第1期終幕A(修正済み)
「伏せカードオープン!罠発動、《王宮の鉄壁》!このカードが魔法罠ゾーンに存在する限り、お互いにカードを除外することはできません!さあ、いきますよ!」


和波は展開を宣言した。


「僕は《創造の代行者 ヴィーナス》を攻撃表示で召喚!モンスター効果を発動します、ライフポイントを500支払うことで、手札・デッキから《神聖なる球体》を守備表示で3体特殊召喚します!」


和波のライフが1500一気に削れる。それに付随してコスト分のダメージが襲うが必要経費だ。


「来て、未来に導くサーキット!アローヘッド確認、召喚条件は通常モンスター1体!僕は《神聖なる球体》2体をそれぞれのリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン、リンク召喚!リンク1《リンク・スパイダー》2体!」


和波のエクストラゾーン、そして真下のモンスターゾーンに連なるように巨大な蜘蛛が出現した。


「連続していきますよ!アローヘッド確認、召喚条件は地属性モンスター2体!僕は《リンク・スパイダー》2体をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン、リンク召喚!リンク2!《ミセス・レディエント》!!」


可愛らしい鳴き声が聞こえる。宝石いっぱいの首輪をぶら下げて、得意げに彼女は吠えた。


「まだまだいきますよ!アローヘッド確認、召喚条件は通常モンスター1体!僕は《神聖なる球体》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚、リンク1!《リンク・スパイダー》!!」


その真下に蜘蛛がふたたび出現した。


「ここで僕は墓地のカードをすべてデッキに戻し、手札から《究極封印神エクゾディオス》を特殊召喚します!」


モンスターゾーンに出現したエクゾディアの力を得た神は雄叫びを上げる。


「《創造の代行者 ヴィーナス》のモンスター効果でふたたび《神聖なる球体》を2体守備表示で特殊召喚!さあ行きますよ、アローヘッド確認!召喚条件はモンスター2体!僕は《リンク・スパイダー》と《神聖なる球体》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン、リンク召喚!リンク2《プロキシー・ドラゴン》!!」


playmakerのエースによく似たドラゴンの幼体が得意げに飛び回る。


「連続リンク召喚、アローヘッド確認、召喚条件はモンスター2体以上!僕は《究極封印神エクゾディオス》と《神聖なる球体》、そして《ミセス・レディエント》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン、リンク召喚、リンク4!《ファイアウォール・ドラゴン》!!」


モンスターゾーンに特殊召喚です、と和波はリンクヴレインズでしか使用できないエクストラカードを1枚かかかげる。


「ふたたび《創造の代行者 ヴィーナス》のモンスター効果で《神聖なる球体》を召喚、アローヘッド確認召喚条件は通常モンスター1体!僕は《神聖なる球体》をそのままリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン、リンク召喚!リンク2!《リンク・スパイダー》!エクストラゾーンに特殊召喚!」


何をする気だ、と誘い込まれたSOLテクノロジー社の社員はいぶかしげだ。


「ここで《ファイアウォール・ドラゴン》のモンスター効果を発動、相互リンクしているモンスターの数だけ墓地・フィールドからカードを回収します!リンク数は2!だから僕は墓地の《究極封印神エクゾディオス》と《神聖なる球体》を手札に戻しますね!そして、そのまま墓地をデッキに戻し、《究極封印神エクゾディオス》を特殊召喚、さらに《創造の代行者 ヴィーナス》の効果で《神聖なる球体》を守備表示で特殊召喚!」


どんどんライフポイントが削れていくが和波は気にする様子もない。


「そして、アローヘッド確認!召喚条件はモンスター2体以上!僕は《究極封印神エクゾディオス》と《プロキシー・ドラゴン》、《神聖なる球体》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン、リンク召喚!リンク4《ファイアウォール・ドラゴン》!!」


社員は目を見開くが和波は終わらない。


「ここで最初の《ファイアウォール・ドラゴン》のモンスター効果を発動します、リンク先の《神聖なる球体》が墓地に送られたので、手札からモンスターを1体守備表示で特殊召喚!もちろん《神聖なる球体》!そして、《創造の代行者 ヴィーナス》の効果でもう1体守備表示で特殊召喚!アローヘッド確認、召喚条件はモンスター2体以上!僕は《創造の代行者 ヴィーナス》、《神聖なる球体》2体をリンクマーカーのセット!サーキットコンバイン、リンク召喚!リンク3、《電影の騎士ガイアセイバー》!!」


