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最近の高校生はいいなあと私は思うのだ。


私が高校生の頃なんてコンビニなんて便利なものはなかった。スーパーやデパートは9時10時開店だし、そもそも通学途中に寄ることなんてまず無理だった。忘れ物をしたら家に取りに帰るか公衆電話に走って親に送ってもらうしかない。でも、今の高校生たちはコンビニとか普通によるところがあるし、トイレとかを汚い旧式トイレで我慢する必要なんてないのだ。公園にあるオガムシがたくさんいる汚いトイレなんて絶対に寄らないだろう。


早めに出勤して働きたくないなんて叫ぶぐうたらな私を起こすため、いつものコンビニの後ろの駐車場に止めて、そこでコンビニのロゴが入ったコーヒーを飲みながらのんびり時間をつぶす。ほんとは珈琲屋に行きたいが30分で出てこれそうになかった。誘惑に負けて一時間二時間居座ってしまいそうで怖くて、いつもスマホのアラームを設定している。ほんとはもっと職場近くにコンビニがあるのだが、駅とも近いそのコンビニは電車や地下鉄の関係で高校生たちでごった返す。とうぜんトイレもレジもいっぱいになる。そんな中行くのはいやなので、私はいつもひとつ手前のコンビニで済ませていた。通販の受け取りもここだし、なないかあるとはいつも同じコンビニである。おかげでここの店員さんにはすっかり顔を覚えられてしまい、寝ぼけてカードを出し忘れると、よろしいですか?なんて聞かれてしまうことが多くなった。


今日もいつものコンビニに行ったら、明かりがついていない。


「あれ?」


思わず手前に駐車して、自動ドアのボタンを押してみるが開かない。ようやく私は本日休業のポスターに気がついた。どうやら内部改装をする関係で今日だけ休みのようだ、なんてこった。いつもコーヒー飲まないと目が覚めない、いつもの仕事に深刻な異常を来すぞ。さてどうするか、方向音痴の私はこことここの先にあるコンビニ以外コンビニがどこにあるか知らない。うーん、とコートのポケットからスマホを探っていた私は、ふと向かいの広場を見た。


「あんなところにホットドック屋?」


リンクヴレインズのライブビューイング会場にホットドック屋の看板があったのだ。普通、ああいう店は昼からのイメージだったが、サラリーマンらしき男性がなにか買っているあたり、きっともうやっているのだ。ここからならそう遠くはない。いってみるか、と足を向けることにした。


「いらっしゃい」


にこにこしながら店員さんが声をかけてきた。どうやら彼一人らしい。


「すいません、コーヒーとチーズドックください」

「コーヒーとチーズドックですね、コーヒーにミルクと砂糖は?」

「あ、いらないです」

「わかりました。お客さんもあそこ休みで気づいてくれた口ですよね?いつもあそこに車止めてるし」

「あはは、わかります?そうなんですよ、いつも休憩に使ってるのにまさかの臨時休業」

「おかげで俺は助かってますけどね、はは。お客さんで4人目ですよ」

「そんなに?ああ、まあ、いいところにありますからね、あそこ」


私の脳裏にいつもたばこを吸っていたり、立ち読みしたりしているサラリーマンが頭をよぎった。


「コンビニ休みでやっと気づいてくれた感じですよね、せっかくだしたまには来てくださいね」


はい、どーぞ、と紙袋を渡される。ありがとう、と私は受け取った。


「食べてきます?」

「いえ、車で」

「ですよね。ありがとうございました」


おいしそうなにおいがする。いつもより高い出費だがたまにはいいかもしれない。暖かい紙袋をカイロ代わりに私は車に戻った。


「あ、昨日の。また来てくれたんですね」

「なんで今まで気づかなかったんでしょうね、私。まさかこんな近くに美味しい店やってるなんて知らなかった」

「あはは、ありがとう。また来てくれたのはお客さんだけですよ」

「え、嘘」

「嘘じゃないですよ。ほら、いつものお客さん、タバコに立ち読み、こっから見えるでしょう?悔しいなあ」


私が振り返ってみると一昨日までの日常があった。


「そっか、おいしいのに。あ、チーズドッグとコーヒーください。ブラックで」

「はい、昨日と同じやつですね。ちょっとお待ちを。もし通ってくれるならサービスしますよ、お客さん」

「ほんとに?じゃあ考えてみようかな。何時までしてるんですか、ここ」

「いつもは23時まで。でも仕込みがあるから16時から18時までは休み」

「そっか、なら朝しか無理ですね」

「何時だって大歓迎ですよ!」

「ほんとに?じゃあ明日からよろしくお願いします」


嬉しいなあと店員は笑った。


A
最近の高校生はいいなあと私は思うのだ。


私が高校生の頃なんてコンビニなんて便利なものはなかった。スーパーやデパートは9時10時開店だし、そもそも通学途中に寄ることなんてまず無理だった。忘れ物をしたら家に取りに帰るか公衆電話に走って親に送ってもらうしかない。でも、今の高校生たちはコンビニとか普通によるところがあるし、トイレとかを汚い旧式トイレで我慢する必要なんてないのだ。公園にあるオガムシがたくさんいる汚いトイレなんて絶対に寄らないだろう。


早めに出勤して働きたくないなんて叫ぶぐうたらな私を起こすため、いつものコンビニの後ろの駐車場に止めて、そこでコンビニのロゴが入ったコーヒーを飲みながらのんびり時間をつぶす。ほんとは珈琲屋に行きたいが30分で出てこれそうになかった。誘惑に負けて一時間二時間居座ってしまいそうで怖くて、いつもスマホのアラームを設定している。ほんとはもっと職場近くにコンビニがあるのだが、駅とも近いそのコンビニは電車や地下鉄の関係で高校生たちでごった返す。とうぜんトイレもレジもいっぱいになる。そんな中行くのはいやなので、私はいつもひとつ手前のコンビニで済ませていた。通販の受け取りもここだし、なないかあるとはいつも同じコンビニである。おかげでここの店員さんにはすっかり顔を覚えられてしまい、寝ぼけてカードを出し忘れると、よろしいですか?なんて聞かれてしまうことが多くなった。


