愛しく苦しいこの夜に

やっとたどり着いた展望台は真っ暗で、街の灯りと時折通るヘリコプターのライトだけがフロアを照らしていた。そこに一人で佇む影。今すぐ走り寄っていきたい気持ちを抑えて私はゆっくりと歩いて近付いていく。


「…」


私の足音に気付いて振り返ったその人の顔を見た瞬間、泣きそうになったのを唇を噛んでじっと我慢した。

彼だ。
私が会いたかった、アポロさんだ。
けれど、


「イチコさん」


そう名前を呼んでくれた彼にあの笑顔はなかった。



18:00



「またお会い出来るとは思いませんでした」


彼は塔内の状況を知っているに違いないが、なんの焦りも感じさせないほど落ち着いた様子だった。私はと言うと、ふたたび彼に会えた嬉しさを感じながらも、今まで見た事のなかった彼の姿を目の当たりにして困惑している。


「私もです」


いつものスーツ姿ではなく、組織の制服に身を包んだ彼に少し距離感を感じる。それに彼は、はじめに私の名前を呼んでから私のことを見ようとしない。


「驚かせてしまってすみませんでした。あのお二人も…私に失望していたことでしょう」
「そんな!マスターは私をここまで連れてきてくれたんです。奥さんもこれをアポロさんにって…もう冷めてしまったかもしれないけれど」


私は奥さんから受け取ったマグを、彼に差し出した。彼は一瞬それに目をやったが、すぐにまた視線を外景に戻し「それを受け取ることは出来ません」と言った。


「どうしてですか?」
「…」


カチャ、という音とともに彼の手中に見えたのは、一丁の拳銃。彼はその銃口を私に静かに向けた。


「私がロケット団という組織の人間であるから。それだけでは理由になりませんか?」


アポロさんと目が合う。
銃口が向けられ、いつ撃たれてもおかしくない状況かもしれないが、まったく恐怖を感じなかった。

彼がその引き金を引くことはないと信じているから。


「ありがとうって、奥さん言ってました」
「…」
「アポロさんがロケット団の人で、何をしようと、それと奥さんの気持ちは関係ないと思います」
「マフィアに感謝の意を述べる人間などいませんよ。どれも皆、憎しみと恨みのこもった言葉ばかり」
「…そんなことないです。私も、アポロさんには感謝しているんです」


私のその言葉を聞いたアポロさんは、静かに口角を上げた。
今まで見た事のない彼の冷たい視線が突き刺さる。


「私が今までどれだけのポケモンと人間を殺めてきたのか、ご存知ですか?」
「え…」
「もしその被害者たちが貴方の親族だったとして、同じ台詞を言えるのでしょうか」


朝から考えないようにしてきたことをはっきりと告げられて、言葉が出ない。
ロケット団がどんな組織なのかぐらいは調べてきた。けれど今まであった事件…とくに3年前の事件のことなどは深く調べなかった。そのときアポロさんが何をしていたのか、など考えてしまうから。

目を背けてはいけないことだと分かっていたけれど、残酷な現実と向き合えるほど私は強くない。


「もしそうだったとしたら…たしかに、感謝なんて出来ないかもしれないです」
「そうでしょう。想像してみて下さい。親族を殺めた人間が目の前にいて、珈琲を飲みながら何事もなかったように笑っているとしたら」


頭が痛い。
それが原因か、幻覚が見える。
冷たい目をしたアポロさんの後ろに、優しく笑っているアポロさんがいて。でもきっと、彼が言ったようなことを想像してみれば後ろのアポロさんの影はなくなるんだろう。

どうして彼がそんなことばかり言うのか。
それも、何もかも考えたくない。


「やめて下さい…そんなこと、考えたくない…!」
「考えて下さい」
「嫌です」
「それが、私という人間なのです」


アポロさんはふう、と一息つくとゆっくりと銃を下ろし、また展望台から臨む外景に視線を戻した。


「あの店は明るくてあたたかくて嘘偽りのない世界で、あの店にいるとき自分はありのままの姿でいられた気がします。ですが、それと同時に自分のいるべき世界ではないと感じました」
「…」
「私もあのご夫婦と貴方には感謝していますよ。一瞬でも自分という人間を受け入れ、必要としてくれたことに」


その言葉を彼の口から聞いた瞬間、涙が急に溢れ出て止まらなくなってしまった。
いつもの落ち着いた優しいトーンで話す彼が涙でぼやけてよく見えない。
ずっとこの声が聞きたかった。これからもずっと、聞きたかった。

彼がいつもの笑顔じゃなくても、悪い組織の人間だとしても、
私は、


「好きです」







貴方が好きです


 


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