騎士は電気の走る体験を振るう。


「ここで2体目の《ファイアウォール・ドラゴン》のモンスター効果を発動、墓地の《創造の代行者 ヴィーナス》と《究極封印神エクゾディオス》を手札に回収します!そして、そのまま墓地のカードをデッキに戻して《究極封印神エクゾディオス》を特殊召喚!いきますよ!アローヘッド確認、召喚条件はモンスター2体以上!僕は《電影の騎士ガイアセイバー》と《究極封印神エクゾディオス》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン、リンク召喚!リンク4、《ファイアウォール・ドラゴン》!!」


3体目のドラゴンは咆哮した。


「ここで2体目の《ファイアウォール・ドラゴン》のモンスター効果を発動します、リンク先のモンスターが墓地の送られたので手札から《創造の代行者 ヴィーナス》を特殊召喚します。そして、ライフを500支払い、モンスター効果を発動!《神聖なる球体》を1体フィールドに守備表示で特殊召喚!!」


社員はようやく和波の意図を把握したのか、そんなことしちゃいけない、とさけぶ。


「アローヘッド確認、召喚条件は通常モンスター1体!僕は《神聖なる球体》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン、リンク召喚!リンク1《リンク・スパイダー》!!あなたのエクストラゾーンに特殊召喚させてもらいますね!でもまだです、さらにライフを支払い、《創造の代行者 ヴィーナス》のモンスター効果で《神聖なる球体》を守備表示で特殊召喚!アローヘッド確認、召喚条件はモンスター2体以上!僕は《創造の代行者 ヴィーナス》、《リンク・スパイダー》、そして《神聖なる球体》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン、リンク召喚!リンク3《電影の騎士ガイアセイバー》!!あなたのエクストラゾーンに特殊召喚、これで僕のメインフェイズは終わりです!!」


和波のエクストラゾーンには《リンク・スパイダー》、モンスターゾーンには《ファイアウォール・ドラゴン》が3体、そして相手のエクストラゾーンには《電影の騎士ガイアセイバー》が降臨している。相互リンクが完成した。


いくら《クローラー》が後続の召喚に優れているとしてもエクストラゾーンを封じられてはなすすべがない。
そのまま職員は敗北を喫した。


「じゃあ、あとはよろしくねHAL」

『おう、任しとけ。それじゃあ、今までの分きっちり返して返して貰うぜ』


和波のデュエルディスクから吹き出した黒い液体がざばっと職員のアバターに覆い被さっていく。そして悲鳴はすべてとけていき、0と1になってHALの中に取り込まれてしまった。そしてゆっくりと和波のデュエルディスクの中に戻っていった。


「どう、HAL?この人、フランキスカとなにか関係ある?」

『んんー、なんともいえねえなあ』

「また?うーん、じゃあこの人も違うのかなあ」

『そう慌てんなよ、ちっとまってろ』

「うん」


取り込んだデータを租借しながらゴクリと飲み込んだHALは、同時進行で自ら抱えている膨大なデータと照合、解析をすでに開始している。見立てなら数時間かかりそうだとのことなので、和波は呼び出された研究室からログアウトした。


これで5人目だ。いつも愛用しているデッキではなくクローラーを使っている時点で、SOLテクノロジー社内で使用するはずのアバターがグレイ・コードのウィルスに感染しているのは明らかである。


グレイ・コードの無自覚な情報源となっていた可能性がある。逆探知などはほとんど失敗に終わっているため、彼等がどこでこのウィルスに感染したのか特定する方が早そうだ。きっと共通の場所、あるいは人にたどり着く日がきっとくる。


それが和波にとって宿敵との邂逅なのだ。肉体をすでに失っている理性が吹き飛んだサイコデュエリストなど危険以外のなにものでもない。早く見つけなければ、と焦る和波をあざ笑うかのように、ここのところ接触できた職員はみんな空振りだった。


SOLテクノロジー社のロゴが入った快適なソファがゆっくりと傾いていく。目を覚ましたことを自動検知した扉が自動的に開いてくれるのだ。


家にある旧式のポットではこうはいかない。間違いなく頭を打ち付けてしまう。ふう、と息を吐いた和波は体を起こした。そして職員がいるはずのログアウトエリアに向かう。


ネームプレートをかざすと、ぴ、という音がして自動的に扉が開いた。無数の個室がある。そして番号を数えていき、ひとつに手をかける。鍵はかかっていなかった。まただ、と和波は思う。そして慣れたようにすぐ横にある緊急ボタンを押した。