今日もいつものコンビニに行ったら、明かりがついていない。


「あれ?」


思わず手前に駐車して、自動ドアのボタンを押してみるが開かない。ようやく私は本日休業のポスターに気がついた。どうやら内部改装をする関係で今日だけ休みのようだ、なんてこった。いつもコーヒー飲まないと目が覚めない、いつもの仕事に深刻な異常を来すぞ。さてどうするか、方向音痴の私はこことここの先にあるコンビニ以外コンビニがどこにあるか知らない。うーん、とコートのポケットからスマホを探っていた私は、ふと向かいの広場を見た。


「あんなところにホットドック屋?」


リンクヴレインズのライブビューイング会場にホットドック屋の看板があったのだ。普通、ああいう店は昼からのイメージだったが、サラリーマンらしき男性がなにか買っているあたり、きっともうやっているのだ。ここからならそう遠くはない。いってみるか、と足を向けることにした。


「いらっしゃい」


にこにこしながら店員さんが声をかけてきた。どうやら彼一人らしい。


「すいません、コーヒーとチーズドックください」

「コーヒーとチーズドックですね、コーヒーにミルクと砂糖は?」

「あ、いらないです」

「わかりました。お客さんもあそこ休みで気づいてくれた口ですよね?いつもあそこに車止めてるし」

「あはは、わかります?そうなんですよ、いつも休憩に使ってるのにまさかの臨時休業」

「おかげで俺は助かってますけどね、はは。お客さんで4人目ですよ」

「そんなに?ああ、まあ、いいところにありますからね、あそこ」


私の脳裏にいつもたばこを吸っていたり、立ち読みしたりしているサラリーマンが頭をよぎった。


「コンビニ休みでやっと気づいてくれた感じですよね、せっかくだしたまには来てくださいね」


はい、どーぞ、と紙袋を渡される。ありがとう、と私は受け取った。


「食べてきます?」

「いえ、車で」

「ですよね。ありがとうございました」


おいしそうなにおいがする。いつもより高い出費だがたまにはいいかもしれない。暖かい紙袋をカイロ代わりに私は車に戻った。


「あ、昨日の。また来てくれたんですね」

「なんで今まで気づかなかったんでしょうね、私。まさかこんな近くに美味しい店やってるなんて知らなかった」

「あはは、ありがとう。また来てくれたのはお客さんだけですよ」

「え、嘘」

「嘘じゃないですよ。ほら、いつものお客さん、タバコに立ち読み、こっから見えるでしょう?悔しいなあ」


私が振り返ってみると一昨日までの日常があった。


「そっか、おいしいのに。あ、チーズドッグとコーヒーください。ブラックで」

「はい、昨日と同じやつですね。ちょっとお待ちを。もし通ってくれるならサービスしますよ、お客さん」

「ほんとに?じゃあ考えてみようかな。何時までしてるんですか、ここ」

「いつもは23時まで。でも仕込みがあるから16時から18時までは休み」

「そっか、なら朝しか無理ですね」

「何時だって大歓迎ですよ!」

「ほんとに?じゃあ明日からよろしくお願いします」


嬉しいなあと店員は笑った。

B
城前はこっそりと後方から気づかれないように足音を忍ばせる。そして、後ろから両手を体の前で交差させるようにして、自分の右手で遊矢の左手首を取り、左手で遊矢の右手首をしっかり取って後ろに引っ張る。そして、斜め後ろに引き込むようにして、尻餅をつかせた。


「うわあっ」


間抜けな声があがる。城前も片肘をついてしゃがみ、立てた膝を遊矢の背中に押し当てて、両手をしっかりと引っ張って固定する。流れるような拘束である。遊矢に武道の経験があればなんとか後ろ向きに頭突きしたり、足の甲を踏んだりできたが、そうもいかない。

暴れる遊矢に、城前は容赦なく親指の真下の手首にある箇所をぐりぐりと親指で押し当てる。


「いたいいたいいたい!!」


さすがに遊矢はおとなしくなった。


「うう、城前のばか。なにするんだよ、いったいなあ」

「そりゃこっちの台詞だ、居候」


こめかみを引きつらせ、城前は笑う。


「こりゃなんだ?あ?」


目の前に突きつけられたのは、明細書だ。


「あっちゃー、ばれた?」

「あたりまえだ!何考えてやがる、てめえ」

「ごめんなさい?」

「首かしげんな、むかつく」

「ごめんて」

「ごめんですんだら警察はいらねえんだよ。何勝手におれのアカウント使ってんだ。せめて自作しろよ、自作。アカウント作成は得意だろ?」

「仕方ないだろー!SOLテクノロジー社のアカウントは生体情報から生成される基本アバターに肉付けしていくタイプなんだ。架空の人間が作れないタイプのアバターなんだよ」

「べつによくね、お前の生体情報なんて提供してやっても」

「よくないよ!ちょっと調べてみたけど真っ黒じゃないか、この会社!」

「じゃあおれが横でしてるの見てろよ」

「やだ、つまんない」

「ならハッキングでも何でもしろ、おれに迷惑かけんな。館長に殺されるだろうが」

「やだ」

「ユートたちの生体情報でよくね?」

「みんな駄目だっていうんだよ」

「じゃあ指でもくわえておとなしく見てろ。まだペンデュラム召喚実装してないんだよ、この会社」

「わかってるよ。あーもう、いーなあ!」


遊矢はむくれる。

城前は20××年の世界大会準優勝した経験から、そのデュエルログを取らせて欲しい、とSOLテクノロジー社から依頼があったのだ。早い話が提携である。SOLテクノロジー社はリンク召喚を推しているようで他の特殊召喚はまだ未実装である。でも歴代のレジェンド達と戦えるという企画を実現する上で、どうしても他の特殊召喚のギミックが必要となってきたのだ。SOLテクノロジー社が採用しているマスタールールでは、他のテーマはリンク召喚を絡めなければ展開すらできない。リンクヴレインズで遊びたいならリンクモンスターを使え、という方針は賛否両論ありながらもユーザー達は受け入れていた。


