道順とヴレインズ夢主
道順が和波誠也と出会ったのは数日前だ。二年間意識不明だったSOLテクノロジー社の技術者が目を覚まし、悪質なハッカー集団グレイ・コードの起こしたサイバー犯罪について証言を得られることになったのだ。調査は和波早苗研究員が入院している大学病院で行われ、そこにいたのが主治医と共にいた付き添いの和波誠也だったのである。海馬コーポレーション重役の両親は海の向こうに住んでおりこちらには来られないとのことだった。そちらへの調査はあちらの国に任せているから道順にできるのは彼女から重要な証言を得ることだけだった。

彼女は強い女だった。リンクヴレインズb版被験者を守るだけでなく、SOLテクノロジー社を守るためにたった一人戦い続けていたらしい。提供された証言も証拠も重要なものばかりであり、道順は感心するばかりだった。

ありがとうございました、と頭を下げた和波誠也もまたフェッチ事件被害者だと知った道順は個人的に連絡を取るようになっていた。

あの日、道順の片腕と母親の意識を奪ったあの事故がハッキングによるものであり、ロスト事件やフェッチ事件関係者の口封じを狙ったものではないかというたしかな筋の情報を得ていたからだった。フェッチ事件唯一の生還者である和波誠也は道順にとって大切な証言者だったのである。

「いつも悪いな、和波くん」

「いえ、気にしないでください。お姉ちゃんにお願いされてたから楽しみにしてたんです!ありがとうございます!」

甘いものが大好きな和波姉弟は、よく姉のためにといいながら弟が食べたいものを差し入れる日々のようで、道順が話を聞くために訪れたのもまた評判のいいケーキ屋だった。いつもコーヒーだけの道順に和波は申し訳なさそうだったが、道順からすればつらい5年間の記憶を喋らせているのだ。協力してくれるだけありがたかった。

手帳が何枚も埋まるほど詳細なのはこの5年間、何度も何度もいろんな人に喋ってきたからに違いない。強い子だと思う。グレイ・コードの関連から調べ上げたロスト事件被害者には未だに社会復帰が望めない人間もいるという話をなのに。

ケーキをほうばる姿は甘いもの好きな高校生、にしては体格に恵まれず中学生くらいに見えてしまう。まだ高校1年だ、制服に着られていた初対面を思い出す。姉の影響からかコーヒー(砂糖ミルク多めだが)を飲んでいる和波は、不思議そうに顔を上げた。

「道順さん?」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

「はい?」

きょとんとしながらも和波はうなずいた。

「買っていくんだよな」

「はい、ここのチーズケーキが食べたいってお姉ちゃんいってたから」

「そうか」

「はい」

嬉しそうに笑う和波は、ほんとうに姉が大好きなのだとわかり、つられて道順は笑った。フェッチ事件はおろかグレイ・コードによる事件はまだまだ未解決が多い中、こうして調査協力してくれる人間は非常に貴重だ。ちら、と時計を見た和波に道順は切り上げることにした。

「そろそろ面会時間だったか」

「あ、は、はい、そうです。ありがとうございます」

「いや、お礼をいうのはこちらの方だよ。いつもありがとう」

「ううん。僕は当然のことをしてるだけですから。道順さんも頑張ってください」

「そう言ってくれると助かるよ、ありがとう」

はにかむ和波の会計までやってしまう道順に和波があわてたのはまた別の話だ。












道順はブラッドシェパードとしてリンクヴレインズでバウンティハンターとして自我を持ったAIイグニスを捕獲するためにplaymakerやsoulburner、ゴーストを追いかける二足のわらじ生活をスタートさせた。

そんな中、ゴーストがフェッチ事件の被害者であり和波と同じ生還者だという話を入手した。playmakerたちの膨大な動画の中の音声記録に残っていたのだ。フェッチ事件被害者と思われるサイコデュエリストたちは警察の力を駆使すればある程度絞り込める。なんとか新たな証言者をえられないかとゴーストについて調べていた道順は、ある日、ある結論に達した。

和波にいつものように話が聞きたいと連絡するその表情はどこか硬かった。いつかきたケーキ屋で道順は和波を出迎えた。

「こんにちは、道順さん。お話ってなんですか?」

いつもの和波がなぜか無性に怖くてたまらない。道順は意を決して言葉を紡いだ。

「ひとつだけ話を聞かせてくれないか、和波くん」

「はい?」

「君はフェッチ事件被害者で唯一の生還者だよな」

「はい」

「……調べた結果、唯一なのは揺るぎない事実だ」

「はあ」

「……だからゴーストがフェッチ事件被害者だという音声記録を入手したがありえないことがわかった。だが嘘偽りがないことは調べがついてる。私はきみがゴーストじゃないかと疑ってる。和波くん、私は間違ってるか?」

長い長い沈黙だった。和波は静かに笑った。道順に緊張が走る。

「驚いたなあ、まさかアナタが最初だなんて。ボクの正体に辿り着くのはplaymakerたちだとばかり思ってたのに。やっぱり公的権力ってすごいんだね、ブラッドシェパードさん」

道順は息を飲んだ。

「ぜんぶ、わかってたのか」

「ボクたちの邪魔する人調べるのは当然じゃないか、なにいってるのさ」

ボクたち、それが相方であるイグニスのバックアップとゴーストをさすのだと気づいた道順は和波のゴーストへの豹変ぶりに妙に喉が渇いてコーヒーを飲み干した。

ああ、この子はやはり警察を、いや大人というものをなにひとつ信用してないんだと道順はわかってしまったのだ。これは諦めた目だ。事件の真相と犯人への復讐を遂げるのは自分だと信じて疑わない傲慢であまりにも悲劇的な眼差し。覚えがありすぎる道順はなにもいわなかった。

いえないのではない、言わなかったのだ。道順もまたブラッドシェパードとして真実を求めている身であり、感情のままに和波誠也という協力者を失うことはあまりにも損失がでかすぎた。イグニスのが相方というAI嫌いからくる嫌悪感からゴーストが嫌いだった道順だがその嫌悪感を理性で押さえつけた。今まさに値踏みされているのだとわかったからだ。

「そうか、君がゴーストなのか」

「うん、そうだよ」

「否定すらしないんだな」

「だって邪魔されるの嫌だもん。わかったらなにもしないでしょ?」

「賢すぎる子供だとは思ってたが、ますますやりにくくなったな」

「やった、褒められた」

「褒めてないからな、断じて」

「えー」

挑発めいた眼差しで見上げられ、道順はため息をついた。




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