「すいません、和波です!」


もう5度目である。医療施設のスタッフは和波の声を聞くなり、今どこにいるのか、誰が倒れているのか聞いてくる。


「ログアウトエリアの1680番室なんですけど、××さんの意識がありません!」


了解の声のあと、どう処置したらいいのかスタッフが教えてくれる。和波は言われたとおりに手順をこなし、彼が緊急搬送されるまでひたすらその対処に追われた。


和波がデュエルを挑んだ相手はいずれも和波とデュエルをしている間、意識混濁に加えて奇妙な脅迫概念にとらわれ、幻覚や錯覚に突き動かされる形でデュエルをしていた。


場所、時間、自分といった基本的な状況把握が全くできない状況になり、訳がわからないまま声がしたとみんな言う。パーソナルデータを内側から勝手に書き換えていくウィルスに感染したのだ、リハビリはそれなりの期間を要する。


救急車のサイレンが遠ざかっていくのを見届けて、和波は息を吐いた。


『今回のやつはかんなりやばいぞ』

「そうなの?」

『ああ、今までのやつより段違いにやばい。かなりのデータが書き換えられてる。パーソナルデータバックアップが取られてなきゃたぶん詰んでるぞ』

「えっ、そんなに!?」

『だからいったろ、やばいって』

「そこまでフランキスカと同じパーソナルデータに上書きされちゃってたってこと?」

『おーよ、もっと遅かったら手遅れだったな。ぎりぎりセーフだ』


HALから話を聞いた和波は背筋が寒くなるのを止めることができない。そうなのだ。島直樹、財前葵、そしてSOLテクノロジー社の社員達、和波の周りにいる人間たちにばらまかれているウィルスの性質がようやくわかったのである。


それは潜伏期間に応じて勝手にパーソナル情報を特定の情報に上書きしていく、というとんでもないものだった。数年前に事故で現実世界での体をすでに失っているフランキスカは復活の手段を探しているのだろうか、それともどこかで遠隔操作した我が子たちで第2の自分を作るために壮大な実験をしているのだろうか。


どのみち頭のおかしい事態なのは変わりない。勝手に上書きされたパーソナル情報を元にグレイ・コードの情報源となりながら、ゆっくりとフランキスカという赤の他人の人格が上書きしていくのだ。