「城前、ペンデュラム召喚のギミック作ってくれよ」

「館長にいえ、館長に。おれはできねえよ」

「城前もオッドアイズ使いたくないのかよ」

「恋しくもなるけどさー、マスタールール4でペンデュラムは圧迫が半端ねえ」

「裏切り者ー」

「あっはっは、ライトロードは新規貰ったからな!諦めろ!!」

「この浮気者ー」

「だーれが浮気者だ、だれが。だいたいおれは、もともと環境デッキが好きなの。強いデッキが好きなの。嫌いになった訳じゃないぜ、好きなテーマが増えただけだ」

「《スパイラル》使ってる奴がなんかいってる。いいのかよ、カオス使い」

「いいんだよ、カオス使いとしてはちゃんとリンク召喚に対応したデッキ使ってんだから。なんの問題があるんだ。なんで仕事とプライベートで同じデッキ使わなきゃいけねーんだよ、好きに組ませろ」

「そりゃそうだけどさあ」

ちょっと寂しいのは事実だった。マスタールール4に対応するため、遊矢たちは毎日討論会である。最初こそどうにかリンク召喚なしで適応しようとしたのだが、いかんせん主軸の特殊召喚で展開できるのがエクストラゾーンたった1マスに指定されてしまったのだ。超絶インフレしていたのは認めるが、うーむ。

「いいじゃねーか、昔のテーマも復古してきてるし、エクストラデッキに依存しないデッキも戦えるし、リバーステーマも復古してるし、おれはありだとおもうぜー」

「そりゃ城前はそういうよな。新しいテーマが出たら何だって手を出すんだから」

「それが仕事だからな、あっはっは」


ようやく置かれた拘束に遊矢はほっと息を吐く。そして恨めしげに見上げた。まさかこんなに年の差があるとは思わなかった。わしわしされて、やめろよ、と遊矢はにらんだ。

そろそろ若手から脱却するアラサーの男が城前だと受け入れるにはそれなりに時間が掛かった。元の次元と遊矢の次元を行き来するようになった城前は、そのうち新しい次元にも進出し始めたワンキル館に伴って、顔を出す場が増えている。暇をもてあましてついていったら、なんだかとんでもないことになっていたのである。

「そろそろあっちの仕事やめたら?」

「やだね、こっちは副業だ。だから全力でできるんだよ」

「なんだそりゃ」



C
それは遊作達が進学して1年経ったころの話である。花のつぼみがだいぶ大きくなってきた街路樹を歩きながら、ふと遊作は和波に問いを投げた。


「和波は進学するのか?」

「ボクですか?うーん、正直まだ迷ってるんですよね。藤木君はどうです?」

「俺か?俺は……そうだな。デンシティの義務教育は高校までだから、授業料かからなかったけど大学にいくには今からお金貯めないといけないな。就職か……ホットドック屋とか」

「あはは、草薙さん喜びますね」

「いや、あの人のことだから、ちゃんと勉強しろって言うと思う」

「そうですかね」

「ああ、草薙さんはロスト事件を言い訳にすることだけは絶対に許さない人だ。今までそんなこと考える暇も無かったけど、今は、そうだな。大学か、なんとなく、そうなる気はしてる。和波は?プロ目指すのか?それともお姉さんみたいに研究者に?」

「うーん、ボクはまだ勉強してたいです。こっちにきてからやっと外に出られるようになったし」

「そっか。なら進学だな。何処の大学とか希望はあるのか?」

「実は…藤木君、ボク、あっちの大学受けようかなって思ってます」

「……えっ」

「迷ってたんですけど、このデュエルディスク、あっちでも展開することが決まったみたいなんです。お姉ちゃんもそっちに移動になるみたいで、ボクも一緒にこないかって」

「ずいぶんと急だな」

「ボクも驚いてます。まさかこんなに早く普及するなんて思いませんでした。いろいろあったから。製造中止して医療だけの利用になったら、それこそあっちの申請通らないと普及できないだろうなと思ってたんですけど。頑張ってくれる人がいるならボクもそれに答えなくっちゃいけないなって思ったんです」

「そうか。知り合いなのか?」

「ボクがマインドスキャンの力に目覚めたこと、知ってるのはほんの一握りです。みんなボクによくしてくれた人たちばかりです。大好きな人たちなんです」

「そうか。もう答えが決まってるから、相談に来なかったんだな。一声かけてくれてもイイと思うけど」

「あはは、ごめんなさい。なかなかそういう機会なかったですよね、最近」

「そういえばそうだな」


SOLテクノロジー社の陰謀が暴かれてから、世論は大騒ぎである。遊作達もお互いにちゃんと話をする暇が無いくらい、いろんなことがあった。忙しかった。どっちかが学校にきたら、どっちかが来てない、みたいなすれ違う毎日が続いていた。気づけばもう一ヶ月がたっている。財前に一度お礼を言いたいのだが、結局メールが精一杯だった。それすらまだ返信が無いのだ。きっとそれだけ反響が大きいのだ。もっと落ちつくまで待った方がいい。そうして迫り来る受験という荒波を直視してこなかった和波はこんな時期にようやく明らかにしたのだ。遅いが遊作の本音である。


