって」

「いえ、かまいません。それでは失礼いたします」

こんのすけを見送り、僕は真新しい木の扉を開いた。太陽の日がささないように本棚が配置されているあたり、設計者は本が好きな人間なのだろうと思う。

こちらからの四角い木漏れ日が揺れるたび本棚や掛け時計の一部がチラッと光って消えた。かわいげのある大人のへや、という感じだった。濃い色のじゅうたん。本棚にぎっしり詰まった洋書やら古書やら。古い揺りいす、皮張りのテーブル、放置された梱包を解いたばかりの本の山。

それなりにスペースはあるはずだが所蔵する本が多すぎるようで、狭い部屋を機能的に使おうとする工夫があちこちで見られる。あるべきところに収まるといった格好で、備え付けの家具のように見事に配置されている。

本棚だけは、さすがに人物が感じられた。山積みの古い洋書、絵本、写真集……ディケンズ、ヘンリー・ミラー……カミュ、三島由紀夫……古い文庫本、ファッション誌、漫画雑誌。 モザイクみたいに積んであった。

やはりここだ。霊力がここだけ特に満ち満ちている。僕が中に入ると明かりがつく仕様だったようで、本棚の陰、揺れるカーテン、テーブルの脚のところ。そういうささやかな 暗闇が、現実から少しずつずれていた。

「主、太郎太刀、いるかい?」

入ってみるまでもなく2人の気配はあった。

「よお、歌仙。おかえり」

「ただいま、主」

「遠征どうだった?」

「はは、楽しい旅だったよ」

本をしまい終えた主が脚立から降りるところだった。

「今回の戦果品はどうする?」

「あー、そこのテーブルにおいといてくれ。あとで執務室に持って帰る」

「おや、もうそんな時間でしたか」

「戦果報告は......まあ後にしようか。それどころじゃなさそうだからね。主も太郎太刀も執務室にいないから驚いたよ。これから本丸は広くなるんだから、どこかしらに行先書いてもらわないと困る」

「ああ、ごめんごめん。気をつける。そうか、もう2時間半たっちまったんだな?それまでに終える予定だったんだけど」

「すごい本だね」

「爺さんの遺品なんだけどさ、まさかここまであるとは思わなかった。いや聞いてた数より増えてんだよ。だからたぶん親戚のやつも混じってやがる。まあ、新しい家建てたら引取りに来てくれるだろうけどな」

「手伝おうか?」

「そりゃ有難いが、どうする?今から準備すれば15時からの演武に間に合うが」

「あれはいつでも出来るじゃないか、そこまで焦る必要はないよ。それよりこれをそのままにする方が雅じゃないね」

「あー、たしかに」

「みんな呼んでこようか?治療してる隊長待って暇してる子もいるよ」

「そうだな、このままじゃ夕飯前に終わらないかもしれない。悪いけど呼んできてくれるか?」

「わかった」

僕はいちど書庫を後にしたのだった。






本丸内を組まなくまわり、しばらくしたらみんな来ると主に伝えるため書庫前に戻ってきた。どうやら太郎太刀は今日の演武で極の自分と戦い、なにやら思うことがあったようで相談していた。

「真柄直隆か......たぶん太郎太刀の本霊は草薙の剣を祀っている名古屋市にある熱田神宮にある太郎太刀なんだろうな。太郎太刀って全国に同じ名前の刀があるからどこの刀だろうと思ってたら。そうか、真柄か」

「主、知っているのですか?」

「そりゃもちろん。俺の故郷越前を治めてた朝倉家に仕えてた武将の愛用していた刀だからな」

「ほう......しかし、主の故郷は名古屋ではなかったのでは?」

「死んだ時に戦利品として持ち帰られちまったからな、よくあるパターンだよ。しかものちの徳川家康だぜ」

「なるほど。私は真柄直隆という名前しかしらないのですが」

「まあ、家臣団に取り込まれるまでは朝倉家と距離をとってたあくまでも剣客だったって話だし、それより前の話はわからないらしいな。弟の方かもしれないし、そもそも弟もいないかもしれない。でも、俺は真柄直隆は実在したって思ってるよ」

たしかこの辺に、と主は本をさしだした。

彼自身は、徳川家の匂坂三兄弟らとの激戦の末に力尽き「今はこれまでなり、我が首を取って男子の本懐とせよ」と言って太郎太刀を投げ捨て自ら首をとられたと言う。そして太郎太刀は戦利品として徳川に回収され現在は愛知県の熱田神宮に所蔵されていると主は話した。

「話によって討ち取った武将だったり太郎太刀の長さが違ったりするがそれも歴史ってやつだと俺は思ってる。太郎太刀が嫌じゃなけりゃ読んでみるといい。いつかお前も極の旅に出るんだろうしな、越前の国を楽しんでこいよ」

「なるほど、主の故郷は越前の国だったのですね。ならば出陣できるエリアにあるのですから、話してくださればよかったのに」

「越前て言われてるが主な舞台は謙信がいる越後の方だしな。ついでに一向一揆が主戦場じゃねーか。越前は通り過ぎるだけだ」

「ああ、言われてみればそうでしたね。あなたの御先祖は毘沙門天を信仰していたといいますから、謙信となにか関係があるのかとばかり」

「うちにそういう話はつたわってねえからなあ。ただ坂上田村麻呂は毘沙門天の化身だって謙信の時代にはいわれてたみたいだからさ。毘沙門天の生まれ変わりって信じてた謙信からすれば、なにかしら思うことはあったかもしれないな。熱心な信者だったみたいだし」

「なるほど......うちの本丸にはまだ謙信縁の刀剣男士はいませんから、話を聞いたらどう思うから楽しみですね」

「そうだな。たしか極になるには、今度の池田屋......」

僕はたまらず扉をあけた。

「もうすぐみんなが来るから指示を頼むよ、主」

「お、おう、わかった。ありがとう、歌仙」

「歌仙、いつからいたのです?入ってきたらよかったでしょうに」

「君が主に相談なんて珍しいから待っててあげただけさ」

「それならもう少し待てたのでは?」

「そこのバカが余計なこといおうとしたからついね」

「え、なんで俺貶されてんの?」

「僕は遠征から帰ってきたんだから、もう近衛は交代のはずだ。お疲れ様」

「そうですね、ありがとうございます」

「歌仙?」

「きみのそういうところはあんまり好きじゃないよ、僕は」


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