和波という最高傑作が脱走してしまったために行き詰まった研究をなんとかするために、まさか自分を実験体にしたのだろうか、という妄想すらうかんでしまう。


未だにどこにいるのかわからない男の手がかりを手に入れるため、ひたすらSOLテクノロジー社の職員のリストとつきあわせてデュエルを挑むしかないのだった。


そして数週間後


「……埋まっちゃいましたね」

「うまっちゃったな」


黒塗りされたリストを眺めて、がっくりと和波は肩を落とす。ここのところ徹夜続きの草薙はあくびをかみ殺す。


「どうです?藤木君」


ぐたっともたれかかったまま、遊作をみる。モニタを見ながらキーボードを叩き、最後の職員のパソコンをハッキングしていたのだが、手が止まった。


「……駄目だな、こいつも感染してるだけだ」

「まじですかー」

「まさかとは思うけど、あのリスト掴まされたか?」

「いやー、さすがにそれはないですよ、あのリボルバーが?」

「さすがにそれはないだろ、たぶん」

「いや、俺もないとは思うけどよ、こうも空振り掴まされちゃ文句の一つもいいたく……ん?和波君の端末か?」

「へ?あ、はい」


デフォルトのままの着信である。和波は立ち上がり、学校鞄の近くまで寄っていく。


「あ、リボルバーからだ」


がたっと一斉に動いた気配がして和波が振り返ると、立ち上がっている遊作たちの姿がある。


「なんて書いてある?!」

「え、あ、なんか添付ファイルみたいですね」

「また?まさか後出しかよ、おいおい」

「開いてみてくれ」

「スキャンしましたけど問題はなさそうですね、よし」


和波はファイルを開いた。そこにはSOLテクノロジー社の社員のリストがあり、赤く塗られた人間がいる。


「ちょっと待ってください、このリスト、重複してる人いますよ?」

「おいおい、からかうにしてもちょっとは手間かけろよな、あのやろう」

「……草薙さん、ちょっと待っててくれ」

「ん?」


遊作はさっきまでハッキングしていたパソコンを弄る。


「また感染してる」

「は!?」

『おいおい、まじかよ!?俺様せっかくあのくっそまずいデータ食べてあげたのに!?』


3人は顔を見合わせた。これは感染経路を特定した方が早そうだ。





リボルバーから約束は守る、とメッセージが届いたのはその数日後だった。


「そりゃ大変だ、今日は休業日にするぞ。近くまで送ってくからすぐに準備してくれ、和波君。こういうときは何かと大人がいた方がいいだろ」

「あ、は、はいっ!ありがとうございます!」

「当然だろ」


草薙はウインクして開店の準備をしていた備品を片付け始める。和波も遊作もそれを手伝い、あっという間に終わらせるとみんなトレーラーの中に入っていった。飛ばすからしっかり捕まってろよ、と草薙は笑った。


島や葵が入院したことがある病院である、何度も遊作たちのお見舞いを待っていた駐車場だ、慣れたものである。駐車スペースを探す草薙に下ろしてもらう。いてもたってもいられず病院に戻ろうとする和波に俺も行くと手を掴んで告げた。え、と目を丸くする和波だったが、その真剣なまなざしにありがとうございますと笑った。


「すいません!」


和波が受付に顔を出すと、後ろの方でばたばたしていたうちの1人が見知った顔だったようだ。和波君、とよんだ看護師がちょっとこっちに、と手招きする。和波は遊作をつれて受付の奥に通された。


「えっと、大人の方は……?」

「あ、草薙さん、えっとアルバイト先の店長が一緒に来てくれました、今駐車場に」

「お連れサマはそのご家族?」


看護師が遊作を見る。


「あ、はい、そんなところです」

「なら、これを」

「あ、そうですね」

「これは?」

「上の階にいくにはコレがないと入れないんです」

「ああ、財前の見舞いをするときにつけたやつか」

「そうそう、似たようなやつです」


遊作は和波から受け取ったネームプレートを掲げる。そして、遅れてやってきた草薙にもそれを渡した。


「これからご案内します、ついてきてくださいね」

「はい」


うなずいた和波は看護師に続く。遊作と草薙も乗せたエレベータはどんどん病院を上っていく。そしてナースステーションを通り過ぎ、応接室に通された。そこには主治医の先生と看護師が待っていた。3人が座ると書類を渡される。


「あの、姉さんは?」


不安でいっぱいの和波をみて、だいじょうぶ、と主治医の先生は安心させるように笑いかけた。


「一応検査のために治療室に入ってはいるけどね、軽い脱水症状くらいだと思うよ。安心していい」

「ほ、ほんとですか、よかったあ」


はー、と大きく息を吐いた和波に、ぽんぽん草薙は肩を叩く。遊作もほっとしたように笑う。


「どこにいたんでしょう?姉さん」


わからない、が正直なところだという。数週間前のテロ予告で避難したはずの和波の姉は忽然と姿を消した。白衣の男性といた、看護師といた、証言は様々だが誰かに連れ出されたのは間違いないのだ。


だが近くの監視カメラに全く写らず、その経路は今なお不明。警察に届け出たことで今なお捜査は続いているものの、真相にたどり着くにはまだまだ時間がかかりそうだ。


(コレに関しては俺たちの方が知ってる感じか)

(そうだな、和波の姉はグレイ・コードのウィルスに感染した人間がリンクヴレインズに連れて行こうとしたんだ。そして、データ化した彼女の体をリボルバーが横取りした)

(リボルバーが誰かわからないとどこに彼女がいたのかわからなそうだな)

(無事だったんだ、今はそれでいいだろ)

(そうだな)


「近くの公園でぼんやりと座っているところを見回りの警察が見つけたみたいだよ」

「警察の人ですか」

「ああ、朝からずっと座ってる女性がいるって匿名で連絡があってね」

「匿名?」

「名乗らずにきっちゃったからわからないんだ」

「そっか、そうなんだ。お礼、言いたかったなあ」


和波はぽつりとつぶやいた。


そして、公的な手続き、お金の話、未成年の和波ではどうしようもない話が始まる。お金については問題ない、代理人として草薙が署名と印鑑をしてくれたことであっという間に終わってしまう。な?と草薙はウインクした。はい、と和波はうなずいた。


