愛しく苦しいこの夜に

「好きです」


その気持ちを伝えると、アポロさんは悲しそうな顔をした。

答えは聞かなくても分かっている。彼の顔を見てこの気持ちを伝えられただけで良い、
そう自分に言い聞かせてもやっぱり返事が聞きたかった。



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アポロさんは何も言わない。
その間私はずっと彼の顔を見ていた。

空色の髪にそれより少し濃い青の瞳、まつげは私よりも長くて顔立ちはとても端正。
やっぱり綺麗な人。
最初に出会った時とまったく変わっていない。
こんな人と出会えたなんて、奇跡だな。

やっと開いた彼の口から出てきたのは、「迂闊でした」という言葉。
ちくり、と胸が痛む。


「歳がずっと離れているからと、無神経に貴方に期待を持たせるようなことがあったかもしれません」


分かってはいたけれど、辛い。
やはり彼が私に好意を持つことなんてなかった。


「アポロさんは悪くないです。私が勝手に憧れてただけで…」
「正直な話、私がイチコさんを異性として意識したことはありません。ですが、」
「…?」


「貴方の笑顔がとても好きでした」


顔を上げた彼は私の目をしっかりと見てそう言ってくれた。
これは愛の告白ではない、そう分かっていても嬉しい。口元が少し緩みそうになったのを必死に抑える。


「だから、」


彼がそう言い掛けた時、背後からエレベータの動作音がした。
きっとあの子だ。

二人でいれる時間が終わる前に、言い掛けた言葉の続きを聞きたい。
それを聞いたら下に降りよう。
あとのことは考えてないけど、どうなっても仕方ない。

だからアポロさん、はやく―――


「      」


せかすように彼に近付くと、小さく、だけど確かに彼はそう言った。
彼に触れようとした手が背後の気配に気付いて、はらりと落ちる。


「ついに来ましたか。お待ちしてましたよ、小さな英雄さん」


男の子とポケモンたちの鋭い視線が突き刺さった。
アポロさんはさっきまでとは別人のような顔で男の子を見ている。


「彼女は最後の人質です。貴方がここに来ることが出来たら解放すると決めていました」


最初彼が何を言っているのかわからなかった。
けれど、すぐにそれが私を守るための嘘だと分かると黙って顔を俯かせるしかなかった。
男の子が心配して私に近付いてくる。

すぐに違うと否定することも出来る。もしかしたら男の子とアポロさんを止めることも出来るかもしれない。
けれど、覚悟を決めたような顔をしたアポロさんに何も言葉を掛けることが出来なかった。
彼が組織で生きると決めた以上、それを止める権利が私なんかにあるのだろうか。


「さあ始めましょうか。私には時間がない。…もっとも。この勝敗で何かが変わることなどないのですが」


何もできないまま立ち尽くしていると、「先に逃げていて」と男の子に促され、私はエレベーターの方へとゆっくり歩を進めた。

振り返れば見える、大好きな人。
さようならなんかしたくない。

もう一緒にいれないのが嫌だ。
だからと言って、今持っているすべてを捨ててまで彼を想うことも出来ない。
これ以上ここにいたって、つらくなるだけだ。

でも、でも、


「…っ……」


目をつむれば思い出せる。素敵な素敵な、私の初恋。
あの喫茶店でアポロさんに出会って恋に落ちて、彼に少しでも近付こうと努力した毎日。
マスターと奥さんとアポロさんと、私。
家族のようなぬくもりを感じてたあの時間。

涙をぬぐってゆっくりと目を開くと、モンスターボールを手にしたアポロさんと目が合う。
ぐしゃぐしゃになった顔をもっとぐしゃぐしゃにして笑うと、彼も笑ってくれた気がした。











さようなら。






.
.
.



あのあとのことはよく覚えてない。
気付いたら病院の一室にいて、両親にこっぴどく叱られた。
ジュンサーさんたちにも何であんな場所に一人でいたのかとか、ロケット団のことについてだとかいろいろ聞かれたけど、「覚えてません」と言い続けた。
私服でいたことと、あの男の子が私を人質だと証言してくれたことで、私は依然と変わらない普通の生活を送ることが出来るみたいだ。

そして退院してすぐ、私は1番会いたかったあの二人の元へと向かった。


「イチコちゃん!」
「ただいま、です」


店に着くなり目を真っ赤に腫らした奥さんに抱きしめられる。
その後ろでマスターが恐い顔をして私を見ていた。
勝手に一人で行って、心配させちゃったからなあ。怒られる…よね。


「私もあの人も、電話が来るまで心配して眠れなくて…本当に、本当によかったわ無事で…」
「心配かけてごめんなさい。マスターも…勝手に出て行ったりしてすみませんでした」
「本当に心配したよ。生きてる心地がしなかった」
「すみません。誰にも迷惑を掛けたくなくて…」
「運が良かったとしか言いようがない。無事で本当によかった…」


2人が涙を流しているのを見て、無事ここに帰ってくることが出来て本当に良かったと思えた。


「私、アポロさんと会いました」
「…会えたのか」
「はい。最初、別人みたいなアポロさんを見てちょっと恐くなっちゃって」
「ロケット団の、彼か」
「マグを渡そうとしたら、自分はロケット団の一員だから受け取れないって言われたんです。感謝の気持ちも伝えたんですけど、自分にお礼なんて言うなって」


そのとき銃口を向けられていたなんて口が裂けても言えないけど。
話しているうちに彼とのことを思い出して泣きそうになってきた。


「自分は悪い人間だって、すごい言われて、でも私そんなの信じたくなくて」
「イチコちゃん…」
「そうしたらアポロさん言ってくれたんです。こんな自分を受け入れ、必要としてくれたことに感謝しているって。お二人にもそう伝えて欲しいって」
「…っ……」


奥さんが顔を両手で覆って泣きじゃくっている。
マスターも下を向いたまま何も言わない。


「嬉しかったです。あのときのアポロさん、私たちの知ってる優しい顔をしてた。私には彼のしていることを理解することは出来なかったけれど、でも、その言葉を聞けて、彼と出会えて、彼を好きになれて本当に良かったなって思えました」
「…ええ、私もそれを聞いて本当に幸せ…。寂しいけれど、遠くへ旅に出た息子だと思ってこれからもこの人と喫茶店を続けていくわ」
「…そうだな。最高のコーヒーを淹れて待っていよう」



「笑って下さい」



「私もこれからずっと笑顔で過ごせるような人生を歩みたいと思います」



彼が好きだと言ってくれた笑顔を絶やさないように生きて行こう。
そうしたらいつか、また、




 


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