イルミネーションと遊作
デンシティのネオンが夜空にキラキラと輝く。澄んだ星空の一端が歓楽街の明かりのせいで火事のように明るい。月のせいか盛り場の明かりが映っているのか、夜空が薄白く、長細い店の看板を照らす鈍い門灯の光が、夜が街のネオンをいつもより冷たく浮かび上がらせ妙に暖かだ。遥か向こうの港を隔てて山腹に銅色の光が塊り、その下に石油タンクの赤い灯が点っている。提灯の明かりが薄明の中で光は散らず杏色に靄る。車のフォグランプがオレンジ色の丸い光の輪を滲ませている。花火のような色さまざまなイルミネーションがぱちぱちと輝く。海浜公園をスタート地点に設置されたイルミネーションは、年を追うごとに派手さをましていた。

「わーすごい!ドミノ市より規模が大きいですね、すごいなあ!」

スマホで動画や写真を撮りまくりながら、和波の弾んだ声がよく響く。
ネオンがまるで巨大な宝石のようだ。街には原色のネオンが氾濫し煌々と輝く。赤い夕日の残りのようなネオンに、窓に流れ込むネオンの余光が部屋の中を赤く青く交互に染める。ネオンの人工的な光がテラスからの白い細片は夜の中に吸い込まれるように散り、黒ずんでいく黄昏がネオンの光を急速に強めていく。

「そんなに急がなくてもイルミネーションは逃げたりしないぞ、和波」

「だってすごいですよ、これ!」

白い息を吐き出しながら和波ははしゃいでいる。遊作は呆れ顔で持っててくれと頼まれた缶コーヒーで暖を取る。

家族連れや恋人、もしくは夫婦がちらほら見える。男子高校生のバカ騒ぎもたまに見える。きっと和波と遊作も同じように見えているはずだ、遊作はため息をついた。

木立の中のオレンジ色の灯かりが、人のはく息の湿り気がゆらめき上がっているように滲む。灯が濡れるように美しい。蒸し暑い夜気にネオンの極色彩がうるさい。池の水面にイルミネーションを夢のように映す。ネオンが、河にかかった仕掛け花火のように大きく美しく輝く。多彩なネオンの縞が輝く夜。クリスマスみたいなイルミネーションがところどころ字の抜けたネオンがある。

あいにくの天気でなかなか行けず、アルバイトの帰りにようやく恵まれた天気ということで和波に引き摺られるようにしてつれてこられた遊作である。ぼんやり上を見ている男もたまにみかける。彼女か奥さん、子供のテンションについて行けないようだ。心の底から同意する。


おびただしいネオン・サインが、紺飛白のように、暗い空に光っていて、空気は澄すみきって、まるで水のように通りや店の中を流れた。街燈はみなまっ青なもみや楢の枝で包つつまれ、電気会社の前の六本のプラタナスの木などは、中にたくさんの豆電燈がついて、ほんとうにそこらは人魚の都のように見えた。近くのビルの明滅するネオンサインの赤い光を受けて、堀木の顔は、鬼刑事の如く威厳ありげに見える。薄明るい外光に電燈の光のまじった中、屋内から外に洩れる明かりがホテルの窓からは隣りのビルのネオン・サインと見えた。その緑の人工的な光の中を無数の雨の線がに向けて走っていた。窓際に立って下を見下ろすと、雨の線は地表の一点に向けて降り注いでいるように見えた。

「この先がメインらしいですよ、藤木くん!」

はやくはやくと急かす和波につられて早足になる。強いライトで照らされた巨大な看板が、濡れた地面に反射して幻想的に揺れている。広告イルミネーションの気ぜわしい明滅。デンシティの中央部から下町へかけての一面の灯火の海が窓から見下ろせる。浪のように起伏する灯の粒々つぶつぶやネオンの瞬きは、いま揺り覚まされた眼のように新鮮で活気を帯びていた。

「転ぶなよ」

「転びませんよ、子供じゃないんだから!」

「はしゃぎすぎだ」

「テンション上がらない藤木くんがおかしいんですよ」

「おい」

えへへ、と笑う和波が影になる。瞬き盛りのネオンは四方から咲き下す崖がけの花畑のようだ。都会の夜街の華々しさは光の反射面のようで、特に歓楽の激しい地域を指示するように所々に群がるネオンサインが光のなかへ更に強い光の輪郭を重ねている。

「うわあっ」

思わずそちらを見れば、案の定足元がお留守だった和波が転んでいた。スマホが転がってくる。遊作はそれを拾い上げた。

「だから言っただろ」

「うう、痛い」

寒さが堪えるのか和波は涙目だ。

「仕方ないな、ほら」

「ありがとうございます......」

少しテンションが下がった和波とは対照的に色の光りのレースを冠かぶせたようなネオンの明りはだんだん華やいで来た。電車線路の近くは、表町通りの熾烈なネオンの光りを受け、まるで火事の余焔を浴びているようである。幾つもの電燈が雨のように浴びせかける絢爛さは、周囲の何者にも奪われることなく、ほしいままにも美しい眺めが照らし出されている。ライブビューイングのイルミネーションが始まったのか、光りの空、息苦しい光彩の波の中に、人はひしめきあっていた。

「み、見えない」

「次のを待つか」

「30分待ちですね、どこかで時間潰します?」

「いや、場所取りがいるだろ」

「そっか」

「ほら」

「ああもうぬるくなってる!」

「あのまま持ってたらコーヒーまみれだったぞ、和波」

「そうですね、あはは......温まらないよお」

「だから動画で見ればいいっていったんだ」

「またそんなこといいますか!こういうのは見にいくから価値があるんですよ、藤木くん!」

ちょっと元気を取り戻した和波に、遊作は小さく笑った。


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