「そっか、なかなか会えなくなるな」

「毎日メールしますよー」

「あんまりうるさいとミュートする」

「ひどいですね、藤木くん?!」


けらけら笑う和波に、秘めた思いを打ち明けるか否か迷った遊作は、久しぶりに交わす会話が楽しくてついつい先延ばしにしてしまう。


「ボク、今日はお姉ちゃんのお見舞いにいくので、ここで」

「ああ、また明日」

「はい、また明日!」


信号が点滅している。和波は手を振って笑いかけた後、急いで走って行ってしまう。角を曲がって姿が見えなくなるまで見送った遊作は、その手をそっと降ろした。悲しげに少しうつむいて、やっとのことで出た言葉は、さよならか、だった。精一杯の言葉だった。かすかに零れた思いは和波に届くわけもなく、遊作の中にしまわれる。春先の季節の変わり目は風が強い。吹き抜けていった風が言葉をかき消して、木々を揺らしていく。もうすぐ卒業シーズンだ。舞い散る花びらで歩道がかすむほどの絨毯とかすのはもうすぐである。そんな別れの季節を思い、不自然な沈黙の中、遊作は歩き始めた。鼓動の音がやたらうるさい。


「一生の別れじゃないんだ、また会えるんだ、いつでも。メールだってできる」


切なさと優しさをくれたのは間違いなく和波だ。寂しさを包んでくれた笑顔がリフレインするのはなぜなのか、遊作はよくわかっている。お礼を言わないといけないな、とぼんやり思う。この国の大学ではなくあっちの国の大学に進学したいということは、やりたいことがあるのだ、きっと。涙は見せない方がいいな、と目尻を乱暴に拭いながら遊作の足は速くなっていく。ゆめ、か。考えたことなかった。和波がもしやりたいことがあるのなら応援してやりたいと思うし、夢を叶えるために頑張って欲しいとも思う。


「あの最新機が海外にも展開するってことは、リンクヴレインズも展開するってことだ。和波がログインすればいいだけだ、そう、それだけだ」


独り言が大きくなってしまったな、と最近思う。物言わないAIは未だになれない。帰っても1人だ。それでもおっくうに思うのに、いつになく足取りは速い。止まると余計なものまで零れてしまいそうだった。


「実は好きな人がいたんです、あっちで。ちょっといい感じになりそうだから期待してくださいね」

「のろけ話に付き合わされるのか、俺は」

「え、あ、そんなつもりじゃ、すいません」

何かがきしむ音がした。誰だ、とは怖くて聞けなかった。あっちの生活を遊作は一度も聞いたことがなかった。いつでも聞けると意味も無く思っていたのかもしれない。

「和波」

「はい?」

「愚痴はいつでも受け付けるぞ」

「なんでふられるの前提なんですか、ひどい!!」

D

「こ、これは!」

「ダメージがアバターに返還される!」

「まさか闇のデュエル?」

「そう、アバターの衣装にだけ反映されるのだ!」

「え?」

「名付けて脱衣デュエル!」

「異議あり!」

「なにい!?」

「そんなの脱衣デュエルじゃないよ、ワンショットだと服が弾け飛ぶじゃないか!ぜんっぜんエロくない!やっぱ脱衣デュエルときたらこうでしょ!」


アバターパーツを引き剥がし、ゴーストはリアル垢をむき出しにする。ハノイの騎士もだ。ゴーストは電脳死した研究員の生体情報から精製したアカウントだ。若い女性が現れた。


「野球拳方式を所望するよ!」

「馬鹿か貴様!」

「一枚一枚自分で脱いでくからいいんじゃないか!大丈夫、結界張ったから見るのは対戦相手だけだよ!負けなきゃいいんだよ、負けなきゃ。ま、ボクは負ける気は無いからね!」

「俺のプログラムより悪化してるじゃねーか!」

そしてゴーストは嬉々としてデュエルを始めたのだった。

「見つけた!やっと見つけたぞゴースト!」


鬼気迫る表情で乗り込んできたのはplaymakerではなく藤木遊作である。


「あ、playmakerじゃないか、どうしたの?」

「お前が改変したのか、あの悪質なプログラム!!」

「へ?」

「お前のせいでどれだけ被害を被ったと思ってるんだ!」

「え、もしかして感染しちゃった?おかしいな、ボクあのハノイの騎士にしかしてないはずなのに」

「リアルが特定できるってハノイの騎士が使い始めたんだ、どうしてくれる!!」

「え、嘘!?」

「ワクチンはないのか」

「あるわけないじゃん、考えたことないもの」

「普通のユーザーはアバターはリアルの生体情報から生成されるんだ。お前と違ってな!少しは周りが被る被害を考えろ」

「無茶言わないでよー!あれは拡散されるとは思ってなかったんだよ!」

「ワクチン作れ」

「わかったよ。あ、感染させられた時のデュエル大丈夫だった?今の姿になっちゃったなら、垢バレしちゃった?」

『俺様が何とかしてやったぜ!』

「デュエルログ見せてー!……あはは、ハロウィンちょっと早いんじゃない?まるで黒いミイラ男だね!」

「アンタのせいだからな」

「だからごめんってば、怒らないでよ」


ゴーストは笑いながらログアウトした。

そして翌日。


「ごめんな、和波」

「いえ、仕方ないですよ、それは。ウィルス除去できなきゃログインできないじゃないですか。ゴーストが君のウィルス除去できるまで僕がんばりますよ」

「俺もしっかりサポートするから頑張ってくれ、和波くん」

「はい!」


(まさかこんなことになるとは想定外にもほどがあるぜ……早いとこワクチン作らなきゃな。毎回新しいの生成されちゃたまんないから、とりあえずplaymakerが感染したやつだけは作ってやるとするか)

