2週目歌仙2
名刹、あるいは古刹。それは有名な由緒あるお寺や歴史があり古いお寺をいいう。それではなぜ「刹」の字がお寺の事をさすのか。それは刹には二つの意味があるからだ。

一つめはサンスクリット語に漢字をあてたときに刹多羅(せつたら)や差多羅(さたら)と表記される土・地・田・国・国土などと意訳される言葉があった。
それが転じて神聖な土地・聖地や仏が現れて衆生を教化する世界つまり仏国土をも意味する語となった。

二つめの意味は、柱・竿などと意訳されるサンスクリット語が由来といわれている。仏教が生まれた古代インドや西域ではお寺の堂塔の前に柱や竿を建て、先端に宝珠・火焔の目印をつけてお寺の標識としたり、僧侶が修行の末、一法を得た時、柱の先端に旗を付けてお寺の周辺や遠方の人に知らせたそうで、そうしたことからこの語が、やがて寺院を意味するようになったらしい。

それは主が教えてくれたことだった。

霊力を高めるために、主の故郷にある老木立ちならぶ古刹をなるべく再現した本丸を運営しているそうだ。お寺の生まれや世話役ではないが、先祖を辿るとその古刹を建立した平安初期の武人に行きあたるらしい。

今回の本丸もまた本堂・三重塔をはじめ、重文の仏像など数多くの寺宝を擁する古刹を忠実に再現した風景が広がっていた。

まるで幾多の年月が残された大きな建物が本来朱彩に覆われていたことなど忘れさせてしまうほど、周りの環境に溶け込んだ美しさを醸し出している。

時の流れは、大きな伽藍を覆うまでに巨木を繁らせ、清閑な空気が凛と張り詰めた頂点に、現在も本堂と三重塔が寺域を見渡すようにそびえている。

桧皮を葺いた落ち着いた傾斜の屋根をのせた純粋な和様建築で、中世密教寺院の本堂として典型的な五間堂の姿がみえた。上層へ行くにしたがって寸法を減らす均衡のとれた構成が優美な姿を造り出し、純和様の三重塔としてより整った美しい姿で僕を迎えてくれた。

今、僕、いや僕たちは初陣の帰りだった。

「きれい、だね」

「そうだね、この本丸は夕暮れ時が特に綺麗なんだ。これから毎日見ることになるだろう」

隣を歩く小夜左文字は僕に遅れないように着いてきていた。

「これ......いらなかったね。僕より、もっと渡すべき相手がいるんじゃないかな」

「そうはいうけれどね、僕も渡されたんだ。きみ以外にはいないよ」

「うーん......」

納得いかない顔をしながら、幸いにも今回出番がなかった極のお守りを見つめているのは小夜左文字。主が新たな本丸で初めて鍛刀した短刀だ。主は前の僕が破壊されてからというもの、お守りを持たない刀剣男士が本丸の外に出るのは許さなかった。記憶に違わぬ過保護ぶりに懐かしさがこみあげてきて涙がでそうになる。

「おかえりなさいませ、歌仙兼定さま、小夜左文字さま!審神者様が本殿でお待ちです!手当をいたしましょう!」

石段をかけ降りてきたこんのすけが僕たちの足元をくるくると回りながら促してくる。忙しない狐だ。審神者経験がある人間が新人として新たに本丸を開くということは、時の政府が今1番力を入れている事業展開だ。そのためか、前の本丸より支援が煩わしいくらいに手厚い。

「休まなくても良いんだけどね」

「戦支度を解いてくるよ」

「なりませんっ!審神者さまが軽傷の方も本丸から出ることは禁じると仰せです!!本日はまだまだやることが沢山あるのですからはやくしてくださいまし!!」

はやく主とゆっくり話がしたかったのだが、こんのすけはずっとこの調子でそれはもう張り切っている。本殿に到着すれば、主は主でブランクを取り戻すべく熱心にこんのすけの話を聞いているものだから、話に割って入ることができなかった。

顕現した僕は解刀してからの月日で刀剣男士としてや本丸の運営についてなにか変化はないか注意深く聞いていたが特段気になる変化はなかった。

初めての手当をこなす主の近衛をしながら見守っていたが、やはり主は動揺を隠しきれていない。それはそうだろう、なんと今回もまた初めての短刀は小夜左文字だったのだから。なにも知らない本人は不思議そうな顔をしているが。

