いい女だった。この世界で初めて恋して、恋して、焦がれた女だった。かつての年齢に到達し、数年が経つ。城前は生きる目的を見失っていた、燃え尽き症候群というやつだろうか。この世界で生きていくのもわるくないかもしれないとぼんやり自暴自棄気味に考えることがふえていた。未だに元の世界への帰還の方法がわからない中、この世界で死んでもいいかもしれないと思うほどには好きになった女だった。
夫に先立たれて女手一つで息子を大学にやるまで育て上げた女といい雰囲気になり、幾度かデートを重ねた。彼女は10も離れた、下手をしたら息子の方が歳が近い城前に最初こそ戸惑いはしたが息子の方が乗り気だった。はやくプロポーズして父親になってくれと冗談めかしていわれるくらいには認めてくれた。彼女も息子から押される形で付き合いが長くなり始めると物好きな城前に満更でもなくなっていた。もうすぐ彼女の誕生日だった。その日を待ちわびていた城前の幸福は、突如崩れ去ることになる。
事故だった。即死だった。職場に向かう途中ハンドルを切り損ねたのか自損事故だった。泣きじゃくる息子から連絡をもらった城前は病院に向かったが、そこで初めて彼女の両親と顔をあわせることになってしまった。婚約してないから一般参列しかできなかったが、通夜と葬式にはでたし、月命日には家にお邪魔していた。
お父さんって呼びたかったなあと息子に言われて命日の通いが終わることを悟る。アパートを引き払い母親の実家に帰るそうだ。これ、と三人で遊びに行ったときの写真をもらえた。遺影にも使った写真だそうだ。遺影がわりに渡される。最後に別れの挨拶をしたとき、笑えていたか自信はなかった。それを手に帰って、数年ぶりに城前は大泣きした。
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
「……っ、ぐ、誰だよっ……!」
ぐしぐし涙をぬぐいながら城前は悪態をつく。今日は酔いたい気分だった、素面ではなにを考えていいんだかわかったもんじゃない。端末もパソコンも切っていた城前は余計にいらいらした。ほっといてくれないのはどこのどいつだ。ふざけるな。こっちは大好きな人が今日火葬されたんだぞ?!城前はモニターを見る。
「……黒咲」
目を見開いた城前は体が震えていることに気づく。
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
居留守はわかっているんだとばかりに黒咲は呼び鈴を鳴らし続ける。
「いや、だ……あ、あ」
城前はたまらず女の写真を倒した。脳裏をよぎるこれからに体がなぜか疼いてしまったのだった。