まさに自業自得である。playmakerの代わりにリンクヴレインズにログインすることになるとは思わなかったHALだった。


E

「助けて」

「今度はなにやらかしたのアンタ」

「ネカマしてたんだけどリアルで会うことになった」

「待って、高校生にもなってなにしてるのアンタ。つかそれアタシも使ってるアバターじゃない。なに勝手に周りとの関係発展させてんの?馬鹿じゃないの?」

「まさかクラスメイトだとは思わなかったんだよ」

「うっわ自業自得じゃない」

「時に我が妹よ」

「もうすでに嫌な予感しかしないけどなに」

「お兄ちゃんの代わりにいってくれない?」

「ほらきた無茶振り」

「大丈夫大丈夫、お前のフリしてるとこあるから」

「なにひとつ大丈夫じゃないよね、それ!?アタシがなかなかログインできないからってアバター勝手に使うのやめてよ」

「ならデッキは没シュートな」

「ごめんなさいそれだけは!」


ステラは二重人格である、とネット上の友人たちは面白がってキャラ付けしてきた。それだけ演じるのが上手なら中の人は演劇かなにかかじってるんだろうという暗黙の了解がある。なにせアバターは同じなのに趣味嗜好が全然違うことがよくあるのだ。しかも前の約束とかを忘れたりする。これは二重人格だと。片方はデュエルモンスターズ大好き、もう片方はアバターとかに興味がある。そんな感じだ。


その正体は。一卵性の異性の双子である。生体情報が全く同じのためアカウントを共有することが可能なのだ。リンクヴレインズはまだ生体情報が全く同じ人間を区別するすべを持たない。


最近リアルが忙しかった妹は泣きついてきた兄にホテルのケーキセットで妥協した。


「で、誰なの?騙されてるかわいそうな人は」

「財前」

「え?」

「財前!財前なんだってよ、ブルーエンジェル」

「はああっ!?えっ、うそ、財前さん!?というかね、そもそもなんでブルーエンジェルとリアルで会おうって話になったの?カリスマデュエリストだよ!?」

「いやべつにふつうに?」

「そのテクをおしえろください」

「やだ」

「同じ顔にドヤ顔されるとなんでこんなにムカつくんだろうね」

「いだだだだ、やめてくれ!ハゲる!ガチでハゲる!」

「お父さんに似てもお爺ちゃんに似てもハゲる運命だもんね、諦めて」

「同じ遺伝子だからな、お前!?」

「明日財前さんにどんな顔して会えばいいのよ、となりのクラスのくせに」

「あはは」


そして遊里子はため息をついた。


「おはよう、吉波さん」

「え?あ、おはよう財前さん。くるの早いね」

「いつもこの時間に来てるの。吉波さんは来るの早いね」

「まーね、さすがに今日遅刻スレスレで先生に呼び出しくらうのはマズイじゃない?」


予鈴ぎりぎりで駆け込んで来る常習犯のまさかの七時台の登校である。誰もいないと思いきや、まさかの財前葵である。遊里子が笑うと、そうね、と葵は笑った。あたりまえのように話しているけれど、こないだの金曜まではせいぜいプリントを渡すときや挨拶をする程度の仲だった。遊里子はデュエル部ではない。高校に入ってからバイトがしたくてたまらなかったのだ。もちろんアバターに課金するためである。双子の兄はデュエルしたくて、遊里子はアバターを可愛くしたくて。やりたいことが違うからこそ共有できたことでもある。やっぱりリアルで会うことになり、連絡先を交換した時点で財前のなかでは友達認定のようだ。遊里子はひたすら心が痛い。


「よかった、落ち着いたみたいね」

「え?」

「昨日、あんなに驚いてたじゃない。ぶつけた小指大丈夫?」


そういえば、昨日バイトから帰ったら絶叫が二階から聞こえた気がする。あははー、と遊里子は笑うしかない。


「なんでタンスにぶつけた小指ってあんなに痛いんだろうね」

「またぶつけたの?大丈夫?」

「大丈夫な訳ないでしょ、ふつうに考えて!世間狭すぎない!?いくら同じ街とはいえ同じ学校の同じクラスよ?もしかしてうちの高校じつはすごいとか?」

「さあ、どうかしら。でもそれは私も同じ気持ちよ、吉波さん。まさかステラがあなただとは思わなかったわ」

「あはは、よく言われるわ」

「いつもたくさんのバイト掛け持ちしてるわよね?もしかしてカードを手に入れるため?」

「メインはアバターパーツだけどね」

「そっか」

「そうなの」


財前はどこかうれしそうだ。なにがうれしいのかさっぱりわからない遊里子はとりあえず会話が成立したことにほっとする。


「デュエルする時としない時でオンオフがあるのね、吉波さん。だからあんなにキャラ違うんだ」

「まーね、そっちの方が楽しめるでしょ?」

「私はそこまで切り替える必要もないし……」

「楽しみ方は千差万別ってところ?人によって色々よね。アタシは気分でキャラ付け変えてる感じなのよ、今日はデュエルしたい日とか」

「そうなんだ。……今日は?」

「今日?そうね、あんまり気分じゃないかな。新しいパーツ欲しいんだ、マーメイドドレスのやつ」

「ステラはお洒落だもんね」

「まーね、せっかくだし楽しまなきゃ損かなって。財前さんもたまに変えてるでしょ?イヤリングとか。《トリックスター》に合わせて色々カスタマイズしてるのいいと思ってた」

「ありがとう。ステラに言われるとなんか嬉しい」

「そう?」

「ええ。じゃあ放課後、楽しみにしてるわ」

「っていっても一緒に遊びに行くだけだけどね」

「そうね。なんかへんな感じだけど」

「今までネットのおしゃべりのが多かったもんね」

「ほんとにね」


財前はよほど楽しみなのか浮かれているのがよくわかる。財前さんてこんな風に笑えるんだ、と遊里子はちょっと得した気分になったのだった。

F
アルバイトの帰り際、和波は草薙に呼び止められた。


「和波くん、ちょっといいか?」

「はい?」

「不純だなんだ言う気は無いけどな、頼むから、せめてな、健全なお付き合いをしてくれよ」


一瞬言葉に詰まった和波はまじまじと草薙を見つめる。瞬き数回、みるみるうちに顔が燃え上がるように耳まで赤くなっていく。


「……へ?な、な、なっ……なにいってるんですか、草薙さん!?」


べったべたな反応を返す和波に草薙の口元はニヤついている。隠さなくてもいいんだ、と肩を叩かれ、和波はいよいよ固まってしまった。


「遊作とも長い付き合いだからな。いっちゃ悪いが和波くんよりだ。なにかしら変化があればそれくらいわかるよ。だから言っとく。遊作に求められても無理だけはするなよ。互いに合意ならいいけど」