あの時は主は驚いていたし、僕も驚いた。僕が顕現したとき、かつて色々教えてくれたのは前の本丸で1番の古参となっていた小夜左文字だったからだ。

「盲亀の浮木、優曇華の花待ちたること如し……僕は小夜左文字。
あなたは……誰かに復讐を望むのか……?」

顕現したときの第一声がこれだったから、残念ながら僕と同じく刀解を選んだ彼とは別の分霊のようだけれど。

今回はこんのすけが手伝い札で霊力の手助けをしてくれたから直ぐに終わったが、今度からはこうもいかないだろう。

「ええと、次からは怪我をしたら本丸から出られないってこと?」

「主の方針だからね、不用意な怪我や後追いは止めておこうか」

「うん......」

「小夜、わざと重症を負って極のお守りを発動させるのだけは、悪いこと言わないからやめておいた方がいい。内番ばかりさせられるからね」

「......僕が顕現する前に、やったの?」

さすがに無茶が過ぎるのではないかと言われている気がして、僕は苦笑した。

「ちがうよ。さすがに僕一人の時じゃないさ。ただ、あの時は仕方なかったといっても聞いてくれる人じゃないのはたしかだからね」

遠い目をする僕に小夜は瞬き数回、うなずいたのだった。

「それに、主は生活を立て直したばかりだ。お金をあまり使わせるのはよくない」

「生活......こんのすけがいってた、故郷の?」

「僕も詳しくは知らないけれど、審神者として復帰するまでに4年も要しているんだ。それだけ前途多難だったんだろうね」

「飢えは......嫌だもんね」

「そうだね、嫌なものだ」

小夜はかつて民を守るために主から売られたことがあると聞いたことがある。主について事情を話してやるとなにか琴線に触れることがあったようで表情がやわらいだ。

「歌仙さま、審神者さまがお呼びです。近衛として手伝っていただきたいことがあるとか」

「わかった」

「小夜さまは私に付いてきてください。本殿は広いですから、迷子にならないようご案内いたしますね」

「うん」

僕たちはこうして別れたのだった。

そういえば、本殿入口に山積みになっている刀剣が入っていそうな木箱はいったい何だったんだろうか。










主の先祖が建立した古刹は、かつて勝祈願の寺院として武家との関わりが深かった。その影響なのか、それをもしてつくられた本堂は屋根の勾配のきつさや柱の間隔の幅広さなど豪快な印象を受ける。

僕は前の本丸の記憶を辿りながら主の部屋に向かった。古刹を再現している都合上、本殿の内部構造は変わらないはずで、こんのすけが私より詳しいでは無いですかとがっかりするくらいには勝手知ったる我が家だ。今の本丸は主がいる。ただそれだけで本殿内部は威厳と荘厳さ、そして静寂を思い出すくらいには霊力に満ちていた。

それは主の4年にも及ぶ苦難の果てに獲得したものなのか、時の政府の支援により霊力の負担が軽減され、本丸により効率的に霊力が行き渡るようになったのかは判断がつかなかった。

わかるのは結界越しでもわかる霊力の強さがこの部屋が主の部屋だという証くらいなものだ。僕は正座して声をかける。襖は正座を前提に開くようつくられているから、こうでもしないと上手く開けられないのだ。

「主、こんのすけに呼ばれて来たのだけれど。近衛として手伝って欲しいことがあるそうだね。開けてもらえるかい」

「わかった。入ってくれ」

主が開けてくれて初めて僕たち刀剣男士はこの領域に入ることが許される。

「まあ座れよ」

座布団が用意してある。

「なんだ、用って話かい?ちょうどよかった。僕もきみとゆっくり話がしたいところだったんだよ。それならお茶でも持って来た方がよかったかな?」

「それならいらん、もう準備してあるからな」

「そうかい?準備がいいね」

「審神者に復帰するにあたって猛勉強したからな、任せろよ」

「それは心強いな」

主がお茶と和菓子を出してくれた。僕の好みだ。僕に記憶がなかったなら、勘違いしてしまいそうになるだろう。主に合わせてお茶を飲みながら和菓子をつまんだ僕はしばらくして口を開くであろう主を待った。

「さっきのことなんだが」

「うん」

「長旅がうんぬんってのは、やっぱりあれか?お前、俺の前の本丸にいた歌仙なのか?」

「そうだよ、その通りさ。どっちかというと、4年間ずっときみの留守を守っていた方の歌仙兼定だよ」

「やっぱりそうなのか!?でも、でもなあ、嬉しいけどなあ、そんなことありえるのか!?だってお前、お前、刀解されたって話だし、俺が新しくもらった刀から顕現した歌仙だし......」

「僕だって驚いているよ。分霊としての実体を失って、本霊のところに戻って、そしたら本霊から君のことを聞いて、僕に気を回してくれたってわけさ」

「まじか......まじかあ......そんな事あるんだなあ......」

「ふふふ、いったじゃないか、主。僕は君の話が聞きたいって。4年間も時の政府とすら連絡が取れなくなるなんて、一体きみになにがあったんだい?」

「そうだな、そのせいで本丸は解体されちまったし、みんなバラバラになっちまった。お前は知る権利があるよ」

「他の本丸で元気にしてる子もいるって聞いたことあるけどね。会いたいかい?」

「いや......んなこといえるわけねえだろ。新しい主との関係を優先すべきだし、刀解したやつらにだって申し訳がたたねえしな。歌仙と会えたのだって奇跡みたいなもんなんだから」

