ゼアルルートA
『知りたくはないか』

ゼアルにNO.96はささやいた。

『記憶喪失のお前に手を差し伸べ、誰よりも考えて行動してくれる、その理由を。知りたくはないか?どうしてそこまで親身になってくれるのか。城前克己という人間について、別世界から迷い込んでしまったこと以外、お前はなにもしらない。そう、アストラル世界にいけば処刑されるだろうこと、別次元への転移が可能になれば永遠の別れが待ち受けているだろうこと以外、お前はなにもしらない』

ゼアルはぐらついた。そこまで考えることができるほど記憶も感情も戻っていなかった。今は違う。まだまだ穴だらけではあるが聞かれたら答えられるくらいには記憶は戻ってきた。実体を取り戻すこともできた。あとは次元を転移したり、バリアン勢力に立ち向かうための力を蓄えたりするだけだ。

「たしかにそうかもしれない」

にい、とNO.96はいびつに笑う。

『だろ?大事な大事な相方だ。自分ばっかり知らないのは不安だよなあ。調べちまえよ』

「……だが克己に無断でそれは」

『なにいい子ちゃんぶってんだよ。いつか話してくれる、いつか打ち明けてくれる、待ってるだけのお前と違って克己はお前のためにもう動き始めてるじゃねーか』

その言葉はぐさりとゼアルに突き刺さる。ゼアルがアストラル世界にいけば処刑される運命だと、今まで光にも闇にも属する旧世界の遺物だと疎まれてきた存在だと自力でたどり着いてしまった城前は、ゼアルの境遇をなんとか変えようと奔走していることをゼアルは知っている。無駄だと思っていた、だが城前の一生懸命さを見ているとなぜだろうか、できるんじゃないかという希望がわいてくるのは事実だ。

『そんなんじゃお前、いつか愛想つかされちまうぜ?おいてかれちまうぜ?それでもいいのかよ、それでも。あ?』

「……いやだ」

『もっぺん言ってみろよ』

「……いやだ、私は克己といたい。死にたくない。一緒にいたい。ずっとそばにいたい」

にい、と裂けそうなほど唇を釣り上げたNO.96は甘言をささやくのだ。

『ならてめえもなにかしないとなあ。でもできねえよなあ、克己は克己についてなにも教えてくれないもんなあ。知るしかないよなあ』

ゼアルは抗うことができなかった。そして克己に無断で調べた彼の記憶はゼアルたちに衝撃をもたらした。

『は、はは、まじかよ。そんなことまで知ってんのかよ、ははは』

恐怖したのはNO.96だった。驚きの先にどろりとしたものが込み上げてきたのはゼアルだった。

それはまさに平行世界というべき出来事の羅列である。バリアン世界との争いによりさらに疲弊したゼアルは二つの世界に分離、ひとつはアストラル世界の使者として、ひとつは現実世界で力を貸してくれる九十九一馬に拾われて子供として育てられ、13年後に再会するのだ。城前とゼアルのように。そしてナンバーズの争いの果てに勝ち残り、仲間とバリアン世界、アストラル世界を奔走し3つの世界を救ってしまった。とんでもない話だ。

あるいはバリアンが生まれなかった世界線もあった。はるか宇宙からの巨悪と戦うために団結したから分裂する暇すらなかったらしい。現実世界とアストラル世界を守る使者としてゼアルは仲間と共にあったが、巨悪を倒しきることができず仲間の手をふりきり封印するために自ら楔となった。

「克己、克己がいってた救世主は彼のことなのか?君ではなく?だが君は私にとっては……」

『は、はは、まじかよ。俺様このままじゃああの野郎に吸収されて動力源にされちまうのかよ。ふざけんじゃねえ』

自らの出自を知ってしまったNO.96の狼狽ぶりは顕著だった。バリアンとアストラルのぶつかり合いの最中に互いに影響を受けて生まれた、いわば異物。力の源はバリアン由来の力だがゼアルの力でもある。そんないびつな立ち位置であり、敵側に寝返っても利用しようと近づいてもろくな最後を迎えないと暗示するように平行世界にNO.96は激怒する。

信じるという感情こそが嫉妬や猜疑心、憎しみ、そして裏切りを生む。信じるという感情の元となる個々の存在を消し去り、神である自身だけが存在する状態こそが理想の世界である。それがNO.96の目標であり実現する世界の形でもある。嫉妬や猜疑心、憎しみ、裏切りに遭い、かつそれを信じることによって乗り越えてきた平行世界のゼアルにその考えを一蹴されるが、No.96はおもしろくない。

『克己が俺様を敵視するのはそういうことか、へ、面白えじゃねえか。てめーの予想におさまるような存在だとなめてやがるならただじゃおかねえ』

NO.96の気配がきえた。だがゼアルはすぐに動き出すことができない。

「克己……」

ゼアルは今にも泣きそうな顔をしていた。

「君が私に彼らのような期待をしてくれているのは、とても嬉しいと思う。だからこそ力を貸してくれているのだろう、彼らのような仲間を得るには私だけではどうにもならなかったはずだ。だが悔しくも思う。君はなにもいってくれない。私は君の期待に応えられているか、不安だ」

一度口に出したら止まらない。それだけゼアルには城前という人間の存在はどうしようもないほど大きくなっていたのだ。

どうしたらいい?

どうしたら、克己においていかれないで済む?

見捨てられないで済む?

ずっと克己と一緒にいられる?

そこまで考えて、ゼアルは気づくのだ。

「かわら、ないと。私が、なにか、かわらないと……実体化できるようになったのだから、克己のいる世界について、こちらの世界について、私はなにもしらない」

ようやく視界がひらけた気がした。城前の記憶を勝手にみたことは絶対にいえないが、ようやく安心できたのは事実だった。それくらいゼアルは城前のことをなにもしらないのだ。今から知らなくてはならない。この世界のことも、克己のことも、仲間のことも、これからのことも。城前が教えてくれてはいるが、今のところなにひとつゼアル自身の目で見たことはなかったのである。

「私も前を見なければいけない、克己においていかれないためにも」

一人決意を新たにしたゼアルは、さっそく城前に声をかけた。外に出たいの一言に城前は嬉しそうに笑う。それが平行世界の自分を彷彿とさせるものだから、という理由だとしても、今はその胸の痛みは押し殺してゼアルは城前の話に耳を傾けることにしたのだった。


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