「……ほ、ほんとに僕達そんなんじゃ……!」

「しらばっくれなくてもいいさ、わかってるから。な?和波くんたちの名誉のために皆まではいわないけど」


ウインクを飛ばしてくる草薙に、いよいよ赤面して和波は俯く。草薙はよしよしと頭を撫でた。


「嫌なことがあれば殴っていいと思うぞ」

「は、はい」

「話は以上だ、ごめんな引き止めて」


バイバイした後和波は遊作にメッセージを送る。


「だ、そうです。藤木くんは思うところがあるなら僕のこと殴っていいと思いますよ」


既読がついたが返事はすさまじく遅い。きっと再起動するまでの時間である。和波は遊作の狼狽が眼に浮かぶようでクスクス笑う。


「大丈夫だ、いまのところ」


簡素な文面だ。でもこの返事を返すのに30分もかかっていることが遊作の感情の証明である。何気に漢字変換忘れてるし。


「そうです?」

「ああ」

「やっぱり僕がネコに見えるんでしょうね、あはは」

「まあ、な。でもな和波、なんでわざわざ言うんだ」

「え、藤木くんが心配になっちゃいまして」

「嘘つけ嘘を。からかうのもやめてくれ」

「あはは、ごめんなさい」


たぶん遊作の顔は赤いのだ。可愛いなあと思いつつメッセージを送る。


「そういえば藤木くんてどんな子が好みなんです?いってくれればご要望にお応えできますよ、アバターですけど」

「ふざけるな」

「なんで怒るんですか!?」


遊作は悶絶しているだろう。


「お前がいいって言わせたいだけだろ」

「へ?いやべつに他意はないですよ?」


深読みして自滅してしまったことに気づいた遊作の返事はさらに遅くなる。きっと目の前にいたら恥ずかしさのあまり和波をみることができないはずだ。惜しいことしたなと思っていたら電話がかかってきた。耐えきれなくなったようだ。


「……っ、わら、笑うな、ばか」

「ばかは禁止用語ですよ、藤木くん」

「だっ、から、……!」


和波はニヤケを抑えることが出来なかった。しばらくはこのネタで遊べそうである。


G

「ねえHAL」

『あ?』

「食べてイイよ、草薙さん」

『え、まじで?』

「うん、草薙さんもそういってるし」

『だってよ』

「あはは、なんの冗談だよ、突然……いってない、いってない!いってないからな、HAL!?今すぐ実体をデュエルディスクに戻してくれ、しゃれにならないだろ!!」

「えー、なんでです?」

『なんでもくそもあるか!!俺は人間やめる気はないぞ、誠也君!!いったん落ちつこう、な?な?話し合おう!』


じりじりにじり寄ってくる和波の尋常じゃない気配を感じ取った草薙は、丸いすがひっくり返るのも気にせず、あわてて距離を取る。遊作よりも小さいのに、なんだこの気迫は。あわてて和波から距離を取った草薙は、後ろに壁があるところまで一目散に逃げ出した。やばい、こっちは行き止まりだ。逃げる方向間違えた。落ち着け、落ち着け、といいながら草薙は引きつった笑みを浮かべる。じりじり追い詰められ、なんとなくつま先立ちになるまで詰め寄られた気分はさながら浮気がバレた亭主である。いや俺結婚してないけど、とノリ突っ込みする余裕もなくなる。和波のデュエルディスクからは黒い物体がじろっとこっちを見上げている。


「ほんとにいいんです?」

『だっから、何の話だよ、誠也君。いきなりゴーストみたいなテンションになるのはやめてくれ。せめて説明してくれ説明。まるで意味がわからないんだが』

「えー、だって草薙さん、いってたじゃないですか。めんどくさいって。ご飯食べるのも、寝るのも、お風呂入るのも、歯を磨くのも、つかれちゃってめんどくさいって。だったら電脳体になればいいんですよ。電気さえ食べればいいんだから。なんにもしないことになれちゃって、体が餓死しちゃいそうになりますけど」

「極端、極端すぎるぞ誠也君。たしかにここのところ肩の力入りすぎてしんどいなって思ってるさ。めんどくさいなと思うときだってあるさ。でもホントにやめたいわけじゃない」

「そうですか、残念です。また気が向いたらいってくださいね」

「一応いっとくけど、絶対に気はむかないからな!?」

「えー、わかんないですよ。案外、全部嫌になって逃げ出したくなったとき、ふと浮かんじゃうのが人間ですから。ボクが呼んでも届かないところにいくくらいなら、一声かけてくださいね」

「あのなあ、俺をなんだと思ってるんだ、誠也君」

「草薙さんは草薙さんですよ」

「ったく、隙を見せたらすぐこれだ。おそろしいな、ほんとに」

「え、何の話です?」

「イグニス狂信者の片鱗を見たって感じだよ、ったく」


くすくす笑う和波がようやくどいてくれたので、草薙はほっと息を吐いた。


「そういえば草薙さんって今日はおうちですか?それとも一日調べ物?」

「うーん、どうするかな。遊作の予定を聞いてからだな。そっから予定を決めないと。でもなんで?」

「実は今日餃子つくるんです、ボク」

「へー、いいね。手作りか?」

「はい、結構楽しいですよ」

「そりゃいいな」

「だから今日買ってきたんですけど」

「あー、冷蔵庫に入れさせてくれっていってたの、餃子の材料なのか」

「はい。それで、今気づいたんですけど、ボクこないだ作った余りまだたくさんあったんですよ。普通に考えたら賞味期限がまずいので、今日中に食べきらないといけないんですけど、さすがに作る量考えたらボクたちだけじゃ難しいかなって」