そういって主は窓の外を見た。夕暮れの五重塔が美しく輝いている。

「もう無くなっちまったけど、俺はみんなとこの景色がもう一度見たくて頑張ってたとこあるんだぜ」

「気持ちはわかるよ、この景色が1番綺麗だと教えてくれたのは主じゃないか」

「それもある。だが、今となっちゃこの景色は本丸でしか拝めなくなっちまった」

「それは......どういう意味だい?もう無い?それとも帰れない?」

「もう無い、の方だ。寺には毘沙門天が祀られてるって話はしたことあるよな?もともと御先祖さんが討伐した蝦夷を弔うために建てた寺だが、いつしか必勝祈願の寺になっちまったとこあるって」

「そうだね」

「あの日、俺はそういう気持ちでお参りにいったんだよ」

「歴史修正主義者の弔いと必勝祈願?」

「まあそんなとこだな。そんで、俺は生き残れたとこがある。正しい情報なんてものは真っ先に死んでいくから今でもなにがあったのかはよくわかんねーけどな、とりあえずわかるのは一瞬にして故郷が消し飛んだってことだけだ。龍脈が活性化したって話もあるし、どっかの国が戦争始めたって話もあった。結局のところよくわからないまま我武者羅に生きてきたら、どうにかこうにか生活がたてなおせるとこまで来た」

「主もよくわからないんだね」

「そうなんだよ......なんとなく、でかい爆発があって、龍脈が活性化して、富士山あたりが激しい大爆発起こして、大惨事になったまではわかった。火山灰ってのは厄介だな、空を覆ったせいで電子端末が全部おじゃんだ。結局、今も故郷は灰色の世界のままだし、生き残れた人たちが国の中枢を故郷の近くに移してくれたおかげでようやく連絡が取れた有様だ」

「そうか......そうだったんだね。自然の前にはいつだって無力なものだよ。でも、よかった。それでも良かったよ、主がそんなことに巻き込まれてもなお生きていてくれて本当によかった」

「出来ることならもっと早く帰って来たかったんだけどな......ほんとにごめんな歌仙」

「いいんだよ、気にしないでくれ。付喪神の、しかも分霊である僕たちとは違って、きみはただの人間じゃないか。死んだら終わりだ。生きていてくれて、しかもまた戻ってきてくれたじゃないか。ほんとうに、ほんとうにありがとう」

「礼をいうのはこっちの方だぜ。また帰ってくるって約束、前の本丸が解体される前に果たせなくてほんとに悪かった。恨まれても仕方ないと思ってた」

「でも君はまた初期刀に歌仙兼定を選んだ」

「そうだな、3振り目の歌仙兼定だ。あん時みたいに最初から話す気だったさ」

「おかげでまた僕はきみと会えたんだ、こんなに嬉しいことは無いよ。ありがとう」

僕たちは泣きそうになりながら笑った。

主が泣いたところを見たのは、僕が池田屋のボス戦で極のお守りをわざと発動させるために重症を負って以来だなとふと思ったのだった。

ごしごし乱暴に目を擦った主は、ふいに立ち上がると奥の書斎スペースからなにやら一冊の本を僕にさしだしてきた。

「これは?」

「すっかり遅くなっちまったけどお土産だ、お土産」

「ふふ、4年も前だとお菓子は腐ってしまっているね」

「どっからどう見ても本だろうが、馬鹿たれ。でだ、歌ってのはサッパリわからねえけど、こういうのは時代時代によって変わるっていってただろ?ネットと本だとやっぱ本のがいいって。俺の時代の歳時記はこんな感じだってお前に見せたかったんだよ」

「歳時記!?きみの時代の歳時記だって!?覚えていてくれたのか!」

僕は慌てて受け取り後ろを確認した。

「しかも初版本じゃないかッ!そんな災禍に見舞われたなら、どれだけ苦労したんだい、きみ!!」

「あん時はまさかこんなことになるとは思わなかったんだよ......」

「よかった、きみの初期刀になれて良かった。もし3振り目の僕にこの本が渡っていたらどうにかなりそうだったよ」

「どうにかってなんだよ」

「分霊はいつしか本霊に帰るんだ。3振り目が終わりを迎えて本霊に帰ってきたら嫌でもわかるさ」

「げ、マジかよ」

「まあ僕は本霊に帰る前だったから、1振り目の僕の記憶はないけどね。だから安心してくれ」

「全然安心出来ねえんだが?」

僕は歳時記を大切にかかえたまま笑ったのだった。


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