気づけば1時間ほどたっていた。看護師から姉の検査が終わったことを知らされた和波は、ぺこりと頭を下げてその場を後にする。


「和波君のお友達?」

「え?あ、はい」


遊作はうなずいた。看護師はうれしそうだ。


「島君や財前さんのお見舞いに一緒に来てたわよね?」

「はい」

「ってことは、その、和波君の・・・…」

「マインドスキャンのことですか?それとも2年前から植物状態だってこと?だいたいのことは聞きました。でも、俺は」


そっか、と看護師はうなずく。まるでみなまで言わなくてもわかると言いたげだ。


「よかった、ずっと心配してたの。こっちに来てから普通に学校に通って友達ができて、いつもいつもうれしそうに話してくれるんだけど、事情が事情でしょう?だからお姉さんのお見舞い、いつも1人だったから」


彼女の視線の先には看護師の押す車いすに座っている和波と雰囲気がよく似た女性の姿がある。和波はうれしそうに話しかけている。


うつろなまなざしは和波をうつすことはないものの、和波はきにせず手を握る。今にも折れそうな、ほっそりとした、少々やせ気味な、しかし不健康ではない腕を大事そうに握りしめた。


ここの病院指定の患者服とスリッパを履き、月に一度の散髪などで身ぎれいになってはあるがやつれている。なにかぽつぽつとつぶやいてはいるものの、和波は聞き取れないのか聞き返している。看護師が和波に話しかけた。どうやら心当たりがあるようだ。それをきいた和波は笑った。

遊作は歩き出す。


「あ、藤木君。今日は姉さん機嫌がいいみたいなので、紹介しますね。僕の姉さんです。姉さん、藤木君。藤木遊作君です、ほら、いつも話してる学校の友達です。姉さんのお見舞いに来てくれたんですよ」


遊作はかるくお辞儀をするが和波の姉は反応しない。だが、機嫌がいいのは事実のようで、にこにこしている。

「こちらが草薙さん、今僕ホットドック屋さんでアルバイトしてるんだよ、お姉ちゃん」


草薙は伝わらないとわかっていても話しかける。彼女の視線は虚空に投げられたままだ。看護師から車いすを譲られた和波はゆっくりと押し始める。彼女は車いすの上でにこにこしながらなにかをしているつもりなのか、ジェスチャーを繰り返している。


「何してるんだろうな」

「どうでしょう?朝からこんな感じみたいですね。どこにいるのかな。たぶん、うれしそうだからデュエルしてる?デュエルに関わる研究?それとも勉強?うーん、どれだろ」

「リンクヴレインズは広いもんな」

「ですね」


和波は苦笑いだ。管理者権限持ったアカウントでログインしたままの姉は、ほんとうに気ままだ。気分一つでどこにでも行けてしまう。ほんとうにかくれんぼが上手すぎて困る。


和波は車いすを押しながら姉についてぽつぽつとではあるが話し始める。それに耳を傾けながら、遊作たちはいちばん日当たりがいい場所に出た。バロアフリーの部屋だ。


葵が入院していた部屋とよく似た広さ、家具の配置、そして大きな窓からはベランダが見える。遊作が一度不法侵入したところだろう。後ろをついてきていた看護師が数人姉を抱き上げ、ベッドに寝かせてくれる。ふとんをかけられた彼女はそれにすら気づかないようで、熱心にジェスチャーを繰り返している。


「これ、こう?」


さっきから同じ動きである。真似してみる。なにしてるんだろう、と和波は首をかしげた。


「なあ、和波」

「はい?」

「もしかして、アンタの姉さん、デュエルしてるんじゃないか?」

「え、デュエルをですか?」

「ああ」


遊作がデッキからカードをドローする仕草をする。みてみろ、と促され、もう一度姉を見た和波は、あ、と声を上げた。


「誰とデュエルしてるんだろう、お姉ちゃん。あんな楽しそうに」

「気になるならのぞいてみたらどうだ?」

「え?」

「そうやっていつもマインドスキャンしてるんだろ?俺のことはいいからやってみたらどうだ」

「藤木君……ありがとうございます」


和波誠也のもつアカウントではなく、姉のアカウントを経由してのログインだろう、とそれとなく言われ、和波は頬をかいた。ばれちゃいましたか、と笑う和波に遊作はあきれたように笑った。


「姉さん、今どこにいるのか教えて」


さきほど見えた景色を和波はHALに伝える。そして、和波のデュエルディスクはひとつのエリアを特定し、アドレスを表示した。


同期している遊作のデュエルディスクにもその画面が表示される。いくぞ、というそして、2人のデュエルディスクがIN TO THE VRAINSと表示した時、遊作の姿は忽然と消える。そして和波はそのまま眠りに落ちた。


風が吹いていた。強烈な風だった。


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