「あー、覚えがあるぞ、それ。一人暮らし用の分量おいてないもんな、あそこのスーパー」

「お一人様用は一応コンビニが充実してるけど、高いじゃないですか。下手したら今月の軍資金なくなっちゃいそうで怖いんです」

「あはは、俺はもう諦めて三食同じやつにしてるよ。そうでもしないと食べきれないからな」

「ですよね」

「でもそうか餃子か。遊作の用事にもよるけど、せっかくだしお邪魔してもいいか?」

「ほんとですか!?やった、お願いします。結構皮が余っててほんと困ってたんですよ!」


うれしそうに笑う和波に草薙は材料についてきく。オーソドックスな具材だ。餃子は野菜もお肉も入っている上に皮で包むから1品で完全食だと主張する姉がよく作ってくれたらしい。姉の数少ない料理のレパートリーをしっかりと学びながら、基礎に忠実な餃子を作っているようだ。


「お、ちょうどいいところにきた、遊作。誠也君が餃子たくさんあって消費しきれないから来てくれってよ」

「え、いいのか?」

「はい、是非お願いします。今日中に食べちゃわないと厳しいんですよ」

「それは責任重大だな」

「ほんと助かります、ありがとうございます」


和波はうれしそうに笑った。


H

しなやかな体を露骨に演出するエフェクト、そして嬌声、こてこてのシチュエーションは需要があるからなのだろう。アバターという新しい素材を得た界隈は、チープどころではない演出も可能なはずだが、低予算が透けて見える。クオリティが変わらないのは需要側の要求なのか、それとも供給側の事情なのか。てんで興味がない遊作にはどうでもよかった。演技かどうか判断するほど経験豊富じゃない遊作でも男優に好き勝手されている女優がどういう状態なのかくらいはわかる。その女優と昨日決闘したばかりのデュエリストのアバターが同じなのが問題なのだ。


なんだろう、この家族がアダルトビデオに秘密で出演していて、それをうっかり見つけてしまった家族みたいな感情は。遊作にわき上がったのは羞恥と怒りだった。


うつらうつらしている草薙の隣で遊作はplaymakerの動画を片っ端から削除していた。オンライン、オフラインなど関係ない。ネットワークにつながっている媒体ならばどこでもハッキングが可能な高性能のたまものである。


「またここか」


今回は某大型掲示板のスレッドに動画が投下されている。そこから拡散していたとたどり着いた遊作は削除する。playmakerが仕事したとスレッドが加速していくが無視してページを閉じようとした。


「……どこかで」


広告だらけのページである。このサイトを見ているユーザーがよくいくサイトからピックアップされた広告は年齢制限にひっかかりそうなものばかりだ。そのうちのサンプル動画のひとつにあってはならないデジャヴを感じた遊作はいつもなら絶対にみないはずのページをクリックした。いわゆる動画サイトである。冒頭や概要30秒のサンプルがあり、気に入ったものを購入してダウンロードすることができる大人向けのサイトに出た。草薙さんが目を覚ます前に確かめようとそのサンプルを見る。


「……ゴーストのやつ」


数秒後、深い深いため息が遊作から漏れた。


「何見てるんだ、遊作」


にやにやしながら頭をくしゃくしゃにされる。しまった、消すの忘れてた、と思ったがもう遅い。やっとこういうのに興味出てきたか、と下世話な憶測が飛んでくる。違うそうじゃない、と遊作は言いつくろう。


「ゴーストが最近使ってるアバターこいつなんだ」

「あっはっはっは!ほんとか、遊作!」

「笑い事じゃない」

「いーだろ、アバターなんて人の趣味なんだから。そうやって人は大人の階段上っていくんだよ。しっかしあれかー、ゴーストは巨乳派か。だからゴーストガールにサービスしたんだな、なるほど」

「……」

「まあお互い性別も年齢もわからない間柄なんだ、透けて見えた人物像が違ってたからって落胆するなよ」

「………」

「とはいっても遊作にははやかったかな」

「…………」

「だからそう不機嫌になるなよ、遊作。ゴーストのことだから驚く様子を見るのが楽しいっていってたじゃないか、いずれバレることも想定してたんじゃないか?」


思いつきの発言にしてはなかなか的を得ているんじゃないか、と草薙は思う。信憑性があるせいで遊作の目はますます据わっていく。


「やっぱり大人だな、子供じゃない」

「だなー、こっちの系列のアバターは年齢制限かかってる。しかも金かけてるねえ。実際にパーツ使われてるか動画見直してみるか?」


にやにやしている草薙をじと目でにらみつけ、遊作は口をとがらせた。


「絶対にしない」


とはいえ、気になり始めていた正体不明のデュエリストのここ最近のお気に入りがまさかのアダルトビデオの女優御用達のパーツだとは思わなかった遊作である。イメージと違いすぎてびっくりしてしまう。興味本位で調べてみたが遊作の端末では調べることができなかった。年齢制限がかかっている。あの動画に出ていた女優はすでに引退しているようだ。アバターを売り払い、それをゴーストが買ったのだろうか。そこまではわからない。


「おい、ゴースト」

「うん、なんだい少年君?」

「最近そのアバターばかり使ってるが好きなのか?」

「うん、まあね。かわいいでしょ?」

「そういう趣味か」

「あれ、今日は一段と塩対応だね」

「お前の趣味につきあってられるほど俺は暇じゃない」

「うん?」

「しらばっくれるな、俺が知らないからって笑ってたんだろう」

「なんか怒ってる?」

「……」


(お、やっと気づいたかplaymaker。かっわいーだろ、俺様渾身の特注アバターだかんな!!えーぶいとかいうので勉強したからな、俺は詳しいんだ)

(え、ちょっとまって、なにそれ)

(男はこういうのが好きなんだろ?)

(まって、ほんとまってなにそれきいてないんだけど?!)

(言ってないからな)

(あああもう、HALのばかぁ!またへんな誤解がひろがっちゃうじゃないかぁ!)


「もしかして好みじゃなかった?ゴーストガールとかブルーエンジェルとかみんなおっきくない?」

「……そういう問題じゃない」

「あ、もしかしてそんなことにうつつ抜かすなんてふざけるなってこと?playmakerは真面目だなあ、AIよりAIらしいよね、キミ」

「なんでそうなるんだ。俺はただ居たたまれなくなったあの虚しさはお前のせいだっていってるんだ」

「……あ、あー、ごめんごめん、先にボクが浮かんじゃうからお楽しみどころじゃなくなったってこと?そりゃ悲惨だ、ごめんね!……っていたいいたいいた!なんで叩くのさ、playmaker!いたいってば、やめて、暴力反対!」

10

いつのまにか、うつらうつらしてしまっていた和波は、がくんとなった衝撃で目を覚ました。


(……え?)


ぼやけていた輪郭があい、次第にはっきりしてくる。スクリーンを前に説明している先生、こちらに背を向けて端末片手に聞き入っている生徒達。いつもの光景だったはずだ、あれ、という言葉は衝撃のあまり飲み込まれてしまった。男の子、女の子、そして先生、みんなの頭の上に揺れている三角。そして後ろからゆれている細長い尻尾。思わず目を擦るが変わらない。何度も見るが風景は変わらない。広がる光景に目が点になる。おかしい、おかしすぎる、どうしてみんな、猫の尻尾と耳がついてるんだろう!手の甲をつねってもなくならないパーツ達。チャイムが鳴り、授業終了を告げる先生の声が響きわたった。

前に座っているしっぽがゆっくりとぱたぱたしている。やっぱり生えてるねこのしっぽ、遊作にもあるようだ。思わず検索をかけてみる。これから何をしようか考えているときによく見せる仕草だと検索サイトは教えてくれた。学校が終わったらリンクヴレインズにいくか、デュエル部に行くか、ホットドック屋で今後の方針を話し合うか、外を眺めながら次の行動を考えている、といったかんじだろうか。


「どうした、和波」

「な、なんでもないですっ」


和波は遊作を見ることができなかった。遊作にも猫の耳と尻尾が生えているのだ、いつもとキャラが違いすぎてこみ上げてくる笑いをこらえることができない。尻尾が小さく揺れている。落ち着かないことでもあるのだろうか、と考えるまでもない。和波が笑いをこらえているのに教えてくれないからだろう。でも信じてくれるだろうか、目が覚めたらすべての人に猫耳と尻尾が生えてるって?


「なにしてるんだ」

「な、なんでもないです、なんでもないですから」


不思議そうに首をかしげる遊作の尻尾が好奇心を示している。尻尾がたったまま左右にゆっくり大きく振れている。かわいい、なにこれかわいい、言葉に出せない悶絶をするはめになった和波はますます見ることができない。遊作の猫耳と尻尾が今の遊作の思考をそのまま和波になにかを伝えようとしている。和波は端末でその様子を検索する。


(すんごいこっち見てる。見てないけど見てる)


移動教室に急ごうとする遊作の隣を歩いている和波は、その耳や尻尾がずっとこちらに好奇心を示していることが気になって仕方ない。


「どうした?」

「なんでもないです」


遊作が気になってしかたない、と思うのも無理はない。あいまいな反応ばかりしている自覚がある。でもどうしようもないのだ。遊作の端正な顔と黒く可愛らしい猫耳のギャップがすさまじい。ついでに気にしてない振りをして耳と尻尾がものすごく自己主張しているのが面白すぎる。そのまま受け取るなら、遊作は今和波がものすごく気になっている。それはない、絶対ない、そもそも尻尾と耳が猫と同じとは限らないし、と考えなおそうとする。でも、やっぱりだめだった。一度意識し始めるといけない、気になっていけない。


(かわいすぎない?)

「さっきからどうした、和波」

「(反応はやすぎないかな?!)はい?あ、かわいくないですか、この動画」

「動画?」

「はい」


遊作の猫耳と尻尾の意味を調べるために開いていたサイトに載っていた動画を表示しているだけだが、意図がわからなければいろんな反応をする猫を集めた動画である。ポップな文字やエフェクトも相まってそれっぽい動画にみえたらしい。


「さっきから悶えてたのはこの動画の猫か?」

「あ、はい」

「そうか」


なんか勝手に納得してくれた遊作である。尻尾は垂直なままだ。なんとなく和波は端末を遊作に向ける。


「?」


不思議そうに見下ろしてくる遊作、相変わらず尻尾と猫耳はうつったままだ。そのまま1枚撮った和波の行動がわからないのか眉を寄せる遊作をよそに、和波は端末を見る。


「あ」

「さっきから何だ、和波」

「あの、これ」

「だからどうしたって聞い……」


差し出される端末。遊作は目を見開いた。そしてその端末を取り上げる。


「人の顔で遊ぶな、どうせなにかのアプリだろ」

「ちょ、やめてくださいよ、藤木君!」

「お前がさっきから悶えてたのはこれか、ふざけたアプリ仕込んで何してる」

「僕なにもしてないですって!」

「うそつけ、コレは消す」

「えええっ」


僕には今まさにそう見えてるんです、と説明しようとした矢先の決めつけである。和波は何も言えなくなってしまった。


(尻尾も猫耳もすんごい怒ってる……もう触れない方がいいかも)


はあ、と和波はため息をついた。マインドスキャンを使っているときよりはまだ気が楽だが、これはこれで気が散って仕方ない。


「ためいきつきたいのはこっちだ」

「えええ」


それから和波のよくわからない幻覚はどんどん